第六十話
4.分岐点─加速
衆合獄卒寮一号棟。
夜も更けた頃、寮の一室で女子会を開いていた。
お香ちゃんを筆頭に、牛頭さん馬頭さんといった顔見知りもいれば、初対面のひともいた。
樒さんという五官庁の補佐官さんと、芥子さん。
穏やかでふくよかなお母さん、ふかふかのウサギさんの風貌という組み合わせ。
その人となりも良いというのに、見た目だけでも癒し度満点だった。
毛並ふかふかの芥子さん、お料理上手だという樒さん。
辛いときに癒しを求めて縋りたくなるにと思った。
共通の知り合いが複数いる上に、相手は私のことを以前から知っていてくれたということで、初対面だというのに会話は弾んだ。
みんな揃って緩い格好をしていて、いつもは凛と背筋を正しているひとたちも畳の上でくつろいでいた。
女子が集まれば絶えず会話が続いて脱線して軌道修正しての繰り返しで、弾むのがデフォルトなのかもしれない。
色んな話題を転々としたあと、私と鬼灯くんの話になった。
始まりは「鬼灯様とは最近どうなの?」という牛頭さん馬頭さんの冷やかしだった。
彼女らは私達二人の間に何もないことを本当はわかっているんだけど、親しいからこそこうして時々からかってくる。
困る話題なはずなのに、嫌な気がしなくなるんだよなあ。人徳(牛徳?)なのかもしれない。
芥子さんとしきみさんはその辺りの真偽がわからず、純粋に興味を示していた。
噂話は届いていたみたいで、気になっていたと教えてくれた。期待にそえなくて申し訳ないけど、苦笑しながらいつも通り変わり映えしない一言を放つ。
「…何もないよ」
「え〜進展あってもいいのに〜」
「自分で進展させるのよォ。女は逞しくならなきゃ〜」
「女たらしにたらたらされるのもイヤですしね」
「そうねえ。相手が奥手だったら自分が押してみるのも手なのかしら」
「みんな若いのねえ。なんだかかわいいわ」
「………。ハイ」
一人が喋ると次が続いて、私は絶えず集中攻撃を受けていた。
否定も肯定もできず、とりあえずロボットのように頷く他選択肢がない。
女の人の勢いにはいつも圧倒される。私も女なはずなのに昔からこういう勢いが持てないのはなんでなんだろう。
このパワフルさが開花する瞬間が訪れるのかどうか。私の未来が気になる。
なれたらなれたでとても楽しそうだ。
「最近どんな会話したの?私はあまり見たことないのよね。二人が話しているところ」
「私もです。鬼灯様って女の子とどんな会話するんですかね?お香さんみたいなお姉さん相手なら想像できるんですけど…」
しきみさんと芥子さんがそろって言った。
お香ちゃんが魅惑のお姉さんなのはみんなが認める所だけど、"女の子"とはいったい…。
しきみさんも頷いているけど、初めて言われたことなのでどう受け取っていいのか分からない。
牛頭さんと馬頭さんは地獄の門番として勤めて長く、鬼灯くんとも私とも顔を合わせる機会が多くあった。
お香ちゃんは幼馴染なのでもちろんどんな感じかなんて誰よりも知っている。
うーん頬に手を当てながら考えて、とりあえず昨日の鬼灯くんとのやり取りをぼかし、かいつまんで話した。
これが見知らぬ獄卒であれば、変に脚色曲解されてまた噂にされてしまうかもと危惧したけど、相手は牛頭さん馬頭さんお香ちゃん、そしてその三人と親しいしきみさん芥子さんだった。立場も立場だし、口が禍の元だと分かってるだろうしなあと特に隠すことなく喋った。すると。
「………それはないわよ…」
「……ないと言われても…」
「もう好きとか愛してるとか言っちゃえばいいのに〜」
「うーん、それじゃ嘘になっちゃうけど」
「もうここまで来たらきっとそれでもいいわよ!もどかしいわぁ」
「そんな…偽りの恋とか、私たち泥沼劇やってるんじゃないんだから…」
「いえ…泥沼っていうか、ある意味二人ともピュアピュアじゃないですか…罰当たりませんよ…」
「そうねえ、二人が寄り添ってたらあながち嘘でもなくなるかもしれないわよ?」
「…袋叩きだ…」
鬼灯くんとの間にあった会話を暴露した…といっても端折りながらぼやいたというのに、ぼんやりとしたそれだけで猛烈に食いつかれる。
さっきの比じゃないくらい圧倒されて萎縮してしまった。
皆、はー…と揃って溜息をついて、各々の感想を遠慮なく並べる。
「鬼灯様そんなところあったのねえ…ちょっと意外だわ」
「元上司みたいにグイグイ行く人じゃないことは分かってましたけど、こんな風なんて…」
「あ〜んモヤモヤするわぁ」
「モヤモヤじゃなくて悶々じゃないかしら」
「昔からよく分からない子たちだったけど…アタシもここまでとは思わなかったわ…」
三者三様な反応を示しつつも意見は一致しているようで、この流れの中でいくら否定しようと何を言おうと無駄なのだと悟り、みんなで持ち寄ったお菓子を食べ黙々とジュースを飲んだ。夜は長い。夜更かしするための準備は万端だった。
芥子ちゃんの元上司とは白澤さんのことで、あの女の子にグイグイ行くよくも悪くも軽い行動力は確かに鬼灯くんにはない。
当事者である私が黙っても勝手に会話はポンポン続いていき、いつの間にか「鬼灯様ってムッツリ?」とかいうなぜそこに着地したのかよく分からない流れに変わっていった。
「あら座敷童ちゃん」
すると、障子の間からこちらをじっと見つめていた座敷童ふたりの存在に気が付き、お香ちゃんが手招きをした。
「パジャマパーティーしてる!」
「仲間に入る?いらっしゃい」
お香ちゃんの手招きに応えて入ってくると、私の左右を陣取って二人はぴたりとくっついてきた。
私のこともそれなりに好きでいてくれるらしい二人はよくくっついて来てくれた。
まるで二人の父のようになっている鬼灯くんと、私が親しくしているからというのもあるだろうけど、私も未だに真面目に仕事に打ち込む普通に好印象認定をしてくれているようだ。
いつか剥奪される時が来るんじゃないかとひっそり危惧してる。
洞窟暮らし、内職、針仕事なんかの、几帳面さと忍耐が必要になる物ばかりを生業にしていたら仕事に無心になって没頭するのも苦じゃなくなった。
ぴくりとも動かなくなったウサギの芥子ちゃんに興味を示していた座敷童の一子と二子ちゃん。
「敵の多い草食獣が故に目を開けたまま寝ます」というお香ちゃんの説明の通り、芥子ちゃんはぱちりと目を開いたまま置物のような姿で居眠りをしていた。
「なにして遊ぶ?かるた?花札?将棋?ゲームも少しならあるわよ。ゲームボーイだけど…」
「これ今も動いてるのが凄い!」
「逆に凄い面白い!」
「わーほんとだ。すごい見せてみせて」
お香ちゃんが部屋のどこかから出してきたゲームボーイに二人共勢いよく食いつき寄っていった。私も子供のように食いついて隣で画面を覗く。なんて懐かしい。動いてることもそうだけど、地獄にもあったということも驚きだ。
「は現世のものがすきよねえ。服とか文化とか娯楽とか、色々詳しいもの」
「うーん、そうかもね」
お香ちゃんの言葉を曖昧に濁しつつも、内心では現世で生きていた過去があるから身に沁みついちゃってるんだよなあと苦笑していた。
地獄には亡者が転生するという生まれ変わりシステムがあるけど、過去に飛ぶことはない。
逆に遠い未来に転生することもないし、私が何故あんな大昔にまで遡って転生することになったのは未だにわからない。
地獄のシステムがきちんと稼働するようになるよりずっと前のことだったので、あの当時はポンとはぐれてしまう魂もあったのかもしれないと適当に納得している。
「あ、そうそう。座敷童ちゃんたちはどう思う?」
「ええ、子供にそんなことを…」
牛頭さんがさっきまでの話題を蒸し返したのだとすぐわかった。馬頭さんはかくかくしかじかと今までの流れを一子ちゃんと二子ちゃんに話している。
お香ちゃんはそうねえ、と頷きながらその様子を見ていた。
「だって二人ともよく見てるものね」
「身体がこうでも、彼女たちも妖怪なんですしね」
「子供の目の方が大人より鋭かったりするものねえ」
芥子さんもしきみさんもうんうんと頷いてしまっている。また流れに勝てない感じだ。
一子ちゃん二子ちゃんはお互い顔を見合わせた後、うんと頷いて交互に話しだした。
「…お仕事なので」
「…私達ずっと見てるけど」
家人を見るのが座敷童の本分なので、仕事ぶりはもちろん、閻魔庁で働くもの達の人柄、交友関係も彼女たちはよく見ている。
ということはもちろん私のことも鬼灯くんのことも見ているということ。
この子たちの目にはいったいどう映っているんだろうと固唾を呑んで続きを待った。
「うざいと思う」
「じれったいとも言う」
「う、うざい…?」
「そうね、痒い所に手が届かない感じかも」
昔から見て来たお香ちゃんは深く納得した様子だ。
私は幼子からの「うざい」に大変なショックを受け硬直するしか出来ない。
一子ちゃんと二子ちゃんは、これが女子のただのお茶会飲み会というか、働く女子たちの鬱憤晴らしも多々含まれているのだと知ると気を利かせて「大人たちだけで水入らずで楽しんで」と速足に去って行ってしまった。
そういう達者な気配りをみると、やっぱり純粋な子供ではなくって、長くを生きてきた妖怪んなんだなあと実感する。
…という一子ちゃん二子ちゃんの気配りから垣間見えたものや、改めて実感したゲームボーイの面白さ、その乙さ、そして女子会で話した私達関連の所だけかいつまんで雑談の一環として鬼灯くんに吐き出すと。
「それで、最終的にもう付き合っちゃえば?って丸投げされたよ」
「……それを直に、包み隠さずに言うから、私達は恋人になれないんだとわかりませんか?」
「わかる」
呆れ声で言われてしまった。うんうんと頷く。
恥じらいもなく昨日のことを女子会でぼやき、そのぼやきに対する反応を隠さず当事者に結果報告する。
学校であった出来事をあのねあのねと母親に報告する子供のようだなと思った。
これだから私達の間には華やかなものなど存在しないというのに、周りは揃ってそうじゃないと言う。そして私達は二人して首を横に振る。ずっとずっとこの繰り返しなのだ。
鬼灯くんが深刻になって頭を抱えるのも分かるような分からないような。
「鬼灯くん、今それ何やってるの?」
「みてわかりませんか」
「わかんないから聞いてるのに」
「掃除、片付け以外の何に見えるんですか」
「探し物とか」
「恰好を見なさい」
お使いを頼まれて技術課に行った際、烏頭くんから預かりものをして、それを鬼灯くんの所まで届けに来ていた。
どこにいるのか分からず散々閻魔殿を探し回ってしまったけど、今日はいつもより早く上がって部屋で掃除をしていたらしい。
確かにタスキで袖をあげて、ハタキや雑巾などが床に揃えられていた。
今は処分するものしない物を選別しながら本を積み上げている。
それを手伝うでもなく、忙しなく動いているところを眺めて冷かしながらくだらないことを話した。
「……不毛だと思いませんか」
「うん?」
「周りからいくら言われようと、私達がいくら揉めようと、芽生えないものは芽生えないんですよ」
「うん実も蓋もないし、それこそ不毛だねえ」
あっさりと言われるとこっちもあっさりと返せる。
不毛といえば不毛だ。平行線のままで、いくら突かれても囃し立てられても泥沼劇に発展させろと推奨されても関係性に変化なんてない、進展なんて訪れない。
きっぱり言われてしまえばもう元も子もないというか。
「でも私はずっとずっと、ほしいと思い続けるんですよ」
「…うーん」
昨日ほしいだの何だのと初めて告白された。
そう思っていたということは初耳だったので、これに関してはある意味進展かもしれないと思う。
しかし、それに対して私は「傍にいるって言ってるでしょ、好きって言ってるでしょ」と一点張りをするだけで、やはり進展などはなかった。
本当に何も生み出されないな。こんなに虚しくるなることも早々に起らないよ。
壁ドン…頬ドンっていうのかなあれ?そんなのされても血の巡りもよくならなかったし動悸息切れも起らなかった。鬼灯くんのことを異性として見ていないなんて言わないけど…
子供っぽいと称した一部を除いたら、鬼灯くんはどこからどう見ても中身も外見も成人したいい大人で、それをわかっていながら密着してもどきりともしないかった。
何どうしたら恋愛感情って芽生えるんだろう。
愛してる恋してるがないから相手にドキリとしないというよりも、もしかしたらお互い異性に対して魅力を感じにくい性質なのかもしれないとまで思い始めた。
欲が薄いといえばいいんだろうか。どれだけ枯れてるんだろう。
鬼灯くんの「ほしい」という欲求を満たすために必要なには何も恋愛感情だけではなくて、それが強固で確かなものであれば友情でも何でもいいのだ。
じゃあ心から納得いくくらい相手を思うにはどうしたらいいんだろう?
家族みたいに思ってるって宣言したけれど、その言葉だけじゃ駄目なら行動に移す必要があるのか。思い返せば相手を思うばかり、言いっ放しにするばかりで、特別な行動には移していない。
…だからと言って。
「だったらいっそ、お付き合いしましょう」
一区切りついたのか、積み上げた本を部屋の端に追いやると、タスキを解きながらなんでもないように言う。
私はあまりにも唐突なことに理解が遅れた。
「………ん?………え?」
「待っていて何も変化しないなら、自分で変化させるしかない」
「…うそ、待ってそんな早まらないで!」
「でも早まらなきゃどん詰まりのままでしょう」
「そうだけど…それは乱暴すぎるよ」
「正攻法じゃ何も変わりません。変り種でも用意しないともうムリです」
「お付き合いする事を変り種で済ますの?」
明らかに鬼灯くんは早まってる。どうにかしなきゃねとは言ったけどこんな自棄を起こしてねなんて言ってない。
その理屈はわかる、でも解決法としては間違っていると思う。
わたわたと慌てている私とは反対に彼は冷静で、ゆっくりとこちらに手を差し伸べた。
その手をじっと見つめる。鬼灯くんは私の目を見つめてそらさない。
私がその手を取るのを待っているのだとわかる。彼の提案をのんで頷くのを待っている。
下に出て恐る恐るこちらを伺っているのではなく、こちらに有無を言わさない強引なものだった。
私はその手を取るしかない。なんだかんだ私が流されてくれると知っているし大抵の頼みごは仕方ないなあと言って受け取ってくれると知ってる。
その上このどん詰まりの状況で、他に私が代案が出せないないなら、この提案を呑んでみるしかないとわかっていて、鬼灯くんはその手を取れと命令や強制にも近い強さでこちらに言っているのだ。ずるい。
私は仕方ないなぁと溜息一つ零して手を伸ばした。こうなるのは目に見えてた。
一回りも二回りも大きな手に乗せて、やりどころのない悔しさをぶつけるように両手を使って全力で握りしめたけど、ダメージを負った様子はない。
鬼灯くんが納得できるように頑張ってみるとは言った。
それがおかしいことだと思いつつも、好きになる努力をすると。けれど、正式に付き合うのなんのという話にまで発展するとなると、あんな風に緩くはなれない。
「……わかった」
あの時とは打って変わって、いつになく真剣な面持ちで固い声を発した。
「お付き合いする。でも」
「でも?」
「形だけ繕ってみたって、心が変わるなんて約束できないし」
あの時だって芽生えるかもよ?なんて半ば冗談で言ったのだ。人を好きになるなんてそんなの、意図してやる事ではないし、出来るものでもない。
鬼灯くんも同意するように深く頷いた。
「それは、私も一緒です。こんなの博打でしょう」
博打で無策なただの賭けなのだと言う鬼灯くんに呆れつつ、私はちょっとした意趣返しも含めながら、しかし告げる必要のある事実を話す。
「……ずっとなんて言えない」
4.分岐点─加速
衆合獄卒寮一号棟。
夜も更けた頃、寮の一室で女子会を開いていた。
お香ちゃんを筆頭に、牛頭さん馬頭さんといった顔見知りもいれば、初対面のひともいた。
樒さんという五官庁の補佐官さんと、芥子さん。
穏やかでふくよかなお母さん、ふかふかのウサギさんの風貌という組み合わせ。
その人となりも良いというのに、見た目だけでも癒し度満点だった。
毛並ふかふかの芥子さん、お料理上手だという樒さん。
辛いときに癒しを求めて縋りたくなるにと思った。
共通の知り合いが複数いる上に、相手は私のことを以前から知っていてくれたということで、初対面だというのに会話は弾んだ。
みんな揃って緩い格好をしていて、いつもは凛と背筋を正しているひとたちも畳の上でくつろいでいた。
女子が集まれば絶えず会話が続いて脱線して軌道修正しての繰り返しで、弾むのがデフォルトなのかもしれない。
色んな話題を転々としたあと、私と鬼灯くんの話になった。
始まりは「鬼灯様とは最近どうなの?」という牛頭さん馬頭さんの冷やかしだった。
彼女らは私達二人の間に何もないことを本当はわかっているんだけど、親しいからこそこうして時々からかってくる。
困る話題なはずなのに、嫌な気がしなくなるんだよなあ。人徳(牛徳?)なのかもしれない。
芥子さんとしきみさんはその辺りの真偽がわからず、純粋に興味を示していた。
噂話は届いていたみたいで、気になっていたと教えてくれた。期待にそえなくて申し訳ないけど、苦笑しながらいつも通り変わり映えしない一言を放つ。
「…何もないよ」
「え〜進展あってもいいのに〜」
「自分で進展させるのよォ。女は逞しくならなきゃ〜」
「女たらしにたらたらされるのもイヤですしね」
「そうねえ。相手が奥手だったら自分が押してみるのも手なのかしら」
「みんな若いのねえ。なんだかかわいいわ」
「………。ハイ」
一人が喋ると次が続いて、私は絶えず集中攻撃を受けていた。
否定も肯定もできず、とりあえずロボットのように頷く他選択肢がない。
女の人の勢いにはいつも圧倒される。私も女なはずなのに昔からこういう勢いが持てないのはなんでなんだろう。
このパワフルさが開花する瞬間が訪れるのかどうか。私の未来が気になる。
なれたらなれたでとても楽しそうだ。
「最近どんな会話したの?私はあまり見たことないのよね。二人が話しているところ」
「私もです。鬼灯様って女の子とどんな会話するんですかね?お香さんみたいなお姉さん相手なら想像できるんですけど…」
しきみさんと芥子さんがそろって言った。
お香ちゃんが魅惑のお姉さんなのはみんなが認める所だけど、"女の子"とはいったい…。
しきみさんも頷いているけど、初めて言われたことなのでどう受け取っていいのか分からない。
牛頭さんと馬頭さんは地獄の門番として勤めて長く、鬼灯くんとも私とも顔を合わせる機会が多くあった。
お香ちゃんは幼馴染なのでもちろんどんな感じかなんて誰よりも知っている。
うーん頬に手を当てながら考えて、とりあえず昨日の鬼灯くんとのやり取りをぼかし、かいつまんで話した。
これが見知らぬ獄卒であれば、変に脚色曲解されてまた噂にされてしまうかもと危惧したけど、相手は牛頭さん馬頭さんお香ちゃん、そしてその三人と親しいしきみさん芥子さんだった。立場も立場だし、口が禍の元だと分かってるだろうしなあと特に隠すことなく喋った。すると。
「………それはないわよ…」
「……ないと言われても…」
「もう好きとか愛してるとか言っちゃえばいいのに〜」
「うーん、それじゃ嘘になっちゃうけど」
「もうここまで来たらきっとそれでもいいわよ!もどかしいわぁ」
「そんな…偽りの恋とか、私たち泥沼劇やってるんじゃないんだから…」
「いえ…泥沼っていうか、ある意味二人ともピュアピュアじゃないですか…罰当たりませんよ…」
「そうねえ、二人が寄り添ってたらあながち嘘でもなくなるかもしれないわよ?」
「…袋叩きだ…」
鬼灯くんとの間にあった会話を暴露した…といっても端折りながらぼやいたというのに、ぼんやりとしたそれだけで猛烈に食いつかれる。
さっきの比じゃないくらい圧倒されて萎縮してしまった。
皆、はー…と揃って溜息をついて、各々の感想を遠慮なく並べる。
「鬼灯様そんなところあったのねえ…ちょっと意外だわ」
「元上司みたいにグイグイ行く人じゃないことは分かってましたけど、こんな風なんて…」
「あ〜んモヤモヤするわぁ」
「モヤモヤじゃなくて悶々じゃないかしら」
「昔からよく分からない子たちだったけど…アタシもここまでとは思わなかったわ…」
三者三様な反応を示しつつも意見は一致しているようで、この流れの中でいくら否定しようと何を言おうと無駄なのだと悟り、みんなで持ち寄ったお菓子を食べ黙々とジュースを飲んだ。夜は長い。夜更かしするための準備は万端だった。
芥子ちゃんの元上司とは白澤さんのことで、あの女の子にグイグイ行くよくも悪くも軽い行動力は確かに鬼灯くんにはない。
当事者である私が黙っても勝手に会話はポンポン続いていき、いつの間にか「鬼灯様ってムッツリ?」とかいうなぜそこに着地したのかよく分からない流れに変わっていった。
「あら座敷童ちゃん」
すると、障子の間からこちらをじっと見つめていた座敷童ふたりの存在に気が付き、お香ちゃんが手招きをした。
「パジャマパーティーしてる!」
「仲間に入る?いらっしゃい」
お香ちゃんの手招きに応えて入ってくると、私の左右を陣取って二人はぴたりとくっついてきた。
私のこともそれなりに好きでいてくれるらしい二人はよくくっついて来てくれた。
まるで二人の父のようになっている鬼灯くんと、私が親しくしているからというのもあるだろうけど、私も未だに真面目に仕事に打ち込む普通に好印象認定をしてくれているようだ。
いつか剥奪される時が来るんじゃないかとひっそり危惧してる。
洞窟暮らし、内職、針仕事なんかの、几帳面さと忍耐が必要になる物ばかりを生業にしていたら仕事に無心になって没頭するのも苦じゃなくなった。
ぴくりとも動かなくなったウサギの芥子ちゃんに興味を示していた座敷童の一子と二子ちゃん。
「敵の多い草食獣が故に目を開けたまま寝ます」というお香ちゃんの説明の通り、芥子ちゃんはぱちりと目を開いたまま置物のような姿で居眠りをしていた。
「なにして遊ぶ?かるた?花札?将棋?ゲームも少しならあるわよ。ゲームボーイだけど…」
「これ今も動いてるのが凄い!」
「逆に凄い面白い!」
「わーほんとだ。すごい見せてみせて」
お香ちゃんが部屋のどこかから出してきたゲームボーイに二人共勢いよく食いつき寄っていった。私も子供のように食いついて隣で画面を覗く。なんて懐かしい。動いてることもそうだけど、地獄にもあったということも驚きだ。
「は現世のものがすきよねえ。服とか文化とか娯楽とか、色々詳しいもの」
「うーん、そうかもね」
お香ちゃんの言葉を曖昧に濁しつつも、内心では現世で生きていた過去があるから身に沁みついちゃってるんだよなあと苦笑していた。
地獄には亡者が転生するという生まれ変わりシステムがあるけど、過去に飛ぶことはない。
逆に遠い未来に転生することもないし、私が何故あんな大昔にまで遡って転生することになったのは未だにわからない。
地獄のシステムがきちんと稼働するようになるよりずっと前のことだったので、あの当時はポンとはぐれてしまう魂もあったのかもしれないと適当に納得している。
「あ、そうそう。座敷童ちゃんたちはどう思う?」
「ええ、子供にそんなことを…」
牛頭さんがさっきまでの話題を蒸し返したのだとすぐわかった。馬頭さんはかくかくしかじかと今までの流れを一子ちゃんと二子ちゃんに話している。
お香ちゃんはそうねえ、と頷きながらその様子を見ていた。
「だって二人ともよく見てるものね」
「身体がこうでも、彼女たちも妖怪なんですしね」
「子供の目の方が大人より鋭かったりするものねえ」
芥子さんもしきみさんもうんうんと頷いてしまっている。また流れに勝てない感じだ。
一子ちゃん二子ちゃんはお互い顔を見合わせた後、うんと頷いて交互に話しだした。
「…お仕事なので」
「…私達ずっと見てるけど」
家人を見るのが座敷童の本分なので、仕事ぶりはもちろん、閻魔庁で働くもの達の人柄、交友関係も彼女たちはよく見ている。
ということはもちろん私のことも鬼灯くんのことも見ているということ。
この子たちの目にはいったいどう映っているんだろうと固唾を呑んで続きを待った。
「うざいと思う」
「じれったいとも言う」
「う、うざい…?」
「そうね、痒い所に手が届かない感じかも」
昔から見て来たお香ちゃんは深く納得した様子だ。
私は幼子からの「うざい」に大変なショックを受け硬直するしか出来ない。
一子ちゃんと二子ちゃんは、これが女子のただのお茶会飲み会というか、働く女子たちの鬱憤晴らしも多々含まれているのだと知ると気を利かせて「大人たちだけで水入らずで楽しんで」と速足に去って行ってしまった。
そういう達者な気配りをみると、やっぱり純粋な子供ではなくって、長くを生きてきた妖怪んなんだなあと実感する。
…という一子ちゃん二子ちゃんの気配りから垣間見えたものや、改めて実感したゲームボーイの面白さ、その乙さ、そして女子会で話した私達関連の所だけかいつまんで雑談の一環として鬼灯くんに吐き出すと。
「それで、最終的にもう付き合っちゃえば?って丸投げされたよ」
「……それを直に、包み隠さずに言うから、私達は恋人になれないんだとわかりませんか?」
「わかる」
呆れ声で言われてしまった。うんうんと頷く。
恥じらいもなく昨日のことを女子会でぼやき、そのぼやきに対する反応を隠さず当事者に結果報告する。
学校であった出来事をあのねあのねと母親に報告する子供のようだなと思った。
これだから私達の間には華やかなものなど存在しないというのに、周りは揃ってそうじゃないと言う。そして私達は二人して首を横に振る。ずっとずっとこの繰り返しなのだ。
鬼灯くんが深刻になって頭を抱えるのも分かるような分からないような。
「鬼灯くん、今それ何やってるの?」
「みてわかりませんか」
「わかんないから聞いてるのに」
「掃除、片付け以外の何に見えるんですか」
「探し物とか」
「恰好を見なさい」
お使いを頼まれて技術課に行った際、烏頭くんから預かりものをして、それを鬼灯くんの所まで届けに来ていた。
どこにいるのか分からず散々閻魔殿を探し回ってしまったけど、今日はいつもより早く上がって部屋で掃除をしていたらしい。
確かにタスキで袖をあげて、ハタキや雑巾などが床に揃えられていた。
今は処分するものしない物を選別しながら本を積み上げている。
それを手伝うでもなく、忙しなく動いているところを眺めて冷かしながらくだらないことを話した。
「……不毛だと思いませんか」
「うん?」
「周りからいくら言われようと、私達がいくら揉めようと、芽生えないものは芽生えないんですよ」
「うん実も蓋もないし、それこそ不毛だねえ」
あっさりと言われるとこっちもあっさりと返せる。
不毛といえば不毛だ。平行線のままで、いくら突かれても囃し立てられても泥沼劇に発展させろと推奨されても関係性に変化なんてない、進展なんて訪れない。
きっぱり言われてしまえばもう元も子もないというか。
「でも私はずっとずっと、ほしいと思い続けるんですよ」
「…うーん」
昨日ほしいだの何だのと初めて告白された。
そう思っていたということは初耳だったので、これに関してはある意味進展かもしれないと思う。
しかし、それに対して私は「傍にいるって言ってるでしょ、好きって言ってるでしょ」と一点張りをするだけで、やはり進展などはなかった。
本当に何も生み出されないな。こんなに虚しくるなることも早々に起らないよ。
壁ドン…頬ドンっていうのかなあれ?そんなのされても血の巡りもよくならなかったし動悸息切れも起らなかった。鬼灯くんのことを異性として見ていないなんて言わないけど…
子供っぽいと称した一部を除いたら、鬼灯くんはどこからどう見ても中身も外見も成人したいい大人で、それをわかっていながら密着してもどきりともしないかった。
何どうしたら恋愛感情って芽生えるんだろう。
愛してる恋してるがないから相手にドキリとしないというよりも、もしかしたらお互い異性に対して魅力を感じにくい性質なのかもしれないとまで思い始めた。
欲が薄いといえばいいんだろうか。どれだけ枯れてるんだろう。
鬼灯くんの「ほしい」という欲求を満たすために必要なには何も恋愛感情だけではなくて、それが強固で確かなものであれば友情でも何でもいいのだ。
じゃあ心から納得いくくらい相手を思うにはどうしたらいいんだろう?
家族みたいに思ってるって宣言したけれど、その言葉だけじゃ駄目なら行動に移す必要があるのか。思い返せば相手を思うばかり、言いっ放しにするばかりで、特別な行動には移していない。
…だからと言って。
「だったらいっそ、お付き合いしましょう」
一区切りついたのか、積み上げた本を部屋の端に追いやると、タスキを解きながらなんでもないように言う。
私はあまりにも唐突なことに理解が遅れた。
「………ん?………え?」
「待っていて何も変化しないなら、自分で変化させるしかない」
「…うそ、待ってそんな早まらないで!」
「でも早まらなきゃどん詰まりのままでしょう」
「そうだけど…それは乱暴すぎるよ」
「正攻法じゃ何も変わりません。変り種でも用意しないともうムリです」
「お付き合いする事を変り種で済ますの?」
明らかに鬼灯くんは早まってる。どうにかしなきゃねとは言ったけどこんな自棄を起こしてねなんて言ってない。
その理屈はわかる、でも解決法としては間違っていると思う。
わたわたと慌てている私とは反対に彼は冷静で、ゆっくりとこちらに手を差し伸べた。
その手をじっと見つめる。鬼灯くんは私の目を見つめてそらさない。
私がその手を取るのを待っているのだとわかる。彼の提案をのんで頷くのを待っている。
下に出て恐る恐るこちらを伺っているのではなく、こちらに有無を言わさない強引なものだった。
私はその手を取るしかない。なんだかんだ私が流されてくれると知っているし大抵の頼みごは仕方ないなあと言って受け取ってくれると知ってる。
その上このどん詰まりの状況で、他に私が代案が出せないないなら、この提案を呑んでみるしかないとわかっていて、鬼灯くんはその手を取れと命令や強制にも近い強さでこちらに言っているのだ。ずるい。
私は仕方ないなぁと溜息一つ零して手を伸ばした。こうなるのは目に見えてた。
一回りも二回りも大きな手に乗せて、やりどころのない悔しさをぶつけるように両手を使って全力で握りしめたけど、ダメージを負った様子はない。
鬼灯くんが納得できるように頑張ってみるとは言った。
それがおかしいことだと思いつつも、好きになる努力をすると。けれど、正式に付き合うのなんのという話にまで発展するとなると、あんな風に緩くはなれない。
「……わかった」
あの時とは打って変わって、いつになく真剣な面持ちで固い声を発した。
「お付き合いする。でも」
「でも?」
「形だけ繕ってみたって、心が変わるなんて約束できないし」
あの時だって芽生えるかもよ?なんて半ば冗談で言ったのだ。人を好きになるなんてそんなの、意図してやる事ではないし、出来るものでもない。
鬼灯くんも同意するように深く頷いた。
「それは、私も一緒です。こんなの博打でしょう」
博打で無策なただの賭けなのだと言う鬼灯くんに呆れつつ、私はちょっとした意趣返しも含めながら、しかし告げる必要のある事実を話す。
「……ずっとなんて言えない」