第十話
1.始まり─覚醒の刻
みんなの怪我、骨折が癒えた頃、指令がきた。共々那田蜘蛛山という地へ赴けというのだ。
すぐに暫く世話になった屋敷から出立する事になった。
「では行きます!!お世話になりました」
「では切り火を…」
「ありがとうございます!」
炭治郎が快活に礼を言うと、屋敷の老婆が切り火をしてくた。
「どのような時でも誇り高く生きてくださいませ。ご武運を…」
カッカッと音をならし切り火されたのを見て、攻撃されたと見なした伊之助が殴りかかろうとし、炭治郎が羽交い締めし、善逸が宥めた。
山暮らしの長い伊之助は、切り火という行為も、あの言葉の意味も、理解が出来ないようだった。
山に向かう道中、「誇り高く?ご武運?どういう意味だ?」と伊之助が問う。
「そうだな、改めて聞かれると難しいなぁ…誇り高く…」
自分の立場を理解してその立場である事が恥ずかしくないように正しく振舞う事、と炭治郎は律儀に答えようとするも、それでも尚質問攻めを受け続ける。その立場ってなんだ?恥ずかしくないってどういうこと?と幼児のようになぜなにを続ける。
「あっ加速した!」
「炭治郎は幼女の足の長さについて考えてみた事があるか!?幼女を思うなら背負ってくれ!!」
終いには「ババァは立場をわきまえてないだろ」とまで言い出した伊之助に答えきれず、炭治郎はダッシュで駆け出してしまった。
携帯を持ってたなら逐一カンペを見せてあげれたけど、今の私は文明の利器を持たないただの愚図である。
なんやかんやで仲間は増え、炭治郎の背負った禰豆子を含めて五人の旅が始まった。
ちょっと遠足みたいでワクワクする。仲間っていいなぁとフワフワウフフと笑った。
しかし順風満帆な旅路はそこまでである。
指令の通り、揃って那田蜘蛛山に近づいた頃。
「待ってくれ!!ちょっと待ってくれないか」
「私も待ってほしい、冷静になってほしい」
キリッとした顔で善逸がストップをかけたのに倣い、私も至極真面目な顔で待ったをかけた。
「怖いんだ!目的地が近づいてきてとても怖い!!」
「第二の人格が覚醒する時間が刻一刻と近づいている事実に恐怖」
善逸と共に体育座りでほろほろと泣いた。
「何すわってんだこいつら…気持ち悪い奴だな…」
「お前に言われたくねーよ猪頭!!」
「座ってる事が罪なのか、気持悪い事が罪なのか」
前者であれば、それじゃ考える人なんかも罪たっぷりだなと現実逃避した。
「気持悪くなんてない!普通だ!俺は普通でお前らが異常だ!!」
私だって普通だ一緒にしないでいただきたい!と言いたい所だったけれど、
夜になると超強い第二の自分が覚醒する幼女というのは普通どころか正気の沙汰ではないため、押し黙って俯いた。
すると、炭治郎が何かに気が付いたように山の方を振り返る。
「たす…助けて…」
そこでは隊服を来た怪我人が地に伏せて、こちらに助けを求めていた。
…のを見た瞬間、私の意識は途絶えた。
「それに、二人は鬼舞辻と接触している」
「そんなまさか…」
「柱ですら誰も接触した事がないというのに!!?」
「こいつらが!!?」
「どんな姿だった?能力は!?場所はどこだ!?」
「戦ったの?」
「鬼舞辻は何をしていた?」
「根城は突き止めたのか!?」
この場はたった一言で一気にざわついた。私の心の中もめちゃくちゃざわついた。うそ初耳。今こいつらって言ったよね。それ私の事も含めて言ってるよね。
誰それ?ってレベルであまり耳馴染のない人と会ってるとか言われても。
さすがにそれが敵の親玉だって事くらい知ってるけど。
中枢までもぐりこんでしまった感ある。これ足を洗って普通の女の子になりたいって言って許してもらえるのかな?もらえないだろうなあ。
また盛られてしまった。
「そちらの子も目が覚めたようです」
「えッあ…はッはい……」
仰向けになり、暫く青い空だけを眺め、耳だけで清聴していると、視界に見知らぬ女の子が映りこんだ。
同じ隊服を着ているとは思えない姿だ。平均以上の美貌の持ち主だった。
渋々と、嫌々と、仕方なく狸寝入りをやめて起き上がる。
傷だらけの怖い兄ちゃんやら可愛い姉ちゃんやらが中庭に集っているのが見えた。
和屋敷の中、おかっぱの子供二人を左右にはべらせ、座っている彼が例の"お館様"なんだろう。
そこから、顔面に傷を作っている怖い兄ちゃんが、腕を自傷し、血をダラダラ流した。
そして禰豆子の入った箱に向けて、「飯の時間だ!」と言いながら滴らせた。
やべえモンを見てしまったと思った。こいつまじかと。
食らいつけと言われましても禰豆子にだって選ぶ権利がある。
血が好物の吸血鬼だって、床を這って舐めろと俺様男のような野郎に言われた所で、口にする事はないだろう。
伊之助、これが誇り…というやつだ。届いてますか私の声。
禰豆子は室内に連れていかれ、箱から出された。炭治郎は助けようともがき、富岡の助けも幸いし、柱による拘束から抜け出した。
「不死川さんに三度刺されてましたが、目の前に血塗れの腕を突き出されても我慢して、噛まなかったです。そちらのさんも」
「ではこれで、禰豆子たちが人を襲わないことの証明ができたね」
こちらに極力話を振らないでほしいなと思った。私寝てる間に刺されてたの?
無情にもほどがあるだろ柱共。多分ついでにまとめただけだろうけど。
視線が一斉にこちらに向かい、何も言う事もできず、答えに困ってただ苦笑いをする。
「もう一人の人格、とやらが鬼なのですよね。あなたは主人格?」
ヒュッと息を呑んだ。
拷問をされている気分だった。「はい…」と蚊の泣くような声で頷くと、「は日中はほとんど日中ののままです」と炭治郎が補足した。
なんだよ日中のって。夜のと昼間ので呼び分けてたのか?ふざけないでほしいわ。
「それでは血に反応しないのは道理なのでは…」
「あ、いえ、不完全な鬼という証明になりますね」
「じゃあ別人格とやら早く呼び出せよ」
「夜を待たないといけないんじゃないか」
憶測やらなんやらが飛び交い、収集がつかなくなる前に、私は口を挟んだ。
「わ、わたしに…」
ぽつりと言うと、一度散っていた視線が再びザッと集まった。柱達と、炭治郎と、炭治郎を抑えてる隠の青年たち。そしてお館様。
視線だけで私は殺されてしまいそうだったけれど、特に死にそうな顔は見せず、真面目な顔で話すようにした。
「何を期待されているのでしょうか…」
お館様の方を見ながら言う。
これはマズい。自己保身のため乗り出さなければと、このアウェー感を肌に受けて思ったのだ。
自分を救うのは自分であり、保身は交渉で得るべし。
たまに他人に救ってもらえたら僥倖くらいに思ってないと、餓えとか暗殺とかで死んでしまう。
「私は非力です。別人格の私が強かろうが、日中の私は弱い。それは心も身体もです。自分は鬼殺隊で働く器ではないと痛感していました」
「そうかな。が弱いとは思わないよ」
「自分が人を襲わない鬼だという証明はできません」
場が一気にざわついた。
「鬼舞辻とやらに会った記憶も残ってない。別人格の自分に会った事もない、実感もない。身内を鬼を殺された訳でもないのです。実の所、私には力もなければ、人を助けたいという正義感もありません」
明け透けに内情を暴露すると、場の空気が困惑と怒りに染まっていくのが分かる。
炭治郎のように、鬼に対して因縁のある人ばかりなのだろう。
投げやりな発言はおそらく逆鱗に触れると分かって、包み隠さず吐露する。
「自分で自分に責任を持てないので、ここで首を斬って頂いても結構です」
シンと沈黙した。炭治郎は声も出ない様子だった。
「人を助けたいという願いもない、綱渡りをして自分を生かしたいとも思わない。ただ、人を食べたくはない」
「だから死んでもいいと?随分な事を言うね」
「意志の弱い私には、切腹のような真似はできません。勇気がないので。眠るように知らぬ間に殺して頂ければ」
口開こうとした炭治郎に視線を向けると、私の意図を汲んだらしく辛そうに押し黙った。お館様と呼ばれた彼はそれでも微笑んだままで、頷きも否定もしない。
「…それはあまり乗り気ではないようです。そういう意志も力も弱い私に、他に何か求められる事はありますでしょうか?」
「のその弱点を凌駕するほど、もっと特別なモノが秘められているとしたら?」
「え…」
「は別人格の自分を知らないというけれど、こちらには知れている。その強みも弱味も、等しく垣間見えているよ」
まじか…と唖然とし、身体が震えた。これ以上私に何を科す気だ。第二のワタシ(鬼)以上に特別なモノなんて秘められてたまるかよ。こんなの遣り切れない。 禰豆子が人を食べたら炭治郎や鱗滝、富岡が首を斬るといったように、私は誰に保障されている訳でもない。
もしも人を襲ってしまった時、責任を負うのは誰だろう。
この言葉に調子をよくして、頷いた私自身だろうか。
「は人を襲わないよ、そうだね」
彼は炭治郎の方を向いて同意を求めた。拘束から逃れ、縁側の方に駆け寄っていた炭治郎は間近で言われ、神妙な面持ちで頷く。
「はい、は人を襲いません。……………というか、食べられ…ないから……」
その長い沈黙と気まずそうな顔はなんだ炭治郎。目を逸らすな。なんでなんだ。誠実であれ。
「私は自分を信じないけど、その言葉を信じるという事でいいでしょうか」
何か私に分が悪い、知りたくもない裏事情があると察した私は、いささか投げやりに言うと、「うん」とあっさりと頷かれた。
言質は取った。つまりこれはもう他人任せにしますよと言う事だ。
詮口約束だけれど、見届けた人は多い。これでもし手のひら返される世の中じゃ世知辛すぎて、私には生きていけないだろう。受け入れるしかない。
前世がある、ならどうせ来世もあるだろう、と保険をかけている私は、死をあまり重たく受け止めていなかった。
私の別人格とやらを直に見れていない柱たちは当然半信半疑で、肯定的ではなかった。
けれど、禰豆子が人を襲わないという証明をするという炭治郎を認める流れは、柱の心情は関係なく、決定された。
それに乗っかり私の事も有耶無耶になったのである。
察するに、第二の私が覚醒した姿を直に見たのであろう、富岡と蝶飾りの女の子は、なんとも形容しがたい表情で私を見ていた。
1.始まり─覚醒の刻
みんなの怪我、骨折が癒えた頃、指令がきた。共々那田蜘蛛山という地へ赴けというのだ。
すぐに暫く世話になった屋敷から出立する事になった。
「では行きます!!お世話になりました」
「では切り火を…」
「ありがとうございます!」
炭治郎が快活に礼を言うと、屋敷の老婆が切り火をしてくた。
「どのような時でも誇り高く生きてくださいませ。ご武運を…」
カッカッと音をならし切り火されたのを見て、攻撃されたと見なした伊之助が殴りかかろうとし、炭治郎が羽交い締めし、善逸が宥めた。
山暮らしの長い伊之助は、切り火という行為も、あの言葉の意味も、理解が出来ないようだった。
山に向かう道中、「誇り高く?ご武運?どういう意味だ?」と伊之助が問う。
「そうだな、改めて聞かれると難しいなぁ…誇り高く…」
自分の立場を理解してその立場である事が恥ずかしくないように正しく振舞う事、と炭治郎は律儀に答えようとするも、それでも尚質問攻めを受け続ける。その立場ってなんだ?恥ずかしくないってどういうこと?と幼児のようになぜなにを続ける。
「あっ加速した!」
「炭治郎は幼女の足の長さについて考えてみた事があるか!?幼女を思うなら背負ってくれ!!」
終いには「ババァは立場をわきまえてないだろ」とまで言い出した伊之助に答えきれず、炭治郎はダッシュで駆け出してしまった。
携帯を持ってたなら逐一カンペを見せてあげれたけど、今の私は文明の利器を持たないただの愚図である。
なんやかんやで仲間は増え、炭治郎の背負った禰豆子を含めて五人の旅が始まった。
ちょっと遠足みたいでワクワクする。仲間っていいなぁとフワフワウフフと笑った。
しかし順風満帆な旅路はそこまでである。
指令の通り、揃って那田蜘蛛山に近づいた頃。
「待ってくれ!!ちょっと待ってくれないか」
「私も待ってほしい、冷静になってほしい」
キリッとした顔で善逸がストップをかけたのに倣い、私も至極真面目な顔で待ったをかけた。
「怖いんだ!目的地が近づいてきてとても怖い!!」
「第二の人格が覚醒する時間が刻一刻と近づいている事実に恐怖」
善逸と共に体育座りでほろほろと泣いた。
「何すわってんだこいつら…気持ち悪い奴だな…」
「お前に言われたくねーよ猪頭!!」
「座ってる事が罪なのか、気持悪い事が罪なのか」
前者であれば、それじゃ考える人なんかも罪たっぷりだなと現実逃避した。
「気持悪くなんてない!普通だ!俺は普通でお前らが異常だ!!」
私だって普通だ一緒にしないでいただきたい!と言いたい所だったけれど、
夜になると超強い第二の自分が覚醒する幼女というのは普通どころか正気の沙汰ではないため、押し黙って俯いた。
すると、炭治郎が何かに気が付いたように山の方を振り返る。
「たす…助けて…」
そこでは隊服を来た怪我人が地に伏せて、こちらに助けを求めていた。
…のを見た瞬間、私の意識は途絶えた。
「それに、二人は鬼舞辻と接触している」
「そんなまさか…」
「柱ですら誰も接触した事がないというのに!!?」
「こいつらが!!?」
「どんな姿だった?能力は!?場所はどこだ!?」
「戦ったの?」
「鬼舞辻は何をしていた?」
「根城は突き止めたのか!?」
この場はたった一言で一気にざわついた。私の心の中もめちゃくちゃざわついた。うそ初耳。今こいつらって言ったよね。それ私の事も含めて言ってるよね。
誰それ?ってレベルであまり耳馴染のない人と会ってるとか言われても。
さすがにそれが敵の親玉だって事くらい知ってるけど。
中枢までもぐりこんでしまった感ある。これ足を洗って普通の女の子になりたいって言って許してもらえるのかな?もらえないだろうなあ。
また盛られてしまった。
「そちらの子も目が覚めたようです」
「えッあ…はッはい……」
仰向けになり、暫く青い空だけを眺め、耳だけで清聴していると、視界に見知らぬ女の子が映りこんだ。
同じ隊服を着ているとは思えない姿だ。平均以上の美貌の持ち主だった。
渋々と、嫌々と、仕方なく狸寝入りをやめて起き上がる。
傷だらけの怖い兄ちゃんやら可愛い姉ちゃんやらが中庭に集っているのが見えた。
和屋敷の中、おかっぱの子供二人を左右にはべらせ、座っている彼が例の"お館様"なんだろう。
そこから、顔面に傷を作っている怖い兄ちゃんが、腕を自傷し、血をダラダラ流した。
そして禰豆子の入った箱に向けて、「飯の時間だ!」と言いながら滴らせた。
やべえモンを見てしまったと思った。こいつまじかと。
食らいつけと言われましても禰豆子にだって選ぶ権利がある。
血が好物の吸血鬼だって、床を這って舐めろと俺様男のような野郎に言われた所で、口にする事はないだろう。
伊之助、これが誇り…というやつだ。届いてますか私の声。
禰豆子は室内に連れていかれ、箱から出された。炭治郎は助けようともがき、富岡の助けも幸いし、柱による拘束から抜け出した。
「不死川さんに三度刺されてましたが、目の前に血塗れの腕を突き出されても我慢して、噛まなかったです。そちらのさんも」
「ではこれで、禰豆子たちが人を襲わないことの証明ができたね」
こちらに極力話を振らないでほしいなと思った。私寝てる間に刺されてたの?
無情にもほどがあるだろ柱共。多分ついでにまとめただけだろうけど。
視線が一斉にこちらに向かい、何も言う事もできず、答えに困ってただ苦笑いをする。
「もう一人の人格、とやらが鬼なのですよね。あなたは主人格?」
ヒュッと息を呑んだ。
拷問をされている気分だった。「はい…」と蚊の泣くような声で頷くと、「は日中はほとんど日中ののままです」と炭治郎が補足した。
なんだよ日中のって。夜のと昼間ので呼び分けてたのか?ふざけないでほしいわ。
「それでは血に反応しないのは道理なのでは…」
「あ、いえ、不完全な鬼という証明になりますね」
「じゃあ別人格とやら早く呼び出せよ」
「夜を待たないといけないんじゃないか」
憶測やらなんやらが飛び交い、収集がつかなくなる前に、私は口を挟んだ。
「わ、わたしに…」
ぽつりと言うと、一度散っていた視線が再びザッと集まった。柱達と、炭治郎と、炭治郎を抑えてる隠の青年たち。そしてお館様。
視線だけで私は殺されてしまいそうだったけれど、特に死にそうな顔は見せず、真面目な顔で話すようにした。
「何を期待されているのでしょうか…」
お館様の方を見ながら言う。
これはマズい。自己保身のため乗り出さなければと、このアウェー感を肌に受けて思ったのだ。
自分を救うのは自分であり、保身は交渉で得るべし。
たまに他人に救ってもらえたら僥倖くらいに思ってないと、餓えとか暗殺とかで死んでしまう。
「私は非力です。別人格の私が強かろうが、日中の私は弱い。それは心も身体もです。自分は鬼殺隊で働く器ではないと痛感していました」
「そうかな。が弱いとは思わないよ」
「自分が人を襲わない鬼だという証明はできません」
場が一気にざわついた。
「鬼舞辻とやらに会った記憶も残ってない。別人格の自分に会った事もない、実感もない。身内を鬼を殺された訳でもないのです。実の所、私には力もなければ、人を助けたいという正義感もありません」
明け透けに内情を暴露すると、場の空気が困惑と怒りに染まっていくのが分かる。
炭治郎のように、鬼に対して因縁のある人ばかりなのだろう。
投げやりな発言はおそらく逆鱗に触れると分かって、包み隠さず吐露する。
「自分で自分に責任を持てないので、ここで首を斬って頂いても結構です」
シンと沈黙した。炭治郎は声も出ない様子だった。
「人を助けたいという願いもない、綱渡りをして自分を生かしたいとも思わない。ただ、人を食べたくはない」
「だから死んでもいいと?随分な事を言うね」
「意志の弱い私には、切腹のような真似はできません。勇気がないので。眠るように知らぬ間に殺して頂ければ」
口開こうとした炭治郎に視線を向けると、私の意図を汲んだらしく辛そうに押し黙った。お館様と呼ばれた彼はそれでも微笑んだままで、頷きも否定もしない。
「…それはあまり乗り気ではないようです。そういう意志も力も弱い私に、他に何か求められる事はありますでしょうか?」
「のその弱点を凌駕するほど、もっと特別なモノが秘められているとしたら?」
「え…」
「は別人格の自分を知らないというけれど、こちらには知れている。その強みも弱味も、等しく垣間見えているよ」
まじか…と唖然とし、身体が震えた。これ以上私に何を科す気だ。第二のワタシ(鬼)以上に特別なモノなんて秘められてたまるかよ。こんなの遣り切れない。 禰豆子が人を食べたら炭治郎や鱗滝、富岡が首を斬るといったように、私は誰に保障されている訳でもない。
もしも人を襲ってしまった時、責任を負うのは誰だろう。
この言葉に調子をよくして、頷いた私自身だろうか。
「は人を襲わないよ、そうだね」
彼は炭治郎の方を向いて同意を求めた。拘束から逃れ、縁側の方に駆け寄っていた炭治郎は間近で言われ、神妙な面持ちで頷く。
「はい、は人を襲いません。……………というか、食べられ…ないから……」
その長い沈黙と気まずそうな顔はなんだ炭治郎。目を逸らすな。なんでなんだ。誠実であれ。
「私は自分を信じないけど、その言葉を信じるという事でいいでしょうか」
何か私に分が悪い、知りたくもない裏事情があると察した私は、いささか投げやりに言うと、「うん」とあっさりと頷かれた。
言質は取った。つまりこれはもう他人任せにしますよと言う事だ。
詮口約束だけれど、見届けた人は多い。これでもし手のひら返される世の中じゃ世知辛すぎて、私には生きていけないだろう。受け入れるしかない。
前世がある、ならどうせ来世もあるだろう、と保険をかけている私は、死をあまり重たく受け止めていなかった。
私の別人格とやらを直に見れていない柱たちは当然半信半疑で、肯定的ではなかった。
けれど、禰豆子が人を襲わないという証明をするという炭治郎を認める流れは、柱の心情は関係なく、決定された。
それに乗っかり私の事も有耶無耶になったのである。
察するに、第二の私が覚醒した姿を直に見たのであろう、富岡と蝶飾りの女の子は、なんとも形容しがたい表情で私を見ていた。