第六十五話
4.分岐点終着

楽しかったなぁという歓喜と、疲れちゃったなぁという悲観は同時にわいて出た。
そういう矛盾した気持ちを胸に抱きながら、ぐったりと肩を落としながら帰路についた。
隣を歩く鬼灯くんの背筋は伸びていて、表情も足取りもいつも通り。疲労は伺えない。
久し振りの現世は楽しかった。新鮮だった。賑やかだった。
そんな風に心の中は弾んでいるのに私は項垂れていて、今の私はとてもじゃないけど昂揚しているようには見えないだろう。
肉体的精神的に疲労したというだけで、不調を抱えている訳ではない。
寝れば肉体の方は回復するだろうけど、心のダメージの回復には時間がかかりそうだなぁと思った。

道中、あんまりな姿を目に入れて、すれ違った同僚の女鬼が心配して声をかけてくれた。
普段から全体的に慢性的にお疲れ気味なひとが多いので、何があったかはだいたい察してわざわざ声をかけ合う事はあまりない。
察するを通り越して深刻そうな顔で心配されるなんて。よほどやつれていた状態だったんだろうと鏡を見なくとも彼女の反応でわかった。

同僚の彼女と一言二言交わして別れた後、それでもまだぐだぐだしている様子を見かねてか、鬼灯くんが私の着物の裾を引いて歩いた。
床ばかり見て進んでいたから暫く気が付かなかったけど、ふと顔を上げると、目的地より別の方向へと誘導しようとしていたのだとわかった。当然私は自室に帰って休もうという魂胆だったんだけど。少し前を歩く鬼灯くんの背中に問いかける。

「どこに行くの」
「私の部屋です」
「なんで」
「理由なんてなくてもいいでしょう、付き合ってるなら」
「……それはどうなんだろうねえ」

付き合う付き合わないの問答をして、結局そういう風におさまっても、何かが芽生える気配は一切ない。お互いうっかり忘れたくらいの乱雑な後付けだったのだから当然だろうと思う。
男のひとの部屋に…とかなんとかいう恥じらいの意識なんて今更ないし、ただ一つ気にするとしたら世間様の目というやつだけだろう。
後ろめたさなど鬼灯くんからは微塵も感じないし、堂々とした足取りだった。人目なんて気にするのも今更なんじゃないかと思えてくる。
やっつけのような事を言いつつも、話がしたいという建前が一応存在するようだった。
話がしたいらしいし、私も寮に帰るよりも鬼灯くんの部屋に行く方が近いので、いっそ休憩代わりに立ち寄らせてもらおうかと素直に引き連れられて行った。
頻繁に来る場所ではなかったけど、扉を開いて飛び込んでくるごちゃっと散らかった部屋はもう見慣れた。慣れた気持ちと新鮮さが不思議と同時に湧きあがる。
棚に並べられた誰かからの貰い物らしき小物たちを眺め、隅の方でひしめている食玩を指先でつつき手遊びしつつ、ぽそりと呟いた。

「…この間、ごめんね」

昨晩散らかしたまま外出してしまったらしく、眉を顰めて片付けに勤しみ始めた鬼灯の背中に投げかける。
一体なんのことを謝られたのかとこちらを振り返った彼は一瞬怪訝そうな顔をしていた。けれど、この間という言葉を聞けばなんのことを指して言ってるのかすぐに思い当たる節を見つけたようだった。
しかし何故なのかは理解できないようで、ベッドの上に積みっぱなしになっていた本や投げ出された時計を除きながら怪訝そうにしている。

「なんで謝るんですか」
「だって八つ当たりしたし、怒鳴ったし」
「怒鳴ったうちにも入りませんよ。本当にやる気あったんですかアレ」
「…やる気って…。…でも結構声大きかったよ」
「あなたにしてはそうでしたけど。…なんかもう何もかも足りてない」
「もう足りてなくていいよ…」

机仕事しかしていない私には、今もやっぱり無用の長物なのだ。
ない物ねだりを続けるのももう限界。そういう性質なんだと見切りをつけるべき頃だ。
いじけるように、今度は筆立てからペンを無意味に抜き差しし始めた私に向けて、鬼灯くんが不思議そうに問うた。

「言われたくないことだったんでしょう。……あなたは、アレで傷ついたんですよね」

ならなんで謝るんだと訪ねてるんだろう。
ドサドサと本を積み重ねる音が部屋に木霊している。作業の片手間に平然と聞いてくる物だから、拍子抜けして気まずさはなくなった。
さっき言った通り、自分が傷つけられたがどうのという以前に、必要以上の八つ当たりがあったと思ったから謝ってる。どこか神経を逆なでされた心地だった。
逆上したってやつなのかもしれない。
その時のことを思い出すと今も揺らいで震える。頭は冷静なのに、心が悲鳴を上げ出すし、涙腺は自然と緩む。

「……言われたく、なかったよ」

肯定するように頷くと、その弾みで涙が頬を伝い落ちた。その後を追うように絶えず雫が落ち続けていくものだから、それを見た鬼灯くんは片付けの手を止め、一度呆れたように息を吐いた。

「そんなにですか」
「…そんなに。だから、あんまり言わないで」

随分強引な言い草だとは我ながら思うけど、相手の真意がどうであれ、この話題になるだけで過剰反応してしまうのだから話にもならないのだ。
涙腺って案外自分では制御できないものだと最近痛感した。
できれば避けて通りたい。頷いてほしい。せめて深呼吸してから話させてほしい。けれど鬼灯くんがそこで素直に引き下がってくれるはずもない。

「なんでそんなに言われたくないのか、理由は」
「…やめてって、言ってるのに」
「別に、責めてるつもりも傷つけてるつもりもありません。説明してほしいと言ってるんですよ」
「説明も何も、ちゃんと話にならない」

今だって涙がぼろぼろ零れて、嗚咽が止まらなくて息が苦しい。長い事泣き叫び続けた訳でもないのに、今既にこの有様だ。
こんな状態できっちりと一から十まで説明しようとしても、きっと途中で会話が成立しなくなるだろうし、そもそもなんて言ったら上手く伝わるのか、平常心だったとしても私には分からない。
今まで言いたくないと言い訳して、色んなことを誤魔化してきた罪悪感もある。
その後ろめたさとか気まずさとか、この問題に絡み合ってる全てが後押しして涙を零させた。
もう言ってしまった方がいいだろうと思っていても、とてもじゃないけど出来そうにない。困ってしまう。

「……言われたくなかった、けど、でも、」
「でも」
「…でも、そんなつもりじゃ、」
「なぜ、なにが」
「わたしは、」

その先を絞り出そうとすると、声がひっくり返って噎せ返りそうになる。支離滅裂で前後が繋がらない。
説明にもなっていない説明だ。続ける意義もないだろうと分かっているのに、鬼灯くんは先を促し続ける。この問答を終わらせられない。

「……なんで、言うの」

こみあげた来た物を堪えられず、思わず顔を覆って俯いた。
底の方からせり上がってくる衝動はその後も殺すことは出来ず、覆った手の下で顔をぐしゃりと歪める。
決して威張ることではないのに、ほら見てごらんと言う気持ちでいっぱいになった。
きちんとした説明をするどころか会話にもなっていない。
なぜというシンプルな問いにも答えられない、予想していた展開そのままだ。
私がくだらない事で泣くのは昔からよくあることで、鬼灯くんはいつも真面目に取り合わず適当にあしらっていた。熱心に慰めてもらったことは一度もない。
けれど今回ばかりは呆れ顔をしつつも、この涙と向き合おうとしてくれてるようだ。
その場にしゃがみこんだ私の傍に近寄ってきた。
慰めようと思っている訳じゃないだろうけど、私が泣き出す原因を探して対処しようとはしてくれているらしい。

「………わざと、ですよ」

しばらく思案した後、間を開けてぽつりと低く呟く。
短く簡潔な言葉すぎて、逆に頭にすぐに入ってこなかった。
その六文字の意味を私の頭は必死に考えていた。感情的になっていた胸中も、酸欠になったようにふらふらしていた頭も、ピタリと揺らぎが止まって冷静に分析しようとしていた。
わざと。わざとって、何が、何を、どうして?
涙でぐちゃぐちゃになった顔をそろりと上げて鬼灯くんを見上げると、いつも通りの平静な表情で淡々と説明してくれた。

「この間からわざと言っていました。…ああ、途中からはですけど」

零れ続けていた涙がぴたりと止まったのがわかった。私は掠れた声で問いかける。

「……なにが」
「あの時言った言葉がです。心にもないことを言ったということですよ」

罪悪を感じている様子はなく、まるで嫌味でも言うかのようなぶっきらぼうな口調だった。
私はしゃがんだまま立ち上がる気力もなく、どこか心ここにあらずな茫然とした状態で追求する。

「途中からって、どこ」
「勝手がどうのとか。後半はだいたい」
「……なんで、そんなこと…」
「いや、だって珍しかったから」
「だ、だってって」

暴走していた感情も静まり、今度は困惑に頭も心も支配された私は問いかけを重ねた。
悪びれもせず、後悔など微塵も抱えていない様子で鬼灯くんは語り続ける。

「何を言ったって心底は怒らないし、大抵呆れるだけで済ませるのに」
「わ、わたしだって泣いたりしてるよ」
「ちょくちょくしてますけど、あの時とは種も程度も違うでしょう」

それが珍しくて、わざとこちらを乱すような言葉を選んだんだと白状した。
面白がってはいないとあの時否定していたけど、同じようなものじゃないかと思う。
私は心底呆れて、自分のアレコレは棚上げして怒りたくなったけど、鬼灯くんも鬼灯くんでどんどん憤って行った。

「もっと早くそうしてくれていたら良かったんです。ほしいとか、関係がどうとか、こんな面倒くならなくて済んだというのに。どうすべきか?そんなの考えなくてもよかった」
「え、ええ…」

饒舌に畳みかけられて引け腰になった。そんなことを言われても…と畏縮するしか出来ない。なんでこんな風に怒られてるんだろう。
…なんで私が怒ったり泣いたりする必要があったんだろう?男神の場合は、恐らく信仰に変形させるために強い想いが必要だったから。
鬼灯くんも確かな関係性を保つために、私に喜怒哀楽を示してほしかったみたいだけど、
今言っているのはそれと同じ話だろうか。

「……この際ですから、改めて言いますけど」
「え、あ、うん」

少し言葉を探しながら、神妙な面持ちで改めてこちらに向き合った。
私は思わずその場で正座をして、背筋を伸ばして聞く体勢に入る。
その姿を見て少し呆れたように目を細めつつ、鬼灯くんは仕方なさそうにこちらに合わせるようにその場に屈んだ。
改めて大事な話をされるのは二度目だなと思い出した。閻魔大王の補佐官に抜擢された頃。だいたいは何かの片手間に話すので済んでいたのだ。
けれどあの時、食事する手を止めて、居住まいを正して、わざわざ改まって地獄で一緒にと誘ってくれた。
アレは人生を左右する大きな話し合いだったと思う。
あのレベルの話を投げかけられるのかと思うと緊張で身体が固くなってきた。拳を握って待つと、開いた唇から予想外にシンプルな言葉が紡がれた。

「傍で、いきていてほしい」
「…え?」
「あの時私達は死にました。もう生きてはない。…けど、消えないで居てほしい」

言いながら、じっとこちらを値踏みするように見ている。
角度を変えてみれば、これは恋人らしい、甘い囁きにも見れた。プロポーズのようにも捉えられる。
けれど私には、未来への希望に溢れた輝いたものよりも、もっと違う響きに聞えた。
静かに胸の奥にまで届いてくる言葉は、愛の告白でもなんでもなく、私には赦しのように感じられたのだ。

「…やっぱりそれなんですか。……だったら好きなだけ言ってあげますよ」

再び止まりかけていた涙をあふれさせると、鬼灯くんは納得したように頷いていた。

「消えないで、傍で生きてください」

…わざとってこういうことかと深く理解した。私がこれをどう受け取るのかも、どう感じ取るかも分かっていて言い放ったのだ。
適当な言葉を重ねて追い打ちをかけて、何を言われたくなくて何を言ってほしいか、反応を見て見定めていたんだろう。さすが出来る鬼神。とても的確に選べている。

「……それで、いいの?」

一度目、二度目、今は三度目。これだけ繰り返しても生きることに満足できず欲張り続けている現状。私はそれに罪悪感を覚えていた。
──でも、私は今、初めて全てをゆるされた。
死を望まれず、初めて言葉にして存在を望まれて、全部全部、許され報われた気がした。
今まで積み重ねてきた何もかもは僥倖なんかはなくて、罰当たりな事でもない。
葛藤しようが、罪悪を感じようが、なんだってどうだってよかったのだ。
適当にあしらって言ってるのではない事は、伊達に付き合ってきていないからわかる。
共に過ごしてきた果てしない時間が、その赦しに嘘偽りはなく、紙のように薄い物ではないという証明になった。
傍にいてほしいなんて変なことを言う。私が望む事を探してまで繋ぎ止めようとする。
それが鬼灯くんが言うように子供のように自分勝手な我儘なんだとしても、私は嬉しかった。救われた。

「それでいいですよ。…悪いはずがないんですけど」

生きるとか死ぬとか、あの世に居ながらして何を奇妙なことを言ってるのかと、この間も今も鬼灯くんが呆れて続けているのはわかってる。
あの世は一番死に怯えなくていい場所である。それは勿論、死後の世界がまさにここだからだ。
私はその理屈だけでは今まで納得できなかったけど、今やっと私なりに区切りをつけることが出来た気がした。
この子が許してくれるならそれでいいんだろう。たったそれだけの単純な区切りだった。
鬼灯くんへの信頼だけで私は納得している。

「…私、まだ、生きていたい」
「そうですか」
「死にたくない」
「残念ですけど、もうとっくに死んでいますよ」
「それでも」
「分かってますよ。消えてしまいたくないんでしょう」

会話にならない会話を続けても、鬼灯くんは律儀に拾って答えてくれた。

「……なんでだったのかって、ずっと考えて…まだしにたくなくて…」

諌めようとしても、口をついて出るのは結局これなのかと自分で自分に呆れた。
嬉しくて泣いていても、口癖のように後悔が奥から零れてくる。
生き汚さを露呈させながら泣きじゃくる私の顔を、ガッと掴んで上を向かせた。
急に勢いよく角度を変えられたものだから痛みが走り呻き声を上げる。泣いてる暇もすぐなくなった。

「だれが死ねなんて…消えろなんていいました」
「…だって」
「だっても何もない。なんでそんなとこだけいつまでも物分りが悪いんですか」

返す言葉も出て来ない。まさに口をついて出て来る状態なのだ。

「あなたは罪人ではないし亡者でもない、私は勿論、誰もあなたを裁く権利もない」
「…それは…」
「あなたが消えたくないと言うなら、在り続けたいというなら、それでお終い。こんな簡単な話はありませんでした」

はあと溜息をついた。…どうだろう、簡単な話なんだろうか。

「あなたはあの夜泣いていたけど、それでも喚かず、いつだってどんな理不尽も物分りよく受け止めて」
「…そんな…悲しかったし、受け止められなかったよ」
「どうだか。どうにもならなくたって、納得いかないなら暴れ回ればよかった。そういう癇癪おこしたことないでしょう」
「……ないかも」

泣くことも笑うこともあったけど、怒ったり癇癪起こしたりというのはほぼない。
…この間のことを除けばだけど。
私は村で生贄になって死んだ時、理不尽だと思ったし、短い人生だったと悔しく思ったし、何より鬼灯くんが可哀そうで辛かったけど。
最初から定められてた終わりではなかった。人間時代の私の身体は万全で、環境が悪くて弱ったり、村人の手によって殺されても、自分の意志で最大限足掻くことができたから、それでも満足することが出来ていた。
どんな苦難にも不平不満をこぼさないで、確かに私は聞き分けのいい子供だっただろう。
けれどそれは一番目の人生があったからこそ出来た極端な満足だ。
過程も結果もどうでもよくて、ただ始まりだけを悔やんでいた。所謂無いものねだりをしている状態だったのだ。

二度目、三度目の人生は、肝心の始まりというヤツが私が納得いく"平等"なものだった。
それが満たされているならもうなんでもいいと思ってたけど、今度出すべき結果というやつは私の些事次第で、その難しい加減に今まで苦しんでいたけど…。
最初からそんな事をする必要はなかったのだ。それは本当なのかどうか真偽はわからない。
けれど私は鬼灯くんの言葉を信頼した。
私の根底にあった強迫観念は、鬼灯くんの言葉でゆっくりと解けた。

「だからこそ私との間には何も芽生えないし、何も変えられないと思ってた」
「…、」
「でもあなたは、そんな風にどうにもならないことに憤って、泣けるひとだった」
「……子供でごめんなさい」

なんだか居心地が悪くなってきた。掴んでいた手をもう用済みと言わんばかりにパッと離しながら、鬼灯くんは何を気にした様子もなく謝罪を跳ねのける。

「都合がいいからいいです」
「そんなあっさり…」

すごく淡白。そして暴君。私が翻弄されて項垂れていても知らぬ顔で、淡々と先を紡ぎ続けた。

「私の傍に居続けてください。それでお終い」
「…おしまい?」
「あなたはそうやって要求されて本望で、あなたがほしいという私の欲求も満たされる。…こんなあっさり終わる話だったんですよ。
そんなに物分りよく隠してこなければ。本当に、生きるとか死ぬとか考えるだけ不毛なのに」

胸焼けを起こしたように、うざったそうにしながら苦々しく言う。

「人間の寿命がある状態とは違うんです。鬼になった今、あなたの生というヤツに期限なんてありません。好きなだけ居続ければいい」
「…そんな、」
「それ許可取る必要なんてあるんですか?なに律儀に指示待ちしてるんだ」
「いや、でもっ」

なんだか強引に推し進められていやいやそんな簡単にと遮ろうとすると、離されたはずの手がもう一度こちらに伸びてきた。

「いいから頷け!」
「いたい痛い!う、頷けない…!あーもーわかった分かりました!はい!」

ぐっと勢いよく顔を持ち上げられて首が悲鳴を上げる。これ以上角度をつけられたら痛めてしまう。
首肯することは出来なかったので言葉で一生懸命頷くと、再びパッと手を離された。
ようやく呼吸が楽になり、必死になって酸素を取り込みながら考えた。
…これは脅しじゃないの?頷かされてない?円満じゃなくない?ていうかコレいったいどういうこと?つまり何…?混乱してよく分からなくなってきた。もう何に対して頷いたのかさえも不明瞭だ。

「…なにこれ…なんなのこれ…?」
「さあ。でも丸く収まってよかったですね」
「えっおさまったの?」
「ええ誰がどうみても」

いい加減この類の問答が面倒臭くなってるんだろうなと、その表情と声色とやっつけ加減からよくわかる。
私の中では腑に落ちずとも、鬼灯くんの中ではもう納得がいってる事なのだ。

「永遠を望んでる訳じゃないんでしょう」
「それは…うん…」
「消えないように、死なないように、できるだけ先延ばしするように、不摂生しないように適度に好きに日々を謳歌して。それは今まであなたがやってきたことですよ。何もおかしいことはない」
「……」

期限がある訳ではなく、急かされてるという訳でもない。私はひとり焦りながら、馬鹿真面目にいつかの日を待っていただけ。
何十年何百年どころじゃない時間伸し掛かっていた重たいものが取れて、憑き物が取れたかのように身体が軽くなる。
昂揚感とも幸福感とも違う、不思議な安堵感で包まれていた。
こんなに投げやりに言われるだけで満たされるような、単純な事だったなんて思わなかった。
…あ、そうじゃない、単純じゃないか。
信頼する鬼灯くんに言われたからこそ、私は納得できたんだ。他の誰に言われたとしても私はゆるされたようには感じられなかった。
死なないように、消えないように、できるだけ先延ばしするように私はこの先を謳歌して行くのだ。
鬼灯くんの傍でこれからもそうして行けば、お互い都合がよくて大円満。
…その大ざっぱさはどうなのかぁと思うけど、もう今更だ。この際どうだって、何だって。これでいいのだろう。

「…」

もう一度だけ頷いた。鬼灯くんもそれで満足したようで恰好を崩していた。
私も肩の力を抜いて、正座していた足を崩した。

「…でも、傍に置いてどうしたいの?」

寂しくもないしそういう意味で好きでもないし、ただの子供の我儘なんでしょうと問いかけると、少し考えた後。

「さあ」
「さあ!?」
「わかりませんよそんなの」

あっさりと首を横に振った。私は愕然としながら問い掛ける。

「……用が済んだらポイとかないよね…?」
「私をなんだと思ってんですか。ポイするならとっくにしてる」
「…そうだね、本当に…」

飽きてポイするくらいの気軽な気持ちだったら、ここまで徹底的にしてないだろう。いくら頑固に拘る性質だからと言って、粘りすぎてる。
鬼灯くんは話に一区切りをつけると立ち上がって、先ほど隅に積んだ本や小物を定位置に戻すために動き始めた。
その背中を、未だにどこか現実感のわいていない私は無意味に眺める。
手近な所にあった棚の上に時計を戻しながら話を続けた。

「まぁ、いつか分かるでしょう」
「…そうかなぁ…」
「なんでそう諦め腰なんですか」
「……過去を振りかえってみたらなあ…」
「ここまで出来たんだから出来ますよ」
「それ根性論みたいなものだよねえ…」

こう丸く収まるために結構な紆余曲折を経ているので、再び同じように一悶着起こさなければ判明しないのではないかと思う。
確かに一度出来た事だから二度出来るという理屈も分かるけど。
でもそれじゃあやっぱりまたすっごく頑張らなきゃ無理ってことだ。大ざっぱな鬼灯くんの態度に呆れた。


2019.1.23