諦めない思わぬ出会い
1.自称ボーカロイドを拾った日
夢を見たって現実はやって来るし、夢を抱いたって、叶わなくたって。それなりに毎日生きていける。

なんとなく足りないっていう感覚があったって、今まともに生きていけてるんだから、支障なんて何もない。
でも、心がぽっかりしてしまうのは、なんとなく夢見てしまうのは、欲張りだろうか。


「うぐ…寒いなぁ……」


生きてれば大なり小なり嫌なことはある。
例えば、急に風が冷たくなってきて、寒くて震えてることとか。まだ暖かいや〜なんて舐めきってたのが悪かった…。完全に冬季に入ってる。
衣替え準備も不完全なのに、どうしようかなぁもう…。

いつも通ってる銀杏の木が並ぶ並木道、すれ違う人も顔を歪めてたのを見た。半そでの人も居たけど、まだ大丈夫と舐めてはいても流石にそこまで無防備にはなれないと思って苦笑した。
通りかかる道行く人たち、学校へ登校する学生、通勤中の社会人、道行く主婦、老人。それらが寒さに顔を歪め始めたとしても、毎年変わらない。
何にも思わない。でも。


「……えぇ……」


あそこまでこの冬の冷たい風に、あからさまに打ちのめされているような人間はいないだろう。
私は唖然とした。公園のレンガの花壇の上に腰掛ける少年。俯きがちのその子は震えてた。セーラー服を着ていて、
数少ないこの冬の半そで通行者ではあるけども…、
どうも冬が寒いです震えてます苦痛です、って様子じゃない。

…なんていうか、…家出した少年、みたいな。…何か有りましたオーラバシバシ発してます、みたいな。…まだ早朝なはずだけどなぁ…?
や、夜中に家出するっていう決めつけもなんか駄目だ。
…ていうか、私、そのままこの公園の前を、見てみぬふりして通り抜けるべきか?私って酷い?


「……いやいやいやいや」


でも、家出してそうな少年が震えていたからって、どうしたの僕〜行く所ないの〜って話しかけるのも変な意味で怪しいし何なの!

所詮は通りかかっただけの素知らぬ少年。
でも罪悪感ってものがズキズキ来る。だって、話しかけた所でどうにも出来ないのに。行くあてないの?っつって交番連れて行くのも、
その子の家族にとっちゃ有り難いのかどうなのか、

でも間違いなく家出少年からしたら迷惑行為だろう家出するくらいだ。
…ていうか家出したのはわたしの中で確信してんのね。顔が蒼白すぎるし、震え方も尋常じゃないし、この町外れの公園にずっしりオーラ放って座り込んでるのもなんとなくおかしい。
少なくとも何かあったのは理解出来るしな。

でも、だって、交番行くとかそれ以外に何も出来ないでしょふつー…じゃあ、ただ善人ぶったって余計に…
そこまで考えたところで、はっと気が付いた。


「…っつあ!!?ふっつーに素通りしてた!!」


考え事しながら悶々と歩いていたら、どうやらわたしは少年の前を素通りしていたらしい。
元々いり込んだルートではなく、ほぼ一本道ではあるけど。この住宅街の角を右に曲がれば、もう我が家が見える。
目立つ風貌のその赤茶の一軒家が堂々と…。

我が家って言っても、自分が買ったとか所有者とか言うわけでもなく、ご好意で住まわせてもらった…ていうか無理やり譲ってもらったというか、
つまり流れ者のわたしがその家に…そもそも、あそこは…
…ていうか、あれ?


「……あれ?流れ者…?家…?」


ぴたり。
歩む足を止めた時、スッと身体が軽くなった。頭もだ。

わたしは偽善者の嫌〜なお節介焼きなのではうぅ〜んなんて、悶々と頭を痛めながら考えていたのが嘘みたいだ。

なんでこんなことに悩んでたんだろう。
いや、家出した少年を見かけてどうにかしようとか、心を痛めて手を差し伸べるとか、普通しないし、ただ良心の呵責で、簡単に出来ることじゃない。
大多数の人が結局ただ見てみぬふりして通り抜けると思う。それが普通だ。

でも、わたしは簡単に出来る人間なわけだ。

自分の力とは言えずとも、自分が招いた幸運で恩恵に与ってるだけとしても。
そう考えたら行動は早くて、来た道を真っ直ぐ逆戻りして走った。
まだあそこに居るだろうか、なんていう不安もすぐ消えた。やはり少年はそこで座り込んで震えてた。
ホッとして「ねぇ、」と話しかけようとした。…でも。すぐにガチリと固まることになる。


「い、ぁ、…ま…あ…?」


少年が腕をごしごし弄ってたのはみたけど、ただごそごそ暖を取ってるだけだと思ったし。
唯一持ってた小さい鞄から何かを取り出そうとしていても、カイロか何かを取り出すのではないか、くらいの想像しかしなかった。

油断してた。簡単に考えてた。
お家が嫌になって家出してきた、行く所がないなどうしよう、くらいの、そのくらいの気持ちで少年が居ると思ってたのだ。

だって、だって、鞄から取り出したのが、刃先がギザギザしているいかにもなナイフで、
取り出しただけでも固まったのに、それを胸元に突きつけだしたら、どうする?
……家出って、自殺図るとか、そんなレベルの、深刻な家出だったんですか?私、そんなのどうすればいいのよ…?

簡単に考えて簡単に受け入れようとして、思わぬものに直面してしまって。それでも目の前にあるその光景を見て、唯一出来ることといえば。


「は、や、…っまらないでぇえええ!!!!」
「ッ……!?」


いや、ふつー止めるだけでしょ。
本人が本当に死にたがってて、それを止めるのがただの自己満のパレードだったとしてもだよ。

でもだよ?本当に本気で止めにかかってだよ?どんな事情を抱えてようと知らなくてもだよ?


「じ、じさっじさつ…っまだ、わか、いのに、そんな、げほっ」
「……あの…」
「ごっほ…ッしぬなんて、そんな!」
「あの」
「はい!?」
「暖、とりたくて」
「…うん?」
「…暖、とりたくて」

「……」


サバイバルナイフ胸元に突きつけといて、こんな理由があったなんて、想像も付かないでしょ…?


「そっそっか、暖を、とりたくて、ナイフを…ね!」
「……」
「ま、まあなんていうか、そういうこともあるか、ないか、…いや、…」


…いや。


「わかんねぇよ!!!」