第四話
1.来来世無問題
「おかえりなさいませ」
「おめでとうございます。ご無事で何よりです」

私含め、血塗れになった子供達六人と共に、おかっぱの少女二人に恭しく迎えられていた。
私は瞬きの間に何が起こったのかよく分からず、狐にでも化かされた気分で、ひたすら炭治郎の隣で挙動不審になっていた。
なんで血みどろなのわたし。そして子供たち。相当ショッキングな光景だ。
炭治郎もあの一瞬の間に身体も着物もボロボロになっていて、思いつめた顔をしていた。
話しかけられる雰囲気ではなく、私は空気を読んで内心だけで怖いこわいぞと騒ぐ。

二十人はいたはずの子供はこれだけに減り、六人で隊服の支給だの、十段階ある階級の説明だのを受けていた。
その話を聞くに、私は癸という階級の鬼殺隊になり、これから皆で好きな玉鋼とやらを選び、それで鍛冶屋に刀を打ってもらい、
連絡用に配られた、この肩に止まってるセキセイインコを飼わされる事になるようだ。
鎹鴉がもらえるという話だったのに。どうみてもこの鳥は、鎹鴉とやらではない。
見れば炭治郎やその他の子らは黒い鴉をもらっているのに、私だけなんて愛らしい…いじめでは?と思っていた頃、雀を支給されたらしい男の子と目が合って安心した。
なに事にも例外というものはあるのだ。鎹鴉の数が足りてなかったのかもしれない。
繋ぎとして雀とインコをチョイスするってマジどうなの?って感じだけど致し方あるまい。


「…ていうか私試験受けてないんだけど…」

肩に止まっているインコや隊服をもらう謂れは一切ない。
それに気づく者は誰もおらず、日本人らしくシャイな私はその辺りを追及する事が出来ないまま、流されて飼育することになってしまった。


「ねえ炭治郎」


血に塗れていたのは、まぁ当然のごとく怪我をしていたからだった。
返り血を浴びたとかじゃない。身体を酷使した時のように節々が痛む。使った覚えもないのに。
炭治郎も痛むのは同じなようで、息も絶え絶えで畦道を歩いていた。

「……なんだ?」

一拍おいて返事を返されたのは、炭治郎の怠慢ではなく、疲労のせいだ。
衣服の入った荷物さえ重そうにしているのだ。杖をついて辛そうに歩いててる。喋るのも億劫に違いない。
鱗滝さんと禰豆子の待つ山へ帰る道中、なんとなく続いていた沈黙を破り、私は尋ねた。

「何か隠している事あるでしょ。あるよね。ないはずない」
「ぎく」
「わざわざ口で言う事かソレは」

じろりと目を細めると、あからさまに視線を逸らされた。
ひとしきり遠くに沈む夕日を眺めると、やがて観念した炭治郎が、私の方へと顔を申し訳なさそうに戻した。


「…わかったよ、言う。ごめんな、鱗滝さんに口止めされてたんだ…」
「え…?」


なんでもないはずがない、なんて分かってた事だけど、やっぱり炭治郎は嘘をついていたとは…にわかに信じがたい。
信じられない思いで愕然と目を丸くさせるも、観念した炭治郎はただ困ったような表情をするだけだった。


「でも、本当に、問題ないみたいだし…」
「どういうこと?よくわかかないけど、問題だから隠してたんでしょ」
「ああ、鱗滝さんはがショックで死んじゃうかもしれないから、隠しておけって…」
「炭治郎それ一世一代の大問題じゃない!!?何悠長にしてんの!!?命助けてよ!!」


まさか生き死にを左右するレベルの問題が起こっていたとは。
炭治郎がそれを「なんでもない事」と認識していたのだから、「なんでもないよ」と言ってはぐらかす事は、素直な彼にとって"嘘"にはならなかったのだろう。謎がやっと解けた。
けど解せない。
炭治郎の胸倉をつかんで早く吐けと追求すると、揺さぶられ気持ち悪そうな炭治郎は何度も頷いた。

は…出会った頃は全然そんな事、わからなかったんだけど…」
「う、うん…」

二年もすごせば生き死にレベルの問題の一つや二つや百は見えてくるだろう。
共同生活しているうち、私に不治の病の兆候でも見えたのか。固唾を呑んで聞き入ると…


って、寝汚いんだよな」
「え?」


耳を疑った。私はその場で石造のように硬直した。
私は茫然として、空を仰ぐ。
ダラダラと歩いているうち、陽はとうに暮れて、星空が広がっていた。
そうしているうち、暗闇の広がるこの山中で、一人の女の子が通りすがった。


「あーッ禰豆子ォ…お前っ…起きたのかァ!!!」


炭治郎はさっきまでの覇気のない声が嘘のように叫んだ。
すると、女の子はこちらに気が付き、長い黒髪を靡かせながら炭治郎の元へと駆け寄ってくる。──あの子は禰豆子だ。
震える膝をがくりとついてしまった炭治郎を彼女は抱き締めて、そこへやってきた鱗滝さんもその抱擁に加わった。

私はその感動の再会に加われないまま、遅れてその場にガクリと膝をつき、ドシャリと地面に身体を伏した。
なるほど。鱗滝さんは厳しくも、いつも正しい。アレは毒草だから食うなという忠告に従わず、私は腹を壊したことがあった。
重たすぎて持てないだろうと言われた木片を、意地張って持とうとして、足の小指に落下させ三日三晩泣きはらしたこともあった。

私は真実を告げられて、ショックで死んだ。

2019.8.24