第五十九話
4.分岐点かのじょに神様

そこには誰もいなかった。何も聞こえなかった。
私を笑うあの人もいない、煩い足音も喧噪もサイレン音も何もかも聞えない。

遠くまで伸びる果てない暗闇。振りかえった所に横たわる私をみつけたけど、それ以外にはついに探し出せず、私はただ見おろすだけ。
見おろす私は泣いていた。虚ろな目から涙を流していた。私の頬にも雫が伝い止まらなくなる。


「誰かたけすて」


助けてって、何からだ。自分の言葉に矛盾を感じる。何から逃れたいのか何から助けてほしいのかわからないまま私は叫んでいた。


「なんで私だったの。なんでもう少し待ってくれなかったの。なんで駄目だったの」


ああそうだ。あの朝焼けの中で死んでいくことがなかったなら、私があんなに早く志半ばで死ぬことがなければ。
もうちょっとだけ満足があって、未練が少ない状態で、死に納得ができていたなら。
こんな長い間ずるずると生きてはいない。みっともなく無様に生に縋りつづけていない。
命がほしいなんて乞い続けることはなかった。
こんな喉なんて潰れてしまえばいいのに、願う声が出る限り私は叫び続けるんでしょう。

なんで私だったの。もう少しだけ私が生きられていたなら──…
そこまで考えて気が付いた。
…そうだね、そうだよね。もう少しだけっていう先延ばしに果てなんてないんだ。
私が大人になって皺が出来きて弱々しくなってきて、自然と倒れ伏す時じゃなきゃ私は満足だったと言えなかったんだ。

十分に生きたはず。いつを終わりにしようか。
泣きたいのは、助けてほしいのは、悲しいのは、私が終わりに怯えて続けているからだった。

2019.1.18