理解不能な正解と能天気
2.初めてのお留守番の変化の出会い
俺を拾ったマスター。
お人好しハウスとかいう、変すぎる家に住んでるマスター。出会って間もない俺を、わかりやすく猫可愛がりしてる。
なんで俺なんか、とか。理由とか、そんなの深く考えても切がないし、割り切ることにした。
割り切るごとに、疑問は増えていくわけだから、どんどん蓄積されて訳がわからなくなってくる。
夕飯、マスターが「とりあえずは暫く、ごめんね」と言ってミックスしてくれた野菜ジュースを飲みながら、
マスターの食事する姿を見る。豚カツ、というらしい。まともな食事が出来ない俺の前で食べるのが、申し訳ないと思ってるらしいけど。
わざわざ野菜をミックスするなんていうのもだいぶ手がかかることだと思うんだけど、
それでも満足できてないのかと思うと、お人好しハウスっていう名前も伊達じゃないと思った。
「ねぇ、マスター」
「ん、はいはいー?」
「マスターって、歌の先生なんだって、カイトが」
「そうだねー、不定期だけどしてるよ。カイトと仲良くなったんだね」
「……そのカイトが、マスターが、曲を作れる、って」
「へ?」
俺の言葉に、間抜けにへ?なんて言ってるけど。
本当に作れるわけ。きょとん、としてるだけで、その疑問の意味がわからない。質問が唐突すぎたのもわかってるけど…
…歌の先生って言ってもしれっとしてたな。自信、あるのかな、あんだけボロボロに言われてても。…わからない。
「なんで、曲?」
まるでわからない、と言った様子で首を傾げるマスターに、
なんだか不安になってきた。一応、この人を自分のマスターと決めて、委ねてるつもりなんだけど、大丈夫なのかな。
まるでわかってないというか、自覚がないというか。
…でも、俺がそれらしくないし、無知なはずのマスターに何も言わなかったのも悪いと思い、言葉を付け足した。
「俺、……一応、ボーカロイドっていって」
「?うん」
「歌うことが、仕事なんだけど」
最後の言葉を聞いた瞬間、マスターは、箸から豚カツを落とした。
皿の端っこに落ちたソレ。
でもマスターは唖然とした顔で、硬直したまま動かない。その内箸までカランと音を立てて落下してしまい、テーブルの下へと転がる。
拾う様子もないし、まったく、これってお行儀悪い、ってやつなんじゃないっけ?と考えながらテーブルの下にもぐりこみ、箸を拾った。
すると、マスターは勢いよくイスから立ち上がり、
俺の肩に掴みかかる。
「レンッごめん、…ごめん…ッ」
「……マスター」
「レンは、そういえば…ッ」
ボーカロイド、だったね
と。神妙な面持で言われても。
最初からそうとしか名乗ってないし、この人大丈夫かと心配になってきた。今からでも遅くないから、カイトの家に行った方が…なんて考えたところで、
マスターは俺をぎゅう、っと抱きしめる。
いきなりのそれに驚いて、ごつんと床に頭をぶつけながら倒れこんでしまったけど。
「よっし!頑張ってレンの曲作るよーっ」
「…マスター…」
「なーに?」
「これは、恥ずかしい、に、入らないの?免疫ついたなら、もういいの?」
「……。」
そういうと、俺を押し倒していた状態だったマスターが、いそいそと離れていき、
遠くで体育座りをしながら「ごめん、免疫はついてなかった」と言って沈んでいた。
「あっはははッぶっはは」
「だいたい、免疫って何なの。俺相手に対人恐怖とか、ないでしょ。そもそも人間じゃないし」
「そっそういうことじゃなっふ、ふふっも苦労するねーあっはは」
「…ていうか、意気揚々と曲作るって宣言してた」
「お、そんな言葉覚えたんだね、偉い偉い!100点満点だねレン!…でも、作るって言ったんだから、作るんじゃないのかな」
「……」
ぽんぽん、と俺の頭を撫でながら、偉い偉いと褒め称えるカイト。
次の日、マスターが部屋に篭りだして、ずーっと本を読み続けるのも飽きてきた俺は、休憩とばかりにカイトのところへやってきたのだ。
…マスターが言った通り、俺を偉いと褒める人が現れた。
それはボーカロイドだけど、そうだとしても、今まででは有り得なかったんだ。預言者、ってやつなんだろうか。
俺は思いもしなかった、こんな未来。
なんで、わかったんだろう。近くにいた人だから?信用してたから?でも。
俺は、
「どんな曲が出来上がっても、ちゃんと歌ってあげなよ、レン」
「……欠陥品だよ、俺。歌えるはずがない」
「欠陥があったら、何もかもできないの?喋れて、声が出て、色んなことを理解できるなら、十分すぎるね。歌えないはずないよ」
「…でも」
「…あのね、レン。歌に点数なんてないんだよ。上手く歌えないから"できない""歌えない"っていうのは、違う」
「……」
欠陥品だから、歌えない。
確かにそれは、違う。カイトの言ってることは正論なんだと思った。多分、上手く歌えないから、打ちのめされるのが嫌だから、なんて、
臆病になって逃げてただけなんだ、俺。
上手くても下手くそでも、声を出して、どんなに旋律がガタガタでも、歌っていると思えば、それは"歌"だ。
点数なんて、機械にしても人間のつけたものにしても、誰か一人が、一つが。
自分の思った点数をつけてるだけで、0点という人もいれば100点をつける人もいるんだから、意味なんてない。切がないんだ、そんなの。
「……ねえ、カイト」
「……うん」
俺がぐ、っと俯きながらいうと、カイトはふ、と薄く笑みながら答えた。
そしてまた、なんだか妙な気持ちになってきてしまって。
「俺のマスター、あまりにも、歌…下手すぎなんじゃないの……」
「音痴、で、は、ある、んだ、けど…あれでも…色々と頑張って…」
「曲、無理そうだね」
「……レン、そんな殺生なこと言わないで助けてあげなよ。音感は正確にあるんでしょ」
「限度ってものがある」
どこからか聞こえてくる耳慣れた声に、目が虚ろになってしまったのは仕方のないことだろう。
俺のマスター、本当に究極の音痴だった…。
隣の家から聞えてくる歌声がやけにクリアで、マスター、この冬に窓開けっ放しで高らかに…とすぐに状況を理解した。
点数とか、もう、関係ない。
これは十人が十人口を揃えて言うだろう。
究極の音痴、だと。
「絶対大丈夫。断言できるから」
「でも?それでも?」
「音痴、か、も、しれない、けど…でも、うん」
「何を根拠に断言するのか…」
そして夕方帰宅した時、開きっぱなしになってるマスターの部屋のドアを見て、どうせ集中してるのだろうから、閉めるだけ、と近づいたとき。
信じられないものを見た。
2.初めてのお留守番の変化の出会い
俺を拾ったマスター。
お人好しハウスとかいう、変すぎる家に住んでるマスター。出会って間もない俺を、わかりやすく猫可愛がりしてる。
なんで俺なんか、とか。理由とか、そんなの深く考えても切がないし、割り切ることにした。
割り切るごとに、疑問は増えていくわけだから、どんどん蓄積されて訳がわからなくなってくる。
夕飯、マスターが「とりあえずは暫く、ごめんね」と言ってミックスしてくれた野菜ジュースを飲みながら、
マスターの食事する姿を見る。豚カツ、というらしい。まともな食事が出来ない俺の前で食べるのが、申し訳ないと思ってるらしいけど。
わざわざ野菜をミックスするなんていうのもだいぶ手がかかることだと思うんだけど、
それでも満足できてないのかと思うと、お人好しハウスっていう名前も伊達じゃないと思った。
「ねぇ、マスター」
「ん、はいはいー?」
「マスターって、歌の先生なんだって、カイトが」
「そうだねー、不定期だけどしてるよ。カイトと仲良くなったんだね」
「……そのカイトが、マスターが、曲を作れる、って」
「へ?」
俺の言葉に、間抜けにへ?なんて言ってるけど。
本当に作れるわけ。きょとん、としてるだけで、その疑問の意味がわからない。質問が唐突すぎたのもわかってるけど…
…歌の先生って言ってもしれっとしてたな。自信、あるのかな、あんだけボロボロに言われてても。…わからない。
「なんで、曲?」
まるでわからない、と言った様子で首を傾げるマスターに、
なんだか不安になってきた。一応、この人を自分のマスターと決めて、委ねてるつもりなんだけど、大丈夫なのかな。
まるでわかってないというか、自覚がないというか。
…でも、俺がそれらしくないし、無知なはずのマスターに何も言わなかったのも悪いと思い、言葉を付け足した。
「俺、……一応、ボーカロイドっていって」
「?うん」
「歌うことが、仕事なんだけど」
最後の言葉を聞いた瞬間、マスターは、箸から豚カツを落とした。
皿の端っこに落ちたソレ。
でもマスターは唖然とした顔で、硬直したまま動かない。その内箸までカランと音を立てて落下してしまい、テーブルの下へと転がる。
拾う様子もないし、まったく、これってお行儀悪い、ってやつなんじゃないっけ?と考えながらテーブルの下にもぐりこみ、箸を拾った。
すると、マスターは勢いよくイスから立ち上がり、
俺の肩に掴みかかる。
「レンッごめん、…ごめん…ッ」
「……マスター」
「レンは、そういえば…ッ」
ボーカロイド、だったね
と。神妙な面持で言われても。
最初からそうとしか名乗ってないし、この人大丈夫かと心配になってきた。今からでも遅くないから、カイトの家に行った方が…なんて考えたところで、
マスターは俺をぎゅう、っと抱きしめる。
いきなりのそれに驚いて、ごつんと床に頭をぶつけながら倒れこんでしまったけど。
「よっし!頑張ってレンの曲作るよーっ」
「…マスター…」
「なーに?」
「これは、恥ずかしい、に、入らないの?免疫ついたなら、もういいの?」
「……。」
そういうと、俺を押し倒していた状態だったマスターが、いそいそと離れていき、
遠くで体育座りをしながら「ごめん、免疫はついてなかった」と言って沈んでいた。
「あっはははッぶっはは」
「だいたい、免疫って何なの。俺相手に対人恐怖とか、ないでしょ。そもそも人間じゃないし」
「そっそういうことじゃなっふ、ふふっも苦労するねーあっはは」
「…ていうか、意気揚々と曲作るって宣言してた」
「お、そんな言葉覚えたんだね、偉い偉い!100点満点だねレン!…でも、作るって言ったんだから、作るんじゃないのかな」
「……」
ぽんぽん、と俺の頭を撫でながら、偉い偉いと褒め称えるカイト。
次の日、マスターが部屋に篭りだして、ずーっと本を読み続けるのも飽きてきた俺は、休憩とばかりにカイトのところへやってきたのだ。
…マスターが言った通り、俺を偉いと褒める人が現れた。
それはボーカロイドだけど、そうだとしても、今まででは有り得なかったんだ。預言者、ってやつなんだろうか。
俺は思いもしなかった、こんな未来。
なんで、わかったんだろう。近くにいた人だから?信用してたから?でも。
俺は、
「どんな曲が出来上がっても、ちゃんと歌ってあげなよ、レン」
「……欠陥品だよ、俺。歌えるはずがない」
「欠陥があったら、何もかもできないの?喋れて、声が出て、色んなことを理解できるなら、十分すぎるね。歌えないはずないよ」
「…でも」
「…あのね、レン。歌に点数なんてないんだよ。上手く歌えないから"できない""歌えない"っていうのは、違う」
「……」
欠陥品だから、歌えない。
確かにそれは、違う。カイトの言ってることは正論なんだと思った。多分、上手く歌えないから、打ちのめされるのが嫌だから、なんて、
臆病になって逃げてただけなんだ、俺。
上手くても下手くそでも、声を出して、どんなに旋律がガタガタでも、歌っていると思えば、それは"歌"だ。
点数なんて、機械にしても人間のつけたものにしても、誰か一人が、一つが。
自分の思った点数をつけてるだけで、0点という人もいれば100点をつける人もいるんだから、意味なんてない。切がないんだ、そんなの。
「……ねえ、カイト」
「……うん」
俺がぐ、っと俯きながらいうと、カイトはふ、と薄く笑みながら答えた。
そしてまた、なんだか妙な気持ちになってきてしまって。
「俺のマスター、あまりにも、歌…下手すぎなんじゃないの……」
「音痴、で、は、ある、んだ、けど…あれでも…色々と頑張って…」
「曲、無理そうだね」
「……レン、そんな殺生なこと言わないで助けてあげなよ。音感は正確にあるんでしょ」
「限度ってものがある」
どこからか聞こえてくる耳慣れた声に、目が虚ろになってしまったのは仕方のないことだろう。
俺のマスター、本当に究極の音痴だった…。
隣の家から聞えてくる歌声がやけにクリアで、マスター、この冬に窓開けっ放しで高らかに…とすぐに状況を理解した。
点数とか、もう、関係ない。
これは十人が十人口を揃えて言うだろう。
究極の音痴、だと。
「絶対大丈夫。断言できるから」
「でも?それでも?」
「音痴、か、も、しれない、けど…でも、うん」
「何を根拠に断言するのか…」
そして夕方帰宅した時、開きっぱなしになってるマスターの部屋のドアを見て、どうせ集中してるのだろうから、閉めるだけ、と近づいたとき。
信じられないものを見た。