第二話
1.来来世─強かに移動
──強かなのは、前世があったからだ。
前世があったから寂しくなかった。
寂しくなかったから、生活の事だけを考えられた。
中身が精神的に自立していると、外見が幼児だろうが、身の回りの事を世話するのも苦痛ではなくなる。
衣食住を得るための交渉術というのは、処世術とも似てる。
私は子供だからと意地わるい大人にやりこめられないよう日々必死に──
なんてペチャクチャと言っている場合ではなくないか?ピンチだ。一世一代の大ピンチなうじゃないか。
交通事故にあって骨やら肉やらめちゃくちゃになった時も、生還したその後、強盗に襲われたあの時も、中々不幸だな私と思った物だけれど。それはマシな方だったらしい。
「う…ウッソでしょ……」
大丈夫ですか?救急車呼びます?と心配になるくらいの外貌をした生物が、私の目と鼻の先まで這い寄っている。
いやいや大丈夫じゃないのは私の方だ。だってコレどう見ても生き物じゃないじゃん、人外じゃん、殺されるじゃん。首がないのに動けてるなんておかしいだろゾンビか。
ていうか爪長い。もっとコマメに切ってくれ。
事故の時の怪我より、強盗に襲われた時の恐怖より、私は怖くて痛い目に合うんだろう。
3秒先の自分未来が私には見えて、振り上げられた腕を目視して、悲鳴も上げられずぎゅっと目を瞑ったとき。
「やめろぉおおおお!!!」
搾るような大声が響いた。轟音が響き渡った。瞼を閉じたその間に、恐ろしい何かが周囲を轟いた。
それが分かったから、再び瞼を開くのがおそろしく、ただ身を固くする。
シンと束の間の静寂が訪れる。恐る恐ると目を開けると、そこには──
「だ、大丈夫か!?」
一人の少年が身を挺し、私を護るように手を広げて、そこに佇んでいた。
赤みがかった髪と瞳は、夜の中でもぼんやりと色彩を主張している。
何がどうなってるのか、現状を理解出来ないながら、自分の命はどうやら助かったらしいとは分かって、私はその場にへたりこんだ。
どくどくと脈打つ心臓が少し落ち着いてくると、危機に瀕して馬鹿になっていた五感は通常状態に戻ってきて、どこか麻痺していた嗅覚も戻ってきた。血の匂いが酷くて眉を顰める。
「大丈夫みたいですぅ……」
へたりこんだ身体からは語尾が間抜けた、気の抜けた声が出てきた。
冷や汗をかいた額を手の甲で拭っていると、視界の端に着物の女の子がギュンギュン飛び交っているのが見える。
自分でも何を言ってるのかわからな…いやほんとに分からん。何あの動き。鍛え抜かれた光輝く世のアスリート達の動作が霞んで見える。
それこそ人外の動きだったけれど、真っ当な人の形をしているからなのか、それとも赤毛の男の子と一緒に私を悪意から守ってくれたからなのか。善意しか感じないこの子達に、まったく恐怖は感じない。
見渡すと、遠くに古びたお堂が見える。いつの間にか私は森林に囲まれ、いつの間にか襲われ、いつの間にか助けられていた。
前後の記憶がない私は、どこかこの状況に現実感が得られず、ただ唖然と首なしと少年少女の戦いを見守るだけだった。
「…という事で。俺は竈門炭次郎。こっちは妹の禰豆子。怪我もないみたいで良かったよ」
という事で、という一言に凝縮されたアレコレは濃密すぎるものだ。
ようやっと自己紹介をされたのは、全てが終わったあとのことだ。
あの後…私が首なしの"鬼"の胴体に襲われ、炭治郎と禰豆子に助けられた後。
天狗の面を被ったおじさんがやってきた。
炭治郎がさっきの鬼の、切断された頭部の方に留めをさそうとしていた最中の事だ。
彼は夜が明けの空に朝の陽がさして来るまで、炭治郎と共に、私には理解しえない話を続ける。
鬼のトドメの差し方を炭治郎に考えさせ、禰豆子が人を食ったらどうすると聞き、咄嗟に応えられなかった炭治郎の顔に張り手し…
いや嘘じゃん。児童虐待、暴力反対!!の四文字が私の頭によぎったのも知らず、炭治郎が鬼殺しの剣士としてふさわしいかを試すという結論を出してしまった。
聞けば禰豆子は元人間で、現鬼であるという。あの子が鬼だなんてとても思えないけれど、あの動きは確かに人間離れしすぎていて、納得せざるを得ない。種も仕掛けもなさそうだ。
私に帰る家がないのだという事が分かると、とあえずついて来いと言われて、私も天狗面の彼の元に同行する事になった。
帰るところのない…というか、ここがどこかも分からない迷子の私としては、とても有難い申し出だったけれど。
心底現状が理解できない。この非日常に満ちた空間はなんなのか?疑問だらけである。
私は自分の身に何が起こったのかもよく分からないまま、流れに流され、山中の小屋へとたどり着いたのだった。
…鱗滝さんに抱えられながら。炭治郎は禰豆子を背負いながら。
ええ〜鱗滝さん児童に厳しい〜炭治郎息も絶え絶え〜とドン引きしたものの、すぐに考え直す。
子供に厳しいのではない。多分炭治郎に厳しいのだ。
鱗滝さんが私を抱えているのは、非力な私が走っていけないと判断したからだ。やさしい。…やさしいのかなぁ。
──そんな非力な今の私は、10歳に届くか届かないかの体格をしていた。
前世で寮暮らしの苦学生をやっていたはずの私が、何故施設に入っていた頃程の背丈になっているのか。
意味がわからなさすぎて、私はとりあえず考える事をやめた。
1.来来世─強かに移動
──強かなのは、前世があったからだ。
前世があったから寂しくなかった。
寂しくなかったから、生活の事だけを考えられた。
中身が精神的に自立していると、外見が幼児だろうが、身の回りの事を世話するのも苦痛ではなくなる。
衣食住を得るための交渉術というのは、処世術とも似てる。
私は子供だからと意地わるい大人にやりこめられないよう日々必死に──
なんてペチャクチャと言っている場合ではなくないか?ピンチだ。一世一代の大ピンチなうじゃないか。
交通事故にあって骨やら肉やらめちゃくちゃになった時も、生還したその後、強盗に襲われたあの時も、中々不幸だな私と思った物だけれど。それはマシな方だったらしい。
「う…ウッソでしょ……」
大丈夫ですか?救急車呼びます?と心配になるくらいの外貌をした生物が、私の目と鼻の先まで這い寄っている。
いやいや大丈夫じゃないのは私の方だ。だってコレどう見ても生き物じゃないじゃん、人外じゃん、殺されるじゃん。首がないのに動けてるなんておかしいだろゾンビか。
ていうか爪長い。もっとコマメに切ってくれ。
事故の時の怪我より、強盗に襲われた時の恐怖より、私は怖くて痛い目に合うんだろう。
3秒先の自分未来が私には見えて、振り上げられた腕を目視して、悲鳴も上げられずぎゅっと目を瞑ったとき。
「やめろぉおおおお!!!」
搾るような大声が響いた。轟音が響き渡った。瞼を閉じたその間に、恐ろしい何かが周囲を轟いた。
それが分かったから、再び瞼を開くのがおそろしく、ただ身を固くする。
シンと束の間の静寂が訪れる。恐る恐ると目を開けると、そこには──
「だ、大丈夫か!?」
一人の少年が身を挺し、私を護るように手を広げて、そこに佇んでいた。
赤みがかった髪と瞳は、夜の中でもぼんやりと色彩を主張している。
何がどうなってるのか、現状を理解出来ないながら、自分の命はどうやら助かったらしいとは分かって、私はその場にへたりこんだ。
どくどくと脈打つ心臓が少し落ち着いてくると、危機に瀕して馬鹿になっていた五感は通常状態に戻ってきて、どこか麻痺していた嗅覚も戻ってきた。血の匂いが酷くて眉を顰める。
「大丈夫みたいですぅ……」
へたりこんだ身体からは語尾が間抜けた、気の抜けた声が出てきた。
冷や汗をかいた額を手の甲で拭っていると、視界の端に着物の女の子がギュンギュン飛び交っているのが見える。
自分でも何を言ってるのかわからな…いやほんとに分からん。何あの動き。鍛え抜かれた光輝く世のアスリート達の動作が霞んで見える。
それこそ人外の動きだったけれど、真っ当な人の形をしているからなのか、それとも赤毛の男の子と一緒に私を悪意から守ってくれたからなのか。善意しか感じないこの子達に、まったく恐怖は感じない。
見渡すと、遠くに古びたお堂が見える。いつの間にか私は森林に囲まれ、いつの間にか襲われ、いつの間にか助けられていた。
前後の記憶がない私は、どこかこの状況に現実感が得られず、ただ唖然と首なしと少年少女の戦いを見守るだけだった。
「…という事で。俺は竈門炭次郎。こっちは妹の禰豆子。怪我もないみたいで良かったよ」
という事で、という一言に凝縮されたアレコレは濃密すぎるものだ。
ようやっと自己紹介をされたのは、全てが終わったあとのことだ。
あの後…私が首なしの"鬼"の胴体に襲われ、炭治郎と禰豆子に助けられた後。
天狗の面を被ったおじさんがやってきた。
炭治郎がさっきの鬼の、切断された頭部の方に留めをさそうとしていた最中の事だ。
彼は夜が明けの空に朝の陽がさして来るまで、炭治郎と共に、私には理解しえない話を続ける。
鬼のトドメの差し方を炭治郎に考えさせ、禰豆子が人を食ったらどうすると聞き、咄嗟に応えられなかった炭治郎の顔に張り手し…
いや嘘じゃん。児童虐待、暴力反対!!の四文字が私の頭によぎったのも知らず、炭治郎が鬼殺しの剣士としてふさわしいかを試すという結論を出してしまった。
聞けば禰豆子は元人間で、現鬼であるという。あの子が鬼だなんてとても思えないけれど、あの動きは確かに人間離れしすぎていて、納得せざるを得ない。種も仕掛けもなさそうだ。
私に帰る家がないのだという事が分かると、とあえずついて来いと言われて、私も天狗面の彼の元に同行する事になった。
帰るところのない…というか、ここがどこかも分からない迷子の私としては、とても有難い申し出だったけれど。
心底現状が理解できない。この非日常に満ちた空間はなんなのか?疑問だらけである。
私は自分の身に何が起こったのかもよく分からないまま、流れに流され、山中の小屋へとたどり着いたのだった。
…鱗滝さんに抱えられながら。炭治郎は禰豆子を背負いながら。
ええ〜鱗滝さん児童に厳しい〜炭治郎息も絶え絶え〜とドン引きしたものの、すぐに考え直す。
子供に厳しいのではない。多分炭治郎に厳しいのだ。
鱗滝さんが私を抱えているのは、非力な私が走っていけないと判断したからだ。やさしい。…やさしいのかなぁ。
──そんな非力な今の私は、10歳に届くか届かないかの体格をしていた。
前世で寮暮らしの苦学生をやっていたはずの私が、何故施設に入っていた頃程の背丈になっているのか。
意味がわからなさすぎて、私はとりあえず考える事をやめた。