第六話
1. 生贄─冬籠り中
眠っている間みた夢とは、忘れるべきものである。
理由は様々あるらしいけど、私的には頭が痛くなるから日中まで残しておくのは嫌だった。
なので、夢を見たなあとなんとなく覚えていても、まったく中身が思い出せない今の状況は好都合で。
さっぱりと風が流れるように消え去ってくれたように、熱もさっぱり消えてくれたようで、起き上がった時の身体の軽さに感動した。
なんて素敵なんだろう健康体。
前の人生でも健康な身体とは無縁で、有難さは知っていたけれど、改めてその偉大さ尊さを知ることとなる。
「…あ」
ねえねえ治ったよ!と嬉々として報告したくてうずうずしながら見回すと、隅っこの方で丸くなって眠っている男の子を見つけた。
枯れ枝と枯葉と藁でできたベッドは無事、楕円形に近い造りになっている洞窟の隅と隅に二つ設置できた。入口から向かって最奥には薪と食糧、水瓶などが積んである。
水瓶は上の方が欠けたせいで廃棄されていたもので、深めの皿のようになってしまっている。
しかし何も持っていない私達からしたら皿でも上等、こういう廃棄品をいくつか入手し、なんとかして水を蓄えた。
最悪雪を火で溶かすという手もあるけどなるべく常備しておきたい。
静かに起こさないように、藁の上から抜け出した。
「…おお」
出入り口に近寄って、積んだ岩の隙間から外を覗くと、吹雪はやんでいるようだった。
白い雪がちょうど私の膝くらいの高さまで積もってる。これからもっと積もるんだろう。
このまま生き埋めになって寒さをしのぎ粘り餓えるか外に出て凍った食べ物を食べながら解放感と共に凍死することを選ぶか、どちらが生存率が高いんだろうなと考えて乾いた笑いが口から漏れた。
水だけで人が生きれるのはどのくらいの期間だったか。食糧は春まで持つのか。
汗はかかないだろうけど水浴びできないのが気になる。動かないとエコノミーになりそうだ。太陽の光がないと人間はくたびれる。贅沢を言うなら娯楽がほしい。
ここでできる内職もない。
色んなこと考えていると、彼が目を覚ましたようだった。
「おはよう。…もしかして起こした?」
「……べつに…」
人を殺しそうな目つきをしている彼はとんでもなく寝起きが悪かった。
一度無遠慮に起こして痛い目をみたことがある。
口数少なく答えた彼は瞼をこすると、今更気が付いたようで目を瞬かせた。
「熱、下がったんですか」
「うん、そうなの」
「試してよかったでしょう」
「本当によかった。ありがとう」
「……ところで、今は朝ですか昼ですか」
「ええ…薄暗いしよくわかんないなあ」
短くやり取りを交わしたあと、出口まで行って外を覗いた彼は「ほんとうだ」と呟いた。
雪が降る日の空は暗い。日が昇ってることは確かだけど、朝か昼かという判断を下すには微妙な感じ。
「ねえ、思った以上にやることがないんだけど、きみは前にどうやって過ごしてたの」
「ねてました」
「えっそれだけ?」
「冬眠ってそうでしょう」
「そうだけど人間は冬眠しないし」
「寝てればあまり腹もすかないし好都合です」
「寝てても体力使うよ」
「起きてるときより使いません。お腹も減りません」
「…そうかもしれないけど…」
その理屈も主張もよくわからなかったけど、大食らいの気がある彼からすると重要なところなんだろう。
現代と比べてどれだけ一致するのかわからないけど…今が12月だとして、春がくるにはせめて二ヶ月はいる。3月をひたすらじっと待つのみ。
…本当に眠るだけ?ずっと眠ってられるなら、それは食糧の浪費を気にすることもなくて、起きたら春だったー!なんていう都合のいい朝を迎えられるはずだけどしかし、私達は穴蔵生活する習性のない人間だ。
「そのうちわかりますよ。…そのうちどころか、明日には実感します」
「ええ…」
半信半疑だったのもつかの間。暗いせいか、狭いせいか、静かなせいか、幼い身体のせいか、寒いせいか。
尋常じゃないほどの眠気が襲ってきた。なるほどこれは好都合。
しかしこれがもしも寒さのせいでやってきた睡魔だというなら、命の危機なんじゃないかと思う。
浅い眠りから目を覚ましその旨を告げると、彼は自分の腕を確かめるように触った。
「ほどほどに冷たいですね」
「暖かくなるはずないしね。お腹はまだあったかい」
「そこまで冷たくなってたらもう終わりは近い気がしますね」
「そういうこと言うのやめてよ…」
ぞっとした、鳥肌が立った。寿命で布団の上でぽっくりという形でしか死にたくないそんなの辛い。
「まあ、私も幸運でもなんでも、同じ条件で無事にしのげたんですし、極度に心配する必要もなさそうですけど」
「…そうなのかなあ、どうなのかなあ…」
こたつ、ヒーター、暖房、床暖、電気毛布、湯たんぽ、なんでもござれ完全防備な現代で生きていた人間は、人間の限界がどの程度なのかわからない。
知識としても曖昧だし、極限まで冷やされた経験がないからだ。
「だいたい、村の人間と今の私達にそう差があるように思えませんが」
「え?あるんじゃないの?」
「あそこらの家、みんな造りが甘くて隙間風入りまくりですよ。そりゃあ蓄えもある所はある、火種もそう、着るものも布団も困らないと言っても。環境自体はそう変わりませんよ」
「…そうかも…?」
狭い洞窟をほぼ完全に密閉しているため冷気は入らない。代わりに狭いからこそ火は焚けない。食べ物はそこそこ。
村にある民家はボロのせいか造りのせいか寒くて隙がありすぎ、でも火は焚けるし食べ物もあるとこはある。
…どっこいどっこいと言っていいのか、こっちはリスクがありすぎるような気がするけど、そんなこと言ったらもっと厳しい環境で生きることを強いられただろう者たちはどうなったのかと考えたら、「生き物はやればできるんだ」という結論を出さざるを得なかった。
「そんなことより」
「そんなこと!?」
生存のために重要な話をしていた気がするんだけど彼にとっては些事だったようだ。
「何か変な感じしませんでした?」
「なにが」
何喰わぬ顔で問いかけてきた彼に呆れながら相槌を打つ。
「蓄えるために森の中歩きまわったでしょう?」
「うん」
足が棒になるほど歩いたことを当然覚えてる。
「なんか、枯れ木多くありませんでしたか」
「ええ…秋だし普通みんな枯れるんじゃないのかな…?」
「そうじゃなくて、根っこから死んでる木とか、死骸とか」
「しがい」
輪唱してから絶句した。何の死骸か、とは聞けなかった。
道端で命尽きた虫の姿なんかはどこでも見かけたけど、そんなものをみかけたことはそうない。鳥が一羽落ちていたくらいだろうか。
私は見なかった岩の下とか、茂み中とか、木の上の方とか、彼とは視線が向かう所が違ったのかもしれない。
収穫するものもお互い見つけるのが得意なものと不得意なものがあったから、おそらくそうなんだろう。
「…死んだ木が多かったのが本当なら、収穫量少なくなるよね…」
「全部が全部、人があてにしているものじゃないかもしれませんけど」
少なからず減る。去年よりは。仮に柿の樹が一本枯れたとしよう。
あれで育つと一本の木に大量の実がなるので、その樹を頼りにしていた私達は次の年格段に餓えることになる。
「やっぱり限界があるよねえ」
とりあえずはキノコだなんだと言って量と質を確保できた。
しかし積み重なればいつかは祟るし成長と共にそれでは賄えなくなる。追いつかない。
そしてその山の幸も死に絶え、村の者は狩りを許さず、ああ私達詰んでるんだなあという感じである。
「木の一本や二本によりかかってたら碌なことにはなりませんね」
つまりは、春からは何がなんでも他の食い扶持を探そうと言うことだった。
…せめて私達がもう少し大きければ、この土地から離れて手に職をつけて自分で稼いで自分で食べて…なんてことができたかもしれないけど、子供にできることは知れているので、この制限がかかりすぎた環境に居つくことを甘んじるしかなかった。
そしてそれにも限度がある。ああ絶体絶命。生きるのは難しい。
「こっそり食べる…の頻度を増やすしか…」
「それ、バレたら食べられるのは私達の方でしょうね」
「わあ!心臓に悪いこと言わないでってば…!」
「でもやりましょう」
「やるの!」
「やらなきゃ死にますから」
冗談を言ってる訳ではないよで、本気の目をしていた。いつだって彼がふざけてることはないんだけど…いやふざけてからかってくる時もあるけど…
生きることに投げやりになったりはしなかった。
どれだけ厳しい現実があろうと、嘆いて諦めようとしたことはない。
この強い目を見る度に、彼が現状に、目の前に、誰かに屈服することは例え死の淵であろとなさそうだなと思えた。寒気がしてくるくらい厳しい目をしている。
こんな本気の綱渡りはいつまで続くんだろう。
今私達は何歳で、成長するのはいつで、何年後のことだろう。
「…あのね」
「はい」
「死にたくないから、お願いがあるんだけど」
「なんですか」
訝しげな顔をしている彼に、一言シンプルに告げた。
「一緒に添い寝してほしい」
「理由を言え」
「夜はさむい」
「当然でしょう子供じゃないんですから一人で寝なさい」
「みるからに子供なの私達」
だからこそ足かせになり状況が逼迫しているんだって話をしていた気がするんだけど。
「最近結構寒くて、起きてもずっと冷たくて」
「…」
「すぐ死にはしないと思うけど、風邪ひいた件もあるし」
申し訳ないという思いと期待とを織り交ぜて視線を送ると、彼はチッと舌打ちした。
そして。
「おやすみ」
「……」
結果的にあちらが折れて、観念して添い寝してくれることになっても、頑なな部分はいつまでも頑なのままだった。
苛立っているんだろうな。警戒してる云々の前にもともと人との距離が近くなさそうだし。
あの柄の悪い舌打ちを見れば包容力のあるフレンドリーな人だなんて思えなくなる。
今までだって優しい子だなと思ったとしてもフレンドリーだなと感じたことは一度もないけど。
わちゃわちゃしたスキンシップって何ですか私の中の辞書に存在しませんがそこに意味あるんです?みたいな顔をして生きている感じがする。
…と、いいなあ。特別自分が嫌われてる訳じゃないんだと思いこみたい私の願望だった。
「…」
「おやすみ」
念押しして二度目を言ってみるも、返ってこない。諦めて眠ることにした。
真っ暗だった。ランタンのようなものを作る技術もなく、ロウソクがあるわけでもなく、
薪は何があるかわからないから無駄遣いできないし。この密室で火を轟々と燃やす度胸もない。やるとしたら必要に迫られた時だけだ。
闇をしのぐために灯りをともすという贅沢はできない。
明るい未来は、凍える冬を脱して、春の陽気を全身で感じるようになった頃も、想像できないままだった。
1. 生贄─冬籠り中
眠っている間みた夢とは、忘れるべきものである。
理由は様々あるらしいけど、私的には頭が痛くなるから日中まで残しておくのは嫌だった。
なので、夢を見たなあとなんとなく覚えていても、まったく中身が思い出せない今の状況は好都合で。
さっぱりと風が流れるように消え去ってくれたように、熱もさっぱり消えてくれたようで、起き上がった時の身体の軽さに感動した。
なんて素敵なんだろう健康体。
前の人生でも健康な身体とは無縁で、有難さは知っていたけれど、改めてその偉大さ尊さを知ることとなる。
「…あ」
ねえねえ治ったよ!と嬉々として報告したくてうずうずしながら見回すと、隅っこの方で丸くなって眠っている男の子を見つけた。
枯れ枝と枯葉と藁でできたベッドは無事、楕円形に近い造りになっている洞窟の隅と隅に二つ設置できた。入口から向かって最奥には薪と食糧、水瓶などが積んである。
水瓶は上の方が欠けたせいで廃棄されていたもので、深めの皿のようになってしまっている。
しかし何も持っていない私達からしたら皿でも上等、こういう廃棄品をいくつか入手し、なんとかして水を蓄えた。
最悪雪を火で溶かすという手もあるけどなるべく常備しておきたい。
静かに起こさないように、藁の上から抜け出した。
「…おお」
出入り口に近寄って、積んだ岩の隙間から外を覗くと、吹雪はやんでいるようだった。
白い雪がちょうど私の膝くらいの高さまで積もってる。これからもっと積もるんだろう。
このまま生き埋めになって寒さをしのぎ粘り餓えるか外に出て凍った食べ物を食べながら解放感と共に凍死することを選ぶか、どちらが生存率が高いんだろうなと考えて乾いた笑いが口から漏れた。
水だけで人が生きれるのはどのくらいの期間だったか。食糧は春まで持つのか。
汗はかかないだろうけど水浴びできないのが気になる。動かないとエコノミーになりそうだ。太陽の光がないと人間はくたびれる。贅沢を言うなら娯楽がほしい。
ここでできる内職もない。
色んなこと考えていると、彼が目を覚ましたようだった。
「おはよう。…もしかして起こした?」
「……べつに…」
人を殺しそうな目つきをしている彼はとんでもなく寝起きが悪かった。
一度無遠慮に起こして痛い目をみたことがある。
口数少なく答えた彼は瞼をこすると、今更気が付いたようで目を瞬かせた。
「熱、下がったんですか」
「うん、そうなの」
「試してよかったでしょう」
「本当によかった。ありがとう」
「……ところで、今は朝ですか昼ですか」
「ええ…薄暗いしよくわかんないなあ」
短くやり取りを交わしたあと、出口まで行って外を覗いた彼は「ほんとうだ」と呟いた。
雪が降る日の空は暗い。日が昇ってることは確かだけど、朝か昼かという判断を下すには微妙な感じ。
「ねえ、思った以上にやることがないんだけど、きみは前にどうやって過ごしてたの」
「ねてました」
「えっそれだけ?」
「冬眠ってそうでしょう」
「そうだけど人間は冬眠しないし」
「寝てればあまり腹もすかないし好都合です」
「寝てても体力使うよ」
「起きてるときより使いません。お腹も減りません」
「…そうかもしれないけど…」
その理屈も主張もよくわからなかったけど、大食らいの気がある彼からすると重要なところなんだろう。
現代と比べてどれだけ一致するのかわからないけど…今が12月だとして、春がくるにはせめて二ヶ月はいる。3月をひたすらじっと待つのみ。
…本当に眠るだけ?ずっと眠ってられるなら、それは食糧の浪費を気にすることもなくて、起きたら春だったー!なんていう都合のいい朝を迎えられるはずだけどしかし、私達は穴蔵生活する習性のない人間だ。
「そのうちわかりますよ。…そのうちどころか、明日には実感します」
「ええ…」
半信半疑だったのもつかの間。暗いせいか、狭いせいか、静かなせいか、幼い身体のせいか、寒いせいか。
尋常じゃないほどの眠気が襲ってきた。なるほどこれは好都合。
しかしこれがもしも寒さのせいでやってきた睡魔だというなら、命の危機なんじゃないかと思う。
浅い眠りから目を覚ましその旨を告げると、彼は自分の腕を確かめるように触った。
「ほどほどに冷たいですね」
「暖かくなるはずないしね。お腹はまだあったかい」
「そこまで冷たくなってたらもう終わりは近い気がしますね」
「そういうこと言うのやめてよ…」
ぞっとした、鳥肌が立った。寿命で布団の上でぽっくりという形でしか死にたくないそんなの辛い。
「まあ、私も幸運でもなんでも、同じ条件で無事にしのげたんですし、極度に心配する必要もなさそうですけど」
「…そうなのかなあ、どうなのかなあ…」
こたつ、ヒーター、暖房、床暖、電気毛布、湯たんぽ、なんでもござれ完全防備な現代で生きていた人間は、人間の限界がどの程度なのかわからない。
知識としても曖昧だし、極限まで冷やされた経験がないからだ。
「だいたい、村の人間と今の私達にそう差があるように思えませんが」
「え?あるんじゃないの?」
「あそこらの家、みんな造りが甘くて隙間風入りまくりですよ。そりゃあ蓄えもある所はある、火種もそう、着るものも布団も困らないと言っても。環境自体はそう変わりませんよ」
「…そうかも…?」
狭い洞窟をほぼ完全に密閉しているため冷気は入らない。代わりに狭いからこそ火は焚けない。食べ物はそこそこ。
村にある民家はボロのせいか造りのせいか寒くて隙がありすぎ、でも火は焚けるし食べ物もあるとこはある。
…どっこいどっこいと言っていいのか、こっちはリスクがありすぎるような気がするけど、そんなこと言ったらもっと厳しい環境で生きることを強いられただろう者たちはどうなったのかと考えたら、「生き物はやればできるんだ」という結論を出さざるを得なかった。
「そんなことより」
「そんなこと!?」
生存のために重要な話をしていた気がするんだけど彼にとっては些事だったようだ。
「何か変な感じしませんでした?」
「なにが」
何喰わぬ顔で問いかけてきた彼に呆れながら相槌を打つ。
「蓄えるために森の中歩きまわったでしょう?」
「うん」
足が棒になるほど歩いたことを当然覚えてる。
「なんか、枯れ木多くありませんでしたか」
「ええ…秋だし普通みんな枯れるんじゃないのかな…?」
「そうじゃなくて、根っこから死んでる木とか、死骸とか」
「しがい」
輪唱してから絶句した。何の死骸か、とは聞けなかった。
道端で命尽きた虫の姿なんかはどこでも見かけたけど、そんなものをみかけたことはそうない。鳥が一羽落ちていたくらいだろうか。
私は見なかった岩の下とか、茂み中とか、木の上の方とか、彼とは視線が向かう所が違ったのかもしれない。
収穫するものもお互い見つけるのが得意なものと不得意なものがあったから、おそらくそうなんだろう。
「…死んだ木が多かったのが本当なら、収穫量少なくなるよね…」
「全部が全部、人があてにしているものじゃないかもしれませんけど」
少なからず減る。去年よりは。仮に柿の樹が一本枯れたとしよう。
あれで育つと一本の木に大量の実がなるので、その樹を頼りにしていた私達は次の年格段に餓えることになる。
「やっぱり限界があるよねえ」
とりあえずはキノコだなんだと言って量と質を確保できた。
しかし積み重なればいつかは祟るし成長と共にそれでは賄えなくなる。追いつかない。
そしてその山の幸も死に絶え、村の者は狩りを許さず、ああ私達詰んでるんだなあという感じである。
「木の一本や二本によりかかってたら碌なことにはなりませんね」
つまりは、春からは何がなんでも他の食い扶持を探そうと言うことだった。
…せめて私達がもう少し大きければ、この土地から離れて手に職をつけて自分で稼いで自分で食べて…なんてことができたかもしれないけど、子供にできることは知れているので、この制限がかかりすぎた環境に居つくことを甘んじるしかなかった。
そしてそれにも限度がある。ああ絶体絶命。生きるのは難しい。
「こっそり食べる…の頻度を増やすしか…」
「それ、バレたら食べられるのは私達の方でしょうね」
「わあ!心臓に悪いこと言わないでってば…!」
「でもやりましょう」
「やるの!」
「やらなきゃ死にますから」
冗談を言ってる訳ではないよで、本気の目をしていた。いつだって彼がふざけてることはないんだけど…いやふざけてからかってくる時もあるけど…
生きることに投げやりになったりはしなかった。
どれだけ厳しい現実があろうと、嘆いて諦めようとしたことはない。
この強い目を見る度に、彼が現状に、目の前に、誰かに屈服することは例え死の淵であろとなさそうだなと思えた。寒気がしてくるくらい厳しい目をしている。
こんな本気の綱渡りはいつまで続くんだろう。
今私達は何歳で、成長するのはいつで、何年後のことだろう。
「…あのね」
「はい」
「死にたくないから、お願いがあるんだけど」
「なんですか」
訝しげな顔をしている彼に、一言シンプルに告げた。
「一緒に添い寝してほしい」
「理由を言え」
「夜はさむい」
「当然でしょう子供じゃないんですから一人で寝なさい」
「みるからに子供なの私達」
だからこそ足かせになり状況が逼迫しているんだって話をしていた気がするんだけど。
「最近結構寒くて、起きてもずっと冷たくて」
「…」
「すぐ死にはしないと思うけど、風邪ひいた件もあるし」
申し訳ないという思いと期待とを織り交ぜて視線を送ると、彼はチッと舌打ちした。
そして。
「おやすみ」
「……」
結果的にあちらが折れて、観念して添い寝してくれることになっても、頑なな部分はいつまでも頑なのままだった。
苛立っているんだろうな。警戒してる云々の前にもともと人との距離が近くなさそうだし。
あの柄の悪い舌打ちを見れば包容力のあるフレンドリーな人だなんて思えなくなる。
今までだって優しい子だなと思ったとしてもフレンドリーだなと感じたことは一度もないけど。
わちゃわちゃしたスキンシップって何ですか私の中の辞書に存在しませんがそこに意味あるんです?みたいな顔をして生きている感じがする。
…と、いいなあ。特別自分が嫌われてる訳じゃないんだと思いこみたい私の願望だった。
「…」
「おやすみ」
念押しして二度目を言ってみるも、返ってこない。諦めて眠ることにした。
真っ暗だった。ランタンのようなものを作る技術もなく、ロウソクがあるわけでもなく、
薪は何があるかわからないから無駄遣いできないし。この密室で火を轟々と燃やす度胸もない。やるとしたら必要に迫られた時だけだ。
闇をしのぐために灯りをともすという贅沢はできない。
明るい未来は、凍える冬を脱して、春の陽気を全身で感じるようになった頃も、想像できないままだった。