第四話
1.初対面暇と思いつき
私が凶霊になって一年が経ち、彼女…という東洋人の女の子が居候し始めてからは半年以上が経った。
が死んだ後、気が付いたらここにいたとのことだったけど、
何故、どうしてそうなったのかは未だ原因不明。
目を開けたら屋敷内にいて、歩いているうちにバスルームに辿り着きテンションが上がったのだと供述した。
赤錆のある水道を奇妙に思って観察していたら、蛇口から赤い水滴が滴ったのを見て、
つい思わず捻ってしまったらしい。
つい思わずで済んだら清掃員はいらない。なんだそりゃ。

そして、彼女は私のようにポルターガイストが起こせない事も分かった。
お互い死後幽霊になったから認識できているだけで、彼女は本来霊感など特別な素養のない人間なんじゃないかと思う。
日本人だから天界からお迎えが来る訳でもなく、ただ一緒に漂うだけの日々が続いていた。
けれど、もともと娯楽などない空間ではやる事は限られる。
最初こそ物珍しげにあちこちを探検していた名前も、行ける場所は行きつくして、新鮮味は薄れて行く。


「あー暇だねえー」
「うん」


そう短く返答しつつ、私は窓から外を眺めて庭の荒れ具合を確認していた。
春が来て夏が来て秋がきて冬がきた。
四季が一周した後、一度も手入れされていない庭は荒れ果て、屋敷の中も埃が積もり、雨漏りする部屋も出てくれば、カビもそこかしこで発生した。いい退廃っぷりだ。
そのうち物好きなヤンチャ野郎共が訪れる事になるだろ予感がしていた。
怖い物みたさという欲求は大昔から人間から消えない。わざわざ肝を冷やしたがるのだという事を知っていた。

私とは違って目的のない彼女は、毎日暇だ暇だと喚いていたけれど、それもまァ仕方がない状況だ。正直うるさいけど。
あっと言う間に夜が来て、虫の音だけが響く。
日中ならたまに外から聞こえてくる事のあった近隣に住まう人間の声。
深夜0時をすぎ、人びとが寝静まった頃のこの時間帯には何も響かない。
蝋燭の明かりもない屋敷では、月明かりだけを頼りにして過ごしていた。


「…」
「……」


薄暗闇。沈黙。膝を抱えて三角座りする女二人。窓から眺める月夜の空。
お互い目は死んでる。
彼女は静寂を破り、徐にぽつりと口を開いた。


「…あ、殺そう」
「は!?」
「あ、間違えた脅そう」
「どっちにしたって物騒よ!!!」


過激発言にビビッて思わずびくりと肩を跳ねさせた。
座りながら彼女の傍から離れようと後退する。ズルズルと床を這うと、埃も一緒についてきたので払いのけた。
まろやかで幼い顔立ちをしている彼女だけど、月夜の下ではコントラストがついて、今のように神妙な顔をするとやけに大人びて見える。
それに加えてその口から飛び出た発言が発言なだけに心臓に悪い。


「ホラ私達お化けな訳じゃんね?」
「…まぁそうだけど」
「水の一滴もないまま生きてるしさー。その点サボテン並に丈夫な訳だけど」
「で、だからなんなの」


出会った当初はいちいち突っかかっていたけれど、最近は流すことを覚えてきていた。
三角座りをやめて豪快にあぐらをかくと、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「暇なら時間潰せばいいじゃなーい!退屈ならしのげばいいじゃなーい!ってことでここお化け屋敷にしようよ」
「あんた人んちをどうするつもりよ!!!!!」
「今言ったまま」


ぐっと親指を立てた彼女とは反対に、私は呆れて額を抑えた。
長くはないスカートであぐらをかくその神経にも呆れてた。
テイラー家の教育を受けてきた私としては信じられない。あの頃私がこんな事したら罰として鞭うちでもされていそうだ。


「せっかくお化けな身体持ってる訳だから有効利用しないとさあ。ここいい感じに廃墟なんだし。ちょう暇潰せるよこの遊び」
「なんか遠慮とか配慮とかしなさいよ」


心底呆れた。その無遠慮な発言だけではなく、その発想にもだ。


「…まぁ、でも実はそれやろうとしてた」
「殺し?脅し?」
「脅しよ」


言いたい事はあるけど流し肯定する。
幽霊になって廃墟に漂うようになれば、考える事はみんな一緒なのだろうか。
私としては血族を殲滅させた過去のアレコレを踏まえて出した結論だったけど、しかし彼女は単に遊びたいだけ。
まァどういう過程を踏んだにしたって、行き着いた先は一緒だったのだ。
幽霊は生者をからかいたがる傾向があるのだろう。


「その前にあなたが来ちゃって、それ所じゃなくなったけど」


じろりと見ると頬を両手で覆って照れた。羞恥のツボがわからない。
退廃っぷりがまだイマイチなのか、肝試しに訪れようとする者の影は見当たらなかった。
それともまだ事件が起こったことは記憶に新しくて、現場に近寄る事は敬遠されているのかも。
怪談として面白半分に語り継がれるには早すぎるのかもしれない。
なんの音沙汰のないまま季節は過ぎ去り、ただ水を打ったように静かだった屋敷内は騒がしく変わる。
民衆の記憶に鮮明に残っているように、私の中にも辛い記憶は残って消えない。
思い出しては友達の死を悔やみ惜しむ事はある。彼女はとても可哀そうで、恋人を奪われた従弟も哀れだ。

けれど、取り残された私が静寂の中で孤独を感じる事だけはなくなっていた。

2019.9.30