第五話
1.来来世もう一人の…
「死ぬわけねえだろ!死ぬわけねえだろ!死ぬわけが!!」と烈火のごとく怒り狂い、呪詛 のように百っぺんほど叫ぶ夢をみた私は、二年ほど使い慣れた布団の上で目を覚ました。


「鱗滝さん、本当の所を教えてくださいよ。このままショック死なんてしたら死んでも死にきれませんからぁ……」

私は号泣して鼻水を垂らしていた。みっともないのを見かねてか、鱗滝さんに手ぬぐいを渡された。
気のせいか、天狗の面の奥で、鱗滝さんが気の毒そうな顔をしている気がする。

「…本当にわからないのか?」
「ええ、ええ。寝汚いというのは分かりました。でもそれって鱗滝さんが炭治郎に入れ知恵した方便でしょう。炭治郎嘘つけないから。なんかの隠語なんでしょ。もっとなんか深い事情があるでしょ」
「いや寝汚いのはほんとだ」
「ウァア゛アア゛イヤァアアでもそれでショック死はしねえええからぁあ!!!!」

頭を振って、髪をバサバサさせ、汁を飛ばし、嗚咽と狂乱の止まらない私の肩に、鱗滝さんはポンと手をおいた。


「馬鹿と鋏はつかいようと言う言葉があるな。物事は何事も表裏一体」
「ほんとにソレ慰めになると思ってんの?なんで傷心の子をディスるの?」

私は親の仇でも見るように彼を睨んだ。小屋には禰豆子と私と炭治郎と鱗滝さんがいて、
鍛冶屋のひょっとこ面の男(37歳)も来訪していた。
炭治郎と私の刀を打ってこんな山中まで届けにきてくれたらしい。
私の手には、普通に暮らしていたら一切馴染のない、真剣が握らされていた。

持ち主によって色が変わるという代物だという。炭治郎の刀は黒く染まり、私の刀は何色にも染まらず無色透明、彼は凄く怒っていた。
意のままにならず、とてもとても怒っていた。
怒声と罵声と炭治郎の困り声をBGMに、私は鱗滝さんに縋りつく。

「お前は藤襲山に行き、最終選別を受けてきた」
「ああ、なんか受けたってことになってたね。普通付き添いになんてこないみたいだからなぁ…勘違いされたみたい」
「隊服を支給され、鴉もつけられて、こうして刀も握り」
「不正がバレた時が怖いよね。給金もでるんでしょ?受け取って蜜吸う前に自首しよ、まだ傷は浅いから」
「満身創痍で帰ってきて」
「狐に化かされたんじゃない?それとも手品?」
「それでも、お前はまだ気が付かないのか」


目覚めよ…己の力を解放せよ…とでも続きそうな厳かな台詞だった。

「カァア竈門炭治郎ォ、北西ノ町へェ向カェェ!鬼狩リトシテノォ最初ノ仕事デアル」

私が無意味に固唾を呑んだ瞬間、私より先に、炭治郎の鴉が覚醒していた。
めちゃくちゃデカい声で喋ってる。
私のセキセイインコならともかく、鴉が喋るなんて明らかにおかしい。
私の身に起ってるなんかおかしい事に加えて、刀の色が人に合わせて変わるとか、鴉が人語を会得してるとか、もうなんか色々信じられない。

北西の町では毎夜毎夜少女が消えていると主張する鴉。それに次いで、ささやかに私のセキセイインコも囀った。

「竈門炭治郎と共に北西の町へ向え…」

かわいく子柄な外貌に似つかわしくない、地獄にでも引きずり込まれそうなデスボイスだった。
私はそんな愛玩動物にどう接したらいいのか分からず、助けを求めるように鱗滝さんに視線を向ける。
とてもじゃないけれど、愛される鳥として、キャラクターグッズなどが現代でバカ売れしていた生物の発する声とは思えない。信じがたいことだ。
信じられるのはもう私を拾ってくれた優しい鱗滝さんしかいないといないと思っていたのに。

…お前は、多重人格者だ。もう一人のお前がその身体に眠っている」
「え?」

なんでそんな中学二年生みたいなことを言うんだろう。
──鳥類であろうが哺乳類であろうが禰豆子だろうが炭治郎であろうが、私はもう誰の事も信じられなかった。ショック死をした。


2019.8.24