第八話
1. 生贄雨が絶えた日、山が死んだ日
「祟りだ」
「雨が降らん」
「わずかな作物も枯れ果てる」
「今にこれ以上の禍だって降り注ぐだろう」
「もうお終いだ」
「生き物の気配もない」
「川は生きているか?川さえ死んだと?」
「だから山頼りの生活なんて無理だとあれほど話したのに」
「山を越えても集落の一つもない、痩せた土地で何ができた」
「早々にこの土地に見切りをつけるべきだった」
「見切りをつられたのはこちらの方だ」
「許せない」
「わたしたちを神は見捨てた」
「神はわたしたちを殺そうとする」
「絶対に許せない」
「でも許されたい!」

「…ならば」


村人たちの眼がぎょろりとこちらを見た。
何対もの目の下には夜通しの話し合いのせいでかクマが出来ていて、顔は食糧を節約するためあまり食べていないせいで白かったが、
その不健康の度合いだったらこちらの方が勝ってるはずだ。
農作に一切頼っていない私たちは今すぐ雨に困らされることはなかったけど、いつかは山への被害も出たはずだ。

その山も祟りという言葉を信じそうになるくらい、一瞬にして枯れてしまったけど。
山頼りに生きていたのはこっちの方だった。
がしり、と腕を掴まれて、抵抗することさえ叶わず引きずられる。
だってお腹すいて力がでないし、暴れたって大人が集団でかかってきたら叶わない。
足も速くないし。最早ここまでか。
…そんな風に茶化せない。


「丁、こっちへ」
「そっちのお前もだ」


ちょう?と聞きなれない言葉を不思議に思う暇もなく、
捕まえられた私達は今まで着ていた着物を脱がされ、真っ白な装束へ着替えさせられた。
髪は水をざばりとかけられ四肢を清められ、見た目は小奇麗になったとは思う。
しかしクマも不健康な青白さもひどく目だって、見かねた一人がどこかの婦人に声をかける。すると屋内から何かを持ち出してきて、それを私達に塗りたくった。
それが何なのかはお互いの顔をみればわかる。血色の悪さは白粉でごまかされ、紫になった唇は紅で塗り替えられたようだった。

二人揃ってしめ縄で区切られた四角い板の上に転がされる。
暴力を振るわれなかっただけ優しかったが、それは今までに比べての話であり、
とても捧げられる神聖な供物を扱う手さばきだとは思えなかった。

遠巻きにヒソヒソと話しっている大人たちを横目に、問いかける。


「ちょうって何?」
「今聞くことがそれですか」
「だって、どうしようもないし」
「まあそうですけど」


彼も抵抗することはなく、ゆったりと座ったままでいた。
私もこれに思う所はあれど、抗う気はわいてこなかった。諦め、無気力というよりも、
祟りだなんだと信じられているこの時代、都合のいいみなしごである私達がいなかったとしても、村の中の誰かが犠牲になったことだろう。
身内でも捧げるくらいには、彼らにとってはこういった儀式は必需。
本当にこれで雨が降るのかどうかは、現代に生きた私にとってはにわかには信じがたいことだった。
雨が降る仕組みを知っていて、なおかつ信仰深くもなかった私はこれが慰めにしかならないのだと理解していた。


「私の名前ですよ」
「えっきみ名前があったの?」
「一応」

あっけらかんとなんでもないような顔をしているけど、衝撃だ。春を越え夏を越え秋と冬も乗り越えまた春がきた。
そんな頃になっても一度も教えてもらっていなかった。不思議な響きだ。

「もしかして、村の人と親交が深かったの?」
「そんな訳がありますか。石を投げる人と友達にはなりたくありません」
「…そうだね…」
「だから野良生活する方を選んだのでしょう。家は集落の中にないけど、私は一応あの村と関わってる。名前も知っている。幼い私はこの周辺からは離れられない。あの方たちもそれを分かってます」


ふう、と憂いを帯びたような息を吐いた彼は本当に大人びていた。
悟っているというか、泣き喚いてもいい状況だというのに割り切ってしまっている。
村人たちの視線が時折こちらへ向かう。
憐れんだようなものもあれば、歓喜と安堵が織り交ざっているものもあった。
自分の身内から犠牲を出さずに済んだことが喜ばしいんたろうなとわかる。
さすがにここまで悲惨な状況に追い込まれれば憐れむ気持ちもわいてくるらしい、仲間と共に暮らしている彼らに、他人の気持ちを理解する能力が存在しない訳がない。
意思の疎通と気持ちの共有をしなければ結団はできない。


「どうしようもないことがこれなんだろうね」


仕方ないと言っていいことと悪いことがある、試す価値があるなら試す。
そう言った彼の言葉を覚えてる。それでも私も彼も試す前から結果は一目瞭然だなと悟ってしまっていた。

「…腹は立ちますよ。理解することと受け行けることは別ですから」
「そうだね」


たまたま不幸な子として選ばれたのが私達だった。
恵まれた子と恵まれない子と、対比する存在が必要だからと、役割を押し付けられただけ、貧乏くじを引いただけ。

だけ、と割り切るのがどれだけ辛いかわからない。
いいのがいてよかった、もともと村の者ではないみなしごだし、とぼそぼそ聞こえてくる囁きを聞えないふりして目を瞑る。


「…恨むなよ、丁、お前も」
「よいのです。今の時代はこれが人の心を休める方法。恨みなぞありません」


ちいさな両の手を合わせながら、悟ったように言う幼い子が哀れで、しかしとても立派で尊いものに思えて…

…と思うよりも前に、あの男の子がここまで割り切ったようなことを言うなんて、とびっくりしていた。
執念深いというか負けず嫌いというか叩いても折れないというかメンタルが鋼というか動じないというかどんな状況であれ正しいことは正しいと主張する図太さがあるというか、とにかく村人相手にそういう柔らかい言葉をかけることが以外だった。

が、しかし。


「…もしあの世というものがあるなら村の奴らの死後なんらかの方法でせいさいをくわえる…」


と、ぽそっと恐ろしい般若のような形相でぼやいたのを間近で聞いて、ああ根っこはブレない変わらないなと納得したのだった。


「さよならみなさん、ごきげんよう」
「ご、こきげんようー…」


彼と同じように別れを告げる。
彼は振り返らなかったけど、私は手をひらひらと振りながら振り返ったとき、村人たちがぎょっとした顔をしていたのを目撃した。
…あの世がない方が彼らにとってためになるんだろうなと同情した。
死んだあとのことなんてわからない…いや少しはわかる、転生とかもある、二度目もある、でも俗にいう天国や地獄なんかがあるなら、彼らは酷い目に合うのかもと思うと、ある意味被害者の私でも哀れに思った。
容赦はないだろうとあの低い声と険しすぎる顔を見ればわかる。


「さて、死にましょうか」


さっきの険しさもするりと消え去り、あっさりと言う彼を見ていると、
本当に今から私達は惨たらしく死のうとしているのか、彼は死という概念を理解しているのかどうか疑問になり、私は現実を上手く飲み込めなかった。


2018.10.21