第七話
1.来来世大盛り
次なる目的地は東京府浅草だと炭治郎の鴉は言った。
何やら懐かしい響きだ。二年も山中で暮らしていると、まったく聞く事のない地名だった。
そこに炭治郎と共に仕事に行く…のかと思いきや、インコと鴉は同行しろとは言わなかった。
炭治郎と私はニコイチの相棒という訳ではない。
とはいえ、鬼殺隊になろうと思ってなったのではない私は、一人になり、鬼と戦えなど言われても、納得がいかなかった。
しかし手違いだろうが、もう一人のワタシの意志だろうが、なってしまったものは仕方ない。
自己責任の範疇だろうか。けれど一度入隊したら足抜けご法度、という訳ではないらしいのだ。
鬼への恨み辛みなど一切ない現代っこの私は、命をかけて戦うだけの原動力がない。
仕事に行けというインコVS辞職したい、もしくは炭治郎に同行したい私。
インコの羽をむしらんばかりの勢いで口論し、炭治郎に宥められ、そのうち急かす鴉とも乱闘になり、しかし鳥類の嘴の凶悪さに人類はかなわず、私が泣きながら別れ、一時間程経ったとき。

「お前はお前の仕事を終えたら、竈門炭治郎とすぐ合流しろ。場所は同じ浅草だ」

炭治郎とは今生の別れ、僻地にでも飛ばされるくらいの思いで絶望し歩いていたら、セキセイインコに耳元で低く囁かれた。
それを早く説明しなかった事も腹立ったが、あえて耳元に嘴を持って来たのが心底気に食わなかった。
私は「ギァアアアガア!!!!」と憤怒の咆哮を上げる。
──そこからの記憶は途絶えてなかった。



「この子は人間じゃない、鬼…いえ、半分鬼です」
「そ、そんなっ!は人間です!そんな匂いは一度もしなかった!」
「ええ、主人格であるさんは生粋の人間。別人格であるさんだけが鬼としての素養を持っている…しかしそれも、恐らく完全ではないのです。ほんの微々たる素養。事実、治癒速度も人間に近いし、人間を食らう必要もないのでしょう」

知らない女性の声と、青年の声。そして聞きなれた炭治郎の声が聞えていた。


「…さんの別れてしまった人格…それはもしかして、人の医学の及ぶ範疇ではないのかもしれませんね…」
「そこに鍵がある、という事ですか?珠世さん…」


──やばめな会話を聞きながら、知らない天上を見ていた。
まだ浅くおぼろげにしか意識が浮上していなかった頃。ふと耳を澄ませてみると、とんでもない会話が聞こえてきて目を剥いてしまったのだ。
私はそれから数十分は狸寝入りをキメこんでいた。だって、この場で起き上がってなんて言えばいい?

「今の話はほんとうなんですかッ嘘だと言ってくださいッ」
「…ええ、ほんとうです…」
「私は…人間じゃない…?普通じゃない力を秘めてる私は…もう一人の私は…鬼…」
「……それが、事実です…」
「あ…あああぁ…っ!!!」


とか言って泣き崩れなきゃいけないなんて無理だ。今中身いくつだと思ってる。
外見的には魔法少女にもなれるけどこんなの辛くて悲しい。
畜生、要素を盛られた!!私は狂ったように内心で叫び散らしていた。

今まで事実無根の言いがかりをつけられた事があった。正当な扱いを受けられない事があった。
それだけが全てではないけれど、親のない子だという事が一因になった事は間違いない。生活苦はつらかった。産まれた頃から盾のない子供は、一から盾を作らねばならない。そうやって必死に生きてきた。

──私が造り上てきたその盾では、今の自分を護れない!!
私は絶望の淵に立たされていた。


「炭治郎さん」


女性の凛とした声が、陽のささない部屋に響いた。

「禰豆子さんとさんは、私達がお預かりしましょうか」
「え…?」


呆然とした声が私の喉から滑りでた。小さすぎたそれは、禰豆子にしか届かなかったらしい。
ちろりと私に視線を向けると、ててっと駆け寄ってきて、よしよしと頭を撫でてくれた。
私はうれしい。
この場にいる他の三人…見知らぬ女性と男性、炭治郎は私がうれしがっている事に気が付いていない。
「絶対に安全とは言い切れませんが、戦いの場に連れていくよりは危険が少ないかと。今はまだ知れていなかったとしても、さんもいつか狙われるようになるかもしれない」

どうやらもう一人の私は覚醒すると強いらしいけれど、しゅ…主人格…である私は志も弱い。鬼殺隊から足を洗おうと思っていたところだ。
安全度が上がるというのなら願ったりかなったりだけれど、なんで私の意志もなく見知らぬ方々に与られようとしてるのか、頭が追い付かなかった。


「…ありがとうございます」

禰豆子が私の傍からするりと抜けて、炭治郎の元へと駆け寄った。


「俺達は一緒に行きます、離れ離れにはなりません」


そしてまた私の意志も聞かず、決めてしまった。


「もう二度と」


禰豆子の事だけなら分かる。鬼に襲われてしまったという竈門一家の事情は知っている。
感動のシーンなんだろう。
ただ、二年一緒に暮らしただけ、兄弟弟子というだけである私にかけるには、とても重すぎる言葉である。多分ついでだった。
私は観念してそろりと起き上がり、目が合うと炭治郎は微笑んだ。
私が目覚めた事に気が付いていたらしい。怪我をしている私は床に寝かされていて、見渡すと地下牢があった。
こんな物騒な場所で立てるような誓いではない。

炭治郎のその微笑は、「心配していない」と笑って言った、あの日の言葉を思い出させた。
炭治郎が心配していないなら、半分鬼だという別人格の自分の事も、私は心配しないけど…きっと善良で天使のような子なんだと信じているけど…

「ただ、寝汚いだけですから…私は大丈夫なんです。心配しないでください…」

私が未だに根に持っている炭治郎の言葉を引用して言うと、私と禰豆子を預かると提案してくれた美しい女性は、神妙な面持ちで頷いた。


「…わかりました。では、武運長久を祈ります」

あんな言葉で何が分かってしまったのだろう。彼女の隣に佇む男性は、私がいかないと言うと、ホッと胸を撫で下ろしていた。
彼に嫌われるような事はした覚えはない。きっと別人格の私の所業なんだろう。
いや本当になんも知らないけど。罪も罰もこれから全部そっちに擦り付けておこう。
炭治郎のおやつを主人格たる私が食べても、「別人格の私が食べた」と言い訳してく。
そう考えると多少都合がいい。
炭治郎には恐らく匂いで嘘がバレるだろうけど。多分いいお兄ちゃんすぎて、怒りもしないだろうけど。
私の頭の上では、セキセイインコが食事をむさぼり摂っていた。


2019.8.24