第八話
1.来来世鳥類との出会い
「次ノ場所ハァ!!南南東ォ!!」

今日も今日とて鴉がうるさい。セキセイインコが耳元で囁いて腹が立つ。世の中つらいことばっかりだった。
見渡す限り、畦道と山と空しか見えない。
出店もあった、のぼりも多く立っていた、華やかな浅草の街並みが嘘のように何もない田舎道だ。

「わかった、わかったからもう少し黙ってくれ…」

炭治郎もさすがに鴉のうるささに参っているようで、耳に手を当てている。
禰豆子を箱に入れて背負った炭治郎と、セキセイインコを頭に背負ったファンシーな私は、ひたすら南南東へ向かって歩いていた。
ひとしきり「辞職退職辞退辞任退任固辞」と念仏のごとく唱え続けると、ある時からセキセイインコはシンと黙ってしまった。ヨッシャ。
なので、私はとりあえず喧しい鴉に急かされてるいる炭治郎にどこまでもついていく。
私の前前前世はたぶんピ○ミンだから。

道のど真ん中に二人の人影がある事に気が付く。最初は豆粒のようにしか見えなかったけれど、
近づくと、それは炭治郎と同じくらいの年ごろの男女だと知れた。
二人は激しく言い争っているようだ。

「頼む頼むよ!!結婚してくれ!!いつ死ぬか分からないんだ!!!」

男が女に縋りつく絵のなんと切ない事か。
金髪の少年の方は、おさげの女の子に結婚を迫っていた。
いつ死ぬか分からない身だからこそ引きさがるのが通例では?と首を傾げていると、
炭治郎は無理強いされて嫌がっている女の子を救出しに行った。
炭治郎にとって人助けは息を吸うのときっと同義だ。それは使命感にかられてるのでもなんでもなく、根っから善良な人間なのだ。
もはや反射のように助けにいった炭治郎の後を追う。


「おっと」
「チュンチュン」
「そうか、わかった!!!」

チュンチュン言ってる雀が炭治郎のところへ飛んできた。
炭治郎が極めて自然に鳥と会話すると、何がわかったのだろう、ついに二人の仲裁に入った。

「何をしているんだ道の真ん中で!その子は困っているだろう!そして雀を困らせるんじゃない!」
「あっ隊服!お前は最終選別の時の…」

炭治郎が近づくと、金髪の少年はハッと顔を上げて炭治郎に気が付いた。
しかし炭治郎は突き放す。まじか。

「お前みたいな知り合いはいない、知らん!!」
「えーっ会っただろうが会っただろうがお前の問題だよ記憶力のさ!」


炭治郎が厳しく叱咤すると、目から鼻から汁を流した彼は、激しく否定した。
炭治郎が怒り狂う女の子を宥め、縋る男の子を咎め、忙しく仲裁していると、雀がこちらへ飛んできた。
セキセイインコはかまととぶって今更ピイピイと鳴きだし、何やら雀と会話している様子。
かわいこぶりやがってまじ気に食わねえなと思いながら、三人のバトルをリング外から観戦した。
私は炭治郎ほど間に入るのが上手くなく、もっぱら宥められる側の人間である。
そんな自分が仲裁だなんて高等な事ができるはずがないと、立場は弁えているつもりだった。
「いいぞもっとやれ!!!」と野次を飛ばすと、「は黙って!!」と炭治郎から怒られた。飛び火というヤツだった。

「いつ私があなたを好きだと言いましたか!具合わるそうに道端で蹲っていたから声をかけただけでしょ!!」
「俺の事好きだから心配して声かけてくれたんじゃないの!!?」
「私には結婚を約束した人がいますのであり得ません!!それだけ元気なら大丈夫ですね、さようなら!!」

こっぴどくフラれて尚も彼が縋っても、彼女の決意はかたく、そのまま去っていってしまった。
見たところ面識はなかった様子。好きだから心配して声をかけるってどういう発想やねん。
一目惚れされる可能性は誰しもあると思うけど、蹲ってたという事は姿は碌に見えなかったはずだ。それで好きになれるか?普通なれない。オーラとかでも見たんか。
その思考回路はなんかスゲーな無意味にワクワクすっぞと感心していると、

「あ…きみ…インコの子…」
「そういうきみは雀の子……」

件の彼と目が合って、ぼそりと呟かれた。うっかりと運命的な再会を果たしてしまった。
選別の時に、雀を配られた金髪の男の子だ。炭治郎より記憶力のいい私は、雀を見た時には彼の事を思い出していた。
あの時は私だけが悪意を向けられてる訳じゃないんだって、下を見て安心していたのだ。
なんて憐れな。だからと言って私も結婚はしてやらないが。
向こうも年下に食指は動かないのか、結婚を迫ってくるような事はなかった。

「なんで邪魔すんだよ…」
「……」
「なんだよその顔!!!やめろーっなんでそんな違う生物を見るような目で俺を見てんだ!!」

共にすごしたこの二年、今までみた事ない炭治郎の引き顔を金髪の彼に見せていた。

「お前責任とれよ、お前のせいで結婚できなかったんだから!!」
「………」
「なんか喋れよ!!!」

凄く弱いからきっと死ぬ、だからその前に結婚したい。結婚するまで守れと炭治郎に要求するのは、我妻善逸というらしい少年だった。
仕事に行きたくないという彼はずっとゴネていたらしい。
女に騙されて借金をした彼は、育手であるじいさんに助けられ、剣士として育てられ、ついにあの日鬼殺隊になった。
しかし当の本人はこんな感じで、雀を困らせているという。私も私で日々セキセイインコを困らせているのだろう。
あんなに渋かった声は鳴りを潜め、今では置物のように大人しくなり、時折雀の隣でピイピイ言うばかり。
なんてあざとい。雀とセットになることで、己をもっと愛される商品として押し売っているのだ。単体でいるよりも愛らしさは増す。
私はセキセイインコが許し難かった。


「いや善逸がずっとそんな風で仕事に行きたがらないし女の子にちょっかい出す上にイビキもうるさくて困ってるって…」


飼い主が誰かを忘れ、炭治郎の手のり雀に成り果てたかのような風貌で、手の平の上でチュンと一声ないた。


「言ってるぞ」
「言ってんの!?鳥の言葉がわかるのかよ!!?」
「うん」
「ウソだろ!?二人で片棒担いで俺を騙そうとしてるだろ」
「いや私鳥語とかわからないし…一緒にしないでこわい…」
「俺もわかんないよ!!!わかんないよォーッ!!」


善逸と共に、駆け足で次の場所まで迎えと叫び出した鴉に従って、速足で道を駆け抜けた。
すると林道の奥に家屋が見えてくる。
炭治郎は血の匂いがすると言い、善逸は何か音がすると言い、私は何も感じられない。
主人格だって力がほしい。

炭治郎がハッと背後を振り返ると、茂みの中に男女の子供が怯えた様子で隠れていて、どうしたのかと話を聞こうとするも、怯えて話が出来そうにない。
雀を手の平に乗せて炭治郎があやすと、気が抜けたのかその場にへたり込んでしまった。
小さい子をあやすのが上手だなと感心したその間に、炭治郎は事情を聞き出した。
夜道を歩いていたら、兄が鬼に連れて行かれてしまったらしい。
兄は怪我をしていて、点々と残された血の痕をを辿って弟妹でやってきたと言った。


そうこうしてる内、屋敷に閉じこめられていたらしい血濡れの男が窓から飛びだして、地面に落下してしまった。頭から落ちた彼は助からなかった。
この子らの兄のほかにも、他にも閉じこめられている者が居るのだろうと悟り、
「善逸行こう!」と炭治郎が声をかけるも、蒼白になった彼は震えて首を横に振るばかり。

「そうか…わかった」

炭治郎は一瞬沈黙してから短く言った。
分かってるけど分かってなさそうだコレ。
善逸は炭治郎の顔を見て、さらに震えあがった。私も震えた。炭治郎怖すぎでしょ。
優しさともう一つの顔でギャップ萌えさせ相手を射止めるという戦術は有用だけれど、その恐ろしさはミスチョイス。

「ビャーッなんだよーッなんでそんな般若みたいな顔すんだよォー行くよォーッ」
「無理強いするつもりはない」
「行くよォーっ!!!」

善逸は泣きながら炭治郎の圧に頷かされていた。哀れだなと思うは思う。
けど私も私のことで精いっぱいだった。
次に圧をかけられるのは私だろうか。私だろうな。
禰豆子の入った箱を子供二人にお守りにと持たせた炭治郎は、くるりとこちらの方を振り返った。

は……」

そして私に向けて言葉を放つ、その瞬間からの記憶が途切れて消えた。

2019.8.24