第三話
1.初対面─自己紹介
「なんであんな事をしたの?」
という問いに対して。
「そこに蛇口があったから」
という答えが返ってきた時は、開いた口が塞がらなかった。
「なぜあんな所にいたの?」
と尋ねて。
「知らんがな 」
と言われれば、もう何も言えなかった。
「…私の事はっきり見えてるのよね」
何を言っていいのか分からず、物珍しげに屋敷内を見回している彼女を見て、疑問が浮かんだ。
あまりにも会話が自然と成りたちすぎていて、不自然に思わなかった事だ。
今さらになって何故なのかという疑問がわいてきて、つま先から頭のてっぺんまで眺めるる。
足もあるし透けていない。ただの生者に見える。
私はいわゆるゴーストというヤツで、今は生前と同じ姿をしているけれど、意志次第で怪物のような形も取れる。
「…もしかして、霊感ってやつがあるの?」
あの後、沢山の人が屋敷を歩き回ったけど、誰も私の姿を目に映さなかった。
死者と生者であればそれが当たり前だと思ったし、私も姿をみせようともしなかったから、あれは自然な状況だっただろう。
けれど今はどうだろう。見て、触れて、会話が出来る彼女は、所謂霊感のある人間なのではないかと思った。
半ば独り言、半ば問い掛けの形をしていた私の発言に気が付くと、彼女は振り返って律儀に答えた。
「さあ?生きてて幽霊になんて会ったことなかったなー」
「あ、そう…」
あっさりと否定されて脱力した。けれど、引っかかりを覚えて顔を上げる。
「…なかった?」
過去形だったのだ。
私の訝しげな顔を見て、うんと頷いた。
「私、死んだの」
にっこりと、世間話でもするかのような軽さで、彼女は宣言した。
私は再びぽかんと口が開いて塞がらなくなるのを自覚していたけど、みっともないと閉じる気力もない。
なぜ、どうして、という疑問は細々いくつも浮かんでくるけれど、どれも口に出すに至らない。
突っ込みどころがありすぎて追いつかなかった。
不思議なもので、人間の頃とは体感時間が変化している。
朝は来たと思えばすぐ夜が来る。春が来たと思えば夏になる。
目まぐるしく日々は過ぎ去っていき、彼女と出会ってもう数ヵ月が経っていた。
「…あのさぁ…」
「ハイ」
「言いたいんだけど」
「ヘイ」
「人んちで暴れ回るの止めてくれない?」
「オゥイエイ!!!」
「急にハイになるな怖い!!」
過ごしてわかった。彼女はとんでもない輩だった。
いや初対面のあの行動を鑑みればわかった事だ。破天荒で、失礼で、周囲を顧みない子供のようヤツだったのだ。
年は私と同じか、少し下に見える。黒髪黒目の彼女は、東洋人なのだろう。
なぜこの土地に…というか私ん家にいたのかは、彼女自身わからないらしい。
なし崩しに滞在する事になった彼女は、そこから勝手知ったる我が家だと言わんばかりに自由に過ごした。
「蛇口は開けたら締めて!動く鎧と戦わないで!地下室で暴れないで!動く絵画はつつかないで!」
頭を抱えながら叫ぶも、彼女が聞いた様子はなく、どこ吹く風だ。
自分で言うのもアレだけど私はいい子だったし、行儀作法は守って暮らして、厳格な母親に口煩く怒られたことはない。
けれど幽霊になって、叱られるどころか母親のように煩く怒声を浴びせる立場になっている。
本の中に登場する母親は、確かこんな感じで子供に手を焼かされていたはずだ。
子供が出来た訳でもないのにこんな苦労をする事になるなんて思わなかった。
「そんな固い事言わないで!今夜一緒にやってみない?」
「誰が片つけると思ってんのよ!!やるか!!!」
彼女が後始末などするはずがなく、彼女が格闘して床に倒された鎧を直すのは私だし、
面白がって開かれた蛇口を締めるのは私だ。
ポルターガイストが使えるようになって、手を使わずして一瞬で施せると言っても、労力がかかるには変わりない。
一緒になってはしゃぎ回れば、自分の首を締める事になるのだ。
くいっと親指を立てて背後を指した彼女は、ノリの悪い私に渋顔をしている。
けれどそれもすぐにパッと色が変わり、あれ?と首を傾げながら目を細めていた。
「にしても、なんでこんなごっちゃになってんだろーね、この屋敷」
どうして自分はここにいる?という疑問も深く抱かなかった彼女が、今更になって屋敷の退廃っぷりに首を傾げだした。
些細なことには拘らず、猪突猛進の気がある彼女が訝しげにするのは珍しかった。
「…それは」
言葉に詰まったのがわかった。
語るのは簡単だ。「私が血縁も使用人も全て殺して、壊した」とだけ言えば、詳細を想像するに難くないだろう。
簡単だと思っている割に言葉に出来ない私は、どうやらこの事を知られたくないと思っているらしい。
どんな理由があっても人殺しは罪は罪で、"復讐"が手放しに賞賛される事はなくて、私がやったのは残酷な事で。
自分の行いが清く正しい事だと思わなくても、間違ってはいなかったと断言できる。
けれど、独りきりに屋敷に居るのは虚しくあったし、どれだけ外道で憎かったから言って、家族に手をかけた事を簡単に割り切れるはずがない。
自分の死さえもあっけらかんと語り、不思議な事が起こっても「そういうこともあるか」と頷いて納得する。
そんな破天荒で楽天的な彼女だからこそ、白い目で見られ、軽蔑されたたりしたらきっと胸が痛くなる。
「……私がやったの」
それだけ言うのが精いっぱいだった。
怒声を浴びせてばかりの私が珍しく覇気なく、消沈しているのを見て、ぱちぱちと目を瞬かせていたけど。
「さすがスカーレット、常人とはやる事が一味違うよ!」
ぐっと親指を立ててきたので、ポルターガイストを使わず拳で彼女を殴った。
どういう意味かなど聞かなくても分かる。
気性が荒い私なら屋敷をボロにするくらい暴れ回ってもおかしくないと思っているのだろう。
いくら穏やかな従弟と違って天国に行けなかった私だって、癇癪を起こしてこんなに暴れて回るはずがない。
殴られた頭をかかえ、床でのた打ち回っている彼女が追求してこない事にホッと安堵した。
四季が二つ巡ったその頃には彼女はただ滅茶苦茶にしてるだけではなく、こちらを気遣う素振りを見せる事もあるのだと理解していた。
良い淀んだ私が、この事を聞かれたくなかったと察して彼女は茶化してくれたのだ。
1.初対面─自己紹介
「なんであんな事をしたの?」
という問いに対して。
「そこに蛇口があったから」
という答えが返ってきた時は、開いた口が塞がらなかった。
「なぜあんな所にいたの?」
と尋ねて。
「知らんがな 」
と言われれば、もう何も言えなかった。
「…私の事はっきり見えてるのよね」
何を言っていいのか分からず、物珍しげに屋敷内を見回している彼女を見て、疑問が浮かんだ。
あまりにも会話が自然と成りたちすぎていて、不自然に思わなかった事だ。
今さらになって何故なのかという疑問がわいてきて、つま先から頭のてっぺんまで眺めるる。
足もあるし透けていない。ただの生者に見える。
私はいわゆるゴーストというヤツで、今は生前と同じ姿をしているけれど、意志次第で怪物のような形も取れる。
「…もしかして、霊感ってやつがあるの?」
あの後、沢山の人が屋敷を歩き回ったけど、誰も私の姿を目に映さなかった。
死者と生者であればそれが当たり前だと思ったし、私も姿をみせようともしなかったから、あれは自然な状況だっただろう。
けれど今はどうだろう。見て、触れて、会話が出来る彼女は、所謂霊感のある人間なのではないかと思った。
半ば独り言、半ば問い掛けの形をしていた私の発言に気が付くと、彼女は振り返って律儀に答えた。
「さあ?生きてて幽霊になんて会ったことなかったなー」
「あ、そう…」
あっさりと否定されて脱力した。けれど、引っかかりを覚えて顔を上げる。
「…なかった?」
過去形だったのだ。
私の訝しげな顔を見て、うんと頷いた。
「私、死んだの」
にっこりと、世間話でもするかのような軽さで、彼女は宣言した。
私は再びぽかんと口が開いて塞がらなくなるのを自覚していたけど、みっともないと閉じる気力もない。
なぜ、どうして、という疑問は細々いくつも浮かんでくるけれど、どれも口に出すに至らない。
突っ込みどころがありすぎて追いつかなかった。
不思議なもので、人間の頃とは体感時間が変化している。
朝は来たと思えばすぐ夜が来る。春が来たと思えば夏になる。
目まぐるしく日々は過ぎ去っていき、彼女と出会ってもう数ヵ月が経っていた。
「…あのさぁ…」
「ハイ」
「言いたいんだけど」
「ヘイ」
「人んちで暴れ回るの止めてくれない?」
「オゥイエイ!!!」
「急にハイになるな怖い!!」
過ごしてわかった。彼女はとんでもない輩だった。
いや初対面のあの行動を鑑みればわかった事だ。破天荒で、失礼で、周囲を顧みない子供のようヤツだったのだ。
年は私と同じか、少し下に見える。黒髪黒目の彼女は、東洋人なのだろう。
なぜこの土地に…というか私ん家にいたのかは、彼女自身わからないらしい。
なし崩しに滞在する事になった彼女は、そこから勝手知ったる我が家だと言わんばかりに自由に過ごした。
「蛇口は開けたら締めて!動く鎧と戦わないで!地下室で暴れないで!動く絵画はつつかないで!」
頭を抱えながら叫ぶも、彼女が聞いた様子はなく、どこ吹く風だ。
自分で言うのもアレだけど私はいい子だったし、行儀作法は守って暮らして、厳格な母親に口煩く怒られたことはない。
けれど幽霊になって、叱られるどころか母親のように煩く怒声を浴びせる立場になっている。
本の中に登場する母親は、確かこんな感じで子供に手を焼かされていたはずだ。
子供が出来た訳でもないのにこんな苦労をする事になるなんて思わなかった。
「そんな固い事言わないで!今夜一緒にやってみない?」
「誰が片つけると思ってんのよ!!やるか!!!」
彼女が後始末などするはずがなく、彼女が格闘して床に倒された鎧を直すのは私だし、
面白がって開かれた蛇口を締めるのは私だ。
ポルターガイストが使えるようになって、手を使わずして一瞬で施せると言っても、労力がかかるには変わりない。
一緒になってはしゃぎ回れば、自分の首を締める事になるのだ。
くいっと親指を立てて背後を指した彼女は、ノリの悪い私に渋顔をしている。
けれどそれもすぐにパッと色が変わり、あれ?と首を傾げながら目を細めていた。
「にしても、なんでこんなごっちゃになってんだろーね、この屋敷」
どうして自分はここにいる?という疑問も深く抱かなかった彼女が、今更になって屋敷の退廃っぷりに首を傾げだした。
些細なことには拘らず、猪突猛進の気がある彼女が訝しげにするのは珍しかった。
「…それは」
言葉に詰まったのがわかった。
語るのは簡単だ。「私が血縁も使用人も全て殺して、壊した」とだけ言えば、詳細を想像するに難くないだろう。
簡単だと思っている割に言葉に出来ない私は、どうやらこの事を知られたくないと思っているらしい。
どんな理由があっても人殺しは罪は罪で、"復讐"が手放しに賞賛される事はなくて、私がやったのは残酷な事で。
自分の行いが清く正しい事だと思わなくても、間違ってはいなかったと断言できる。
けれど、独りきりに屋敷に居るのは虚しくあったし、どれだけ外道で憎かったから言って、家族に手をかけた事を簡単に割り切れるはずがない。
自分の死さえもあっけらかんと語り、不思議な事が起こっても「そういうこともあるか」と頷いて納得する。
そんな破天荒で楽天的な彼女だからこそ、白い目で見られ、軽蔑されたたりしたらきっと胸が痛くなる。
「……私がやったの」
それだけ言うのが精いっぱいだった。
怒声を浴びせてばかりの私が珍しく覇気なく、消沈しているのを見て、ぱちぱちと目を瞬かせていたけど。
「さすがスカーレット、常人とはやる事が一味違うよ!」
ぐっと親指を立ててきたので、ポルターガイストを使わず拳で彼女を殴った。
どういう意味かなど聞かなくても分かる。
気性が荒い私なら屋敷をボロにするくらい暴れ回ってもおかしくないと思っているのだろう。
いくら穏やかな従弟と違って天国に行けなかった私だって、癇癪を起こしてこんなに暴れて回るはずがない。
殴られた頭をかかえ、床でのた打ち回っている彼女が追求してこない事にホッと安堵した。
四季が二つ巡ったその頃には彼女はただ滅茶苦茶にしてるだけではなく、こちらを気遣う素振りを見せる事もあるのだと理解していた。
良い淀んだ私が、この事を聞かれたくなかったと察して彼女は茶化してくれたのだ。