困惑の知らせと予感の嫌気
2.初めてのお留守番の変化の出会い

何なんだろう、これ……


「ま、マスターァァ!!!??帰ってたんですか!!」
「おう、カイト、ひっさびさー」
「帰ってくるなら電話してくださいってあれほどぉおおっ好物の肉じゃが、作ってません!」
「仕方ねぇ、こいつぁ第二好物のカレーの出番かな?」
「ほとんどっ同じですっからっ!!!」


隣人の家の前で繰り広げられる漫才のような会話。そしてあのカイトが悲鳴を上げてる姿。

が、すぐに近所迷惑なことに気が付いて目の前のオッサンの背を押して家の中に入り込み…
すぐにドアを開けて「レン!ちょっとこっちおいで!」と叫び声が聞こえて物凄く行きたくなくて仕方がない。

その騒ぎを聞きつけて、マスターがやってきてすぐに「おっ珍しー」なんて言って躊躇なく上がり込んでしまい、仕方なく俺はその後を追った。


「おっ隣人さん、帰ってきてたんですか、おかえりなーい、通りの真ん中ででうるさいいいお年のおじさん」
「オイ失礼すぎるお前にくっついてる失礼なソレは何だ」


あのボロボロの身なりをしたオッサンに親しげに話しかけるマスターにぎょっとする。明らかに不審者だよその人、通報した方がいいんじゃないのと思いながらも、
どこの誰だなんて予想はついてしまってるから頭が痛い。

思わずマスターの影から見守っていたら、ずいっと俺の手を引きまん前へと突き出す。


「あ、そうだそうだ隣人さん、紹介しますね、あったらしい同居人のーレンくんでーす」


そして素敵に紹介されてしまった。

正直こんなオッサンに紹介されたくないし、そもそも今こちらに向かう視線がどうもこちらを見定めるようなもので不快だ。
背後の背中を押すマスターはにこにこしてるのがわかるし、ちらりとオッサンの後ろのカイトを見ると目を逸らしていた。

助ける手はどこにもなく、ぽつりとオッサンが口を開き、問いかけてきた。
そして気づく。


「レン、ねぇ…オイお前、フルネームは?」


あぁ、この人やっぱり"知って"るんだなと。
それに観念して、仕方なく名乗った。


「……鏡音、レン」
「それで俺の隣に居るこの青いヤツ、何よ?」
「KAITO、でしょ」


わかりきってる問いかけに、当たり前のようにそう言うと、
すぐに視線は後ろの俺のマスターに向かって、はぁあ、と呆れたような溜息がもらされた。


「……この馬鹿、まさか未だにわかってねぇの?」
「馬鹿じゃないはずなのに、わかってないからやっぱり馬鹿かも」
「…俺も、否定できない、かな…こればっかりは」


矛先は俺からマスターに向かった。
ついにはカイトまで呆れた視線をマスターに向ける始末で、玄関でいったい何をやってるのかわからなくなりながらも、
マスターは流石に何かがおかしいと気が付いたらしい。


「は?え?カイト兄さんが何よ?」
「お前、この黄色いチビがボーカロイドって知ってんだろ?」
「えっ隣人知ってるの?私も詳しくは知らないけど、一応」
「じゃあ、こいつは?」
「カイト兄さんがどうしたの?」
「なんかコイツボーカロイド臭がプンプンするなァ…とか思わないわけかよ」
「え……兄さん…」


言いたいことはわかるけど、あまりの例えに驚きながらも、
やっと意図に気が付いたらしいマスターがカイトへと視線を向けた。
その視線に居心地が悪くなったらしく、もぞもぞしてるカイト。
俺たちはじ、っとマスターの答えを待ち、ついに開かれた口から出た言葉に、


「前々から何の仕事してるか謎だったんだけど、歌うのが仕事だったのか、なるほど家庭でも」
「え、突っ込むとこそこ」


やはりマスターはマスターだと知った。
お互いマスターが変人すぎて辛い。苦しい。

きっと、このオッサンはカイトのマスター。
お互いの苦労を初めて分かち合った気がしてボーカロイド二人なんとも言えない思いをした。


そしてその夜は、久しぶりに再会したらしいマスター同士が酒盛りをしていた。
俺がこの人と出会って拾われたのも最近のことだし、その前にいったいどういう交流があったのかは全く知らない。言い合いをしながらも仲良さげだし、カイトともボーカロイドとは知らずとも気心知れた中だったみたいだし。

酒盛りするマスターをじっと観察するように見てれば、隣人がにやぁ、と笑い出して、
俺の心を見透かしたようなソレに胸にわいた不快感の存在を認識して、やっぱりこのオッサンは嫌いだと思った。


「おうおう、嫉妬か坊ちゃん」
「坊ちゃんに噛み付くなんて、ガキだねオッサン」
「んだと!?お前はまだ14歳のガキだろバーカバーカ」


勝ち誇ったようなオッサンを見て、浅はかだなぁと思いながら切り返しとタイミングを考える。
遠まわしな言い方をする必要はないか、と、マスターがテレビに夢中になってる隙に、俺は薄く笑った


「俺が設定通りの年齢だって、誰が言ったわけ」
「なっ…!お前、それっ詐欺っ」
「ざまみろ、クソガキ」


このオッサンを黙らすことが出来るのはいいけど、実際これって結構異質だよな、と再認識する。
鏡音レンの設定は14歳。一般的に言えばその通りガキだろうし、馬鹿にされても仕方ないかもしれない。
外見年齢はそのまんまだし、マスターも子ども扱いしてる節がある。

でもそれが正しいはずなのに、俺の年齢は器に見合わないもの。
酔っ払ったオッサンならきっと明日にはもう覚えてはいないだろうと高をくくっていた。

オッサンは酔っ払いらしくふにゃふにゃとした口調でマスターに噛み付く。


「っ〜〜おい、っこいつ年齢詐…」
「…捻り潰されたいの?」
「…年齢詐欺してるってくらい、大人っぽいよな〜」


が、マスターに見えないようオッサンの後ろから首に手を添えてみせると、
面白いくらいに話題を変えた。
…面白い人間だとは思う。浅はかで。


「でしょでしょ?うちのレンはねーすごーくかっこーよくて、すごーく頭がいいんだからー」
「平和だなぁ…」


カイトが酒瓶やツマミのゴミの片付けに勤しみながらも苦笑していた。
はぁ、と溜息を付きながらも、眠くなったらしいマスターを強制帰宅させてその日はお開き。

放浪してると聞いていたけど、帰ってきたというんだから、多分暫くはあの家にいるはず。とても嫌な予感がしてたまらない。
そんなこれからのことに気が重くなりながらも、就寝して朝になり。

マスターが作ってくれた朝ごはんのスープを飲んでいると、窓の外から見える景色の中にカイトの青い頭が見えた。

うろうろと人の家の前でうろついているアレに、嫌な予感は的中したのだとまた重い溜息を吐いた。