第五十四話
3.地獄殺した日


なんだか身体が重い気がする。
目覚ましの音で意識が覚醒し、目覚ましを止めようと起き上がった後すぐに感じた不調。風邪の引きはじめかもしれないと思うと憂鬱で、朝から頭を抱えた。
持ち上げる腕さえ重怠い。
鬼灯くんの感じた引っかかりは嘘ではなく、真実だったのだろう。困ったことだなと溜息を吐いた。

白澤さんを筆頭に、鬼灯くんは神に会うことをよく思わない。
自衛するための対策も立ててくれるけど、絶対に会うなという制限をかけることはなかった。
叱責されることはあれど、こうしろああしろと強く言われたことがない。
反対に私も彼を押さえつけるような物言いをしたことがなく、それはお互いに言って止まるような(治るような)性根をしていないと分かっていたからなのかもしれない。

ということで、自衛を緩めた結果、腕がいいと評判の白澤さんの店へ向かって薬を煎じてもらう事ににした。
そもそも彼個人に嫌な思いを抱えてもいないのに、会うのを制限するなんて変な話だ。
今回は特に店主と客という間柄になりに行く訳だし、足を止めるという考えはわかない。
起るかもわからない不安を潰すための自衛で、いい薬を手に入れるチャンスを潰すというのも微妙だ。
どちらを取るか天秤にかけたら、今回は店に向かうのを取る。
天国にいる人みんなに言えることだけど、白澤さんは滅多なことを起こすような人ではないともう知れていて。そういう信頼感があったからこそ迷いがなかった。
女たらしがどうの以外に悪評を聞かないし、しかも白澤さんは相手に無理強いしないひとだ。だったら流されないように気を引き締めればいい話だった。



「…あれ?どうしたの」

うさぎ漢方極楽満月。店の扉を開けて声をかけると、こちらに気が付いてぱぁっと表情を明るくした。…のは一瞬のことで、すぐにんん?と怪訝そうに眉を寄せていた。
目を凝らす様にしてこちらを見ている。そんなに変な顔をでもしていたのか、それとも何かおかしな姿をしていたのかと、無意味に着物の裾やら帯を触ってみたり探ってみたけど、特に着くずれを起こしている様子もなさそうだ。

ちゃん、なんか身体が軽かったりしない?」
「え…」

いきなりそんなことを聞かれるとも思わず瞠目した。
唐突に切り出されたのに加えて、自分が感じていたのと正反対のことを言われた驚きも大きかったのだ。
朝起きた時から倦怠感があった。昨日鬼灯くんにもまるで予言のような事を言われていたし、この不調は目に余った。
動けない程ではないけど、重たさが気になったから足を運んだのに。

「…ええと、逆です。なんだか身体が重たいなあと思って今日きたんです」
「んんー…うん。それ風邪とかじゃないと思うよ」

暫く唸って、再び私の頭からつま先まで一通り眺めた後、難しそうな顔をしながら言う。

「ていうか、軽いじゃなくて重いって感じるんだね」
「うーん…はい…」

手を伸ばしてぷらぷらと揺らし、指先まで眺めてみる。ぐーぱーと握り開きしてみるけど、怠くて動かし辛い。
神経を凝らしてみても、やっぱり軽いという風には感じない。
変わりない結論を出すと、白澤さんはまるで慮るような、不憫がるような視線をこちらに向けた。
そして一言、静かに告げる。

「今日いつもの所に行ってみたらどう?」
「…いつもの所って…」

その先を具体的に口にしなくても、きっとお互い頭に浮かんでいる場所は一緒だ。
それ以上は答えないで、白澤さんはただ薄く笑うだけだった。
いつもの明るい無邪気な表情とも違う、鬼灯くんと喧嘩するときの険しい形相とも違う儚い表情にびっくりつつ、わかりましたと答えた。
念は入れて風邪の予防になる得る、必要な分の薬を煎じてもらってお代を払い、店を出ようとすると私に笑顔で手を振って見送ってくれた。
その目は相変わらず優しく、しかし少し哀しそうでもあった。
ああいう独特の空気感を纏っている姿を目にすると、やっぱり彼も神様なんだなあ、自分とは違う存在なんだなあと思い知らされる。
遥か高見から見られているような気がするのだ。
あの男神も、普段はくだらないことを言うばかりのおかしな人だけど、ふとした時に見せる目や言葉遣いが、人とも鬼とも妖怪とも違っていた。



はじめて通いなれた道ではなく、鬼灯くんに提示されていた時間帯別のルートでもなく、本来通るべき最短ルートを使って彼の元へと速足に向かった。
嫌な予感がするってたまに聞くけど、こういうことなんだろうなと、身体全体に心地よくないものが走るのを感じ取りながら思った。
その予感は的中したとも思うし、外れたとも思う。
本来私はこの事態を諸手をあげて喜ぶべきだったのだから、嫌なことが起こったと思うのは変な話だった。


「そんな顔をして、どうした」

社に飛び込んできた瞬間、茫然と立ちすくむ私をみて、彼は普段と変わりない調子で聞いた。
からんと私の手から鮮やかな木板が音を立てて滑り落ちた。石畳の上に取り残されたそれを、私が救い上げてやる余裕はない。

「…そっちの方がどうしたの」

彼の身体は透けていた。最早神だというよりは、幽霊だと言った方かしっくりくるくらい存在が希薄になっていて、神々しい存在感や、傍にいると必ず肌に感じていたあの圧のような物はなくなっていた。

「……なんで。消えちゃうの…?」

──彼が今にも消滅しようとしているということは、一目瞭然だった。
あまりにも唐突なことに愕然として、私はただその場に立ち竦む。
そんな私の様子を目に入れて、いつもだったらケラケラと子供のように笑っていただろう男神は、慈愛に満ちたかのような大人びた笑みを湛えるだけだった。
突如一変しすぎた状況と彼の様子を視界に入れ、私は冷静になれず唇を戦慄かせる。
…違う、前兆はあったのかもしれない。いつもとは違う些細な言動や些細な出来事はちらほら積み重なっていた。
けれどそれが、彼が消え行く前兆だなんて思うはずがない。
心の準備など何も出来なかった私を、彼はあっさりと突き放した。

「そうだ、お前はそれを喜べばいい」
「……そんなの、わたし、喜べないってわかってるのに」

なんでそんなことを言うのかと続けようとしたけど、上手く言葉にはならずに歪な息だけが漏れ出た。
彼は私の醜い所、意地汚い願望を知っている。
だからこそ今、こんな顔をして震えているんだと分かっているはずなのに。

「今や薄い、浅いと言ったお前の想いだけで存続されてる。笑い種だな」
「……」
「そんな惨めになるくらいなら、消えてしまいたいなあ」
「…そんな風に、思ってもないくせに」

声は明るく茶化したつもりだっのに震えていた。彼を憐む瞳が揺れた。
それを不敬だと怒ることもない。
大昔から変わらない。無礼を働こうと何をしても、怒っても笑ってもそれでいいと言ったあの時から。ずっと何も変わらないと思っていた。
けれど、男神の中ではずっと変化し続けていたものがあったんだろう。
「俺も変わらざるを得ない」と言っていたのを思い出した。
彼は徐々に時間の降り積もりと共に変化して行ったというのに、私はあれから何を変えられただろう。ただずっと同じことだけを願っている。

「お前の執念は見届けた。行動、言葉、心、その全てで示された。見逃してやるさ、約束は違えない。惨めだろうとなんだろうと、曲がりなりにも神なのだから」

この日、この時彼が消えるに当たって、それられしい大義名分を掲げたけど、きっとそれがすべてじゃないはずだ。そんなことどうでもいいはずだ。
もしもあの時私と出会わなくたって、彼が他者と壁を作らなけば誰かがここに足繁く通って、日々敬い捧げ続けただろうし、それだけで十分存続できたはずだった。

「あなたは強かったんでしょ、力があったんでしょ、よくも悪くも」
「そうかな」
「あなたに居てほしいと願った人は、きっと沢山いたはずなのに」
「さあ」
「居続けようと足掻かなかったのはあなたの方でしょう。……本当は、消えるのは仕方がないことなんかじゃないんでしょう」
「どうだろう」
「……そうやってのらりくらりと交わしてばっかりだから、心が枯れちゃうんだよ」
「それは、そうかもな。もうずっと退屈だったから」
「……私じゃだめだったの?」

自惚れたような傲慢な事を言ったと自分で思ったし、男神もそれが思い上がった物言いだと分かりつつ、それでも咎めることなくただ静かに否定した。

「お前という存在ひとつで何百何千と十分に集められたとして、それに価値なんてない。お前に敬虔にされようが、本当に沢山の人間に崇められようが、もうそれに意味はなかった」
「……なんでなの」
「楽しくはない。…違う、特別楽しくなくなった。お前の言う通りにいつの間にか枯れてしまったんだろう」

自分というものは楽しくなければ居られない性質をしているくせに、言霊を侮った自業自得なんだと笑う。
唄うように楽しそうに喋る。姿も何もあの頃と変わらないと私は感じるのに、彼の中身は変わり果てた。
しかしそれは悲壮感に塗れたものではなくて、達成感や充実感で満ちたりた物なのだから、何を気に止むことがあるんだと彼は私を諭す。

「もういいと満足して消えれるんだ。上出来だろう」
「……そうなの?本当にそう?」
「そうだ。お前で時間をつぶしているうちに、よくも悪くも腑抜けた。……ほんの少しのことで満足できるようになれていた」

彼はいい面も悪い面もある両極端な神だったけど、元からそういう気性だったというよりも、あの頃荒れ狂うだけの何かがあったのかもしれない。
私ひとりだけの存在で保ち続け、隔絶された空間で静かにぼんやりと過ごすうちに、心の中で区切りがついたんだと彼はその胸中を語った。
おそらく今彼が言った、時間の経過だけが理由なんじゃなくて、女神様の件も起因しているんだろうなと言われずとも察する。
──彼のいう、少しの満足感で胸いっぱいに満たされている所を、私はこの目で見届けた。
幸福そうなあの時の彼の表情は嘘ではなかったのだ。

本人はそうやって納得できても、急に語られたこちらは困惑するしかないのに。
…もしも私が白澤さんの所に足を向けて忠告されなければ、今この瞬間に彼は独りで消えていたんだろうか。
私は約束を違えないようにといつも通りにやってきて、ただの抜け殻になった空間をみて愕然として、ここで膝をついていたんだろうか。
その時私が抱くのは戸惑いではなく、歓喜でもなく、ただの虚しさだ。絶望だ。消え去るものを目にした時の喪失感でいっぱいになるのだ。

「…本当はこうやってなんでもない日に、なんでもないように、流されて消えてしまいたいと思っていた」
「……」
「恨みとか怒りとか、色んなものが重しになって消えられなかった」
「……今は?」
「どうでもよくなった。そんなこと些事だと思えるようになった」
「……どうして」
「さあ。別に投げやりになったんでもないし、面倒になったんでもないし、受けた仕打ちを忘れた訳でもない」
「…、満たされたから?それで全部帳消しになった?」
「さあ」

過去に何があったのだと聞くのも野暮だろう。
今ここに居る彼がこう思っていて話していて、私がこう感じている。それが全てだった。
聞いたって知ったって意味がないのと一緒で、止めたって言葉を重ねたって無意味なのだとわかる。
私と過ごした何千年。彼は消えゆくため準備期間がほしくて、私はそれをほんの少し助ける存在として必要とされた。
最期の一押しが、あの女神様の存在だったのだろう。
私が彼に語った女神様の一部始終。
そのほんの少しの中の、何がそんなに嬉しかったのかは分からない。
いいように利用され自分本位に縛り付けられているんだとは知っていたけど、…知ったばかりだったけど。
それの本質はこうだった。こんな形をしていて、彼はずっとそんな思いでいて、最期にこんな風に転ぶなんて思うはずもなかった。
聞かなかったから?疑問にも思わなかったから?疑問に思った所で教えてくれたの。
今みたいに、のらりくらりと交わしたんでしょう。きっとそうでしょう。そんなの。

「ひどい」

涙がぼろぼろとこぼれて絶えず頬を伝った。
嗚咽も出ないまま、感情が高ぶることもないまま、ただ涙がだけが止まらなくて、悲しいと訴えていた。
心も身体も理解も追いつかずバラバラなのだとわかる。

「私はしにたくなんかない、消えたくなんてない」

私がおそらく唯一抱えている強い衝動、欲求がそれだ。
私はまだいきていたい。しぬのは怖い。きえるのは怖い。生きることに満足できない。居続けたい。
自ら満足して命を絶つなんて、まだできるはずがない。

「知っている」

私が今の彼の姿に自分を重ねて、いつかの時を想像して泣いているのだと彼は分かっている。
──私が一番恐れている消失というものを、親しんだ彼が迎える事実に絶望しているとわかっていながら、なんでもないように笑うのだ。
私が彼を引き止めたくてたまらないのも、それがもう無駄なのだと悟ったことさえも知ってる。
私がこれから先どれだけ苦しむのかも理解していながら、それを踏みにじって消え行くりだ。
…ああ、それは違うか。せめて死に様は見せつけないようにと配慮して、なんでもない日に、なんでもないように、何も言わず消えようとしたのかもしれない。
ここに来たのは私の独断で、白澤さんをきっかけにした気まぐれで、この男神からしたら予想外の訪問だったはずだった。

「……わたしは、…でも…」

咄嗟に何か口にしようとして、そのまま何を言いだそうとしたのかも分からないまま口を噤む。
少し出た言葉だけでも支離滅裂にしかならない事は分かって、そんなぐちゃぐちゃな思いを飲み込んだ。口から飛び出したくなる衝動を殺して、私は顔を覆って啜り泣いた。
肩を叩いてくれることもなく寄り添ってくれる事もなく、ただ消え行く彼は膝をついた私を見下ろす、見守る。

「……今は、幸せ?」
「少しだけ幸せになれた」
「ほんとに?」
「…欲を言えば、お前のように価値あるものにしてやりたかった」
「……」

価値あるものになりたいと泣いていた美しい人が脳裏に過った。
ああやっぱりあのひとが恋しいのだ。あのひとが彼の重しで恨みで執着で未練だったのだ。
私は彼らが羨むだけの何になれたんだろう。何も分からないし、分からせようともしないまま、私も分かろうともしないままに別れようとしている。
男神の輪郭がとうとうぼやけてさらさらと粒子に変わってきた頃、ずっと私を見下ろしていた彼は傍に膝をついた。
私と視線が近くなる。赤い瞳と目が合ったのは一瞬で、次の瞬間ゆるりと瞼が閉じられたのを捉える。

「ああ、とっくに死んでしまえばよかった」

おかしそうに笑う彼のその瞼は、もう二度と開かないのだろうと思うとまた哀しくなってしまって、縋るように彼に手を伸ばす。

「道連れにしてやれたらよかった」

ぽつぽつ笑いながら言うそれは、感傷的な後悔のようなのに、やり切れた充実感で満たされているかのようだった。
頬に触れた私の手に彼の手が添えられた。もう温度もない手の平から、暖かいものが流れ込んでくる。

「これで最期だ」

きらきらと眩い光を漏らしながら入り込んでくるそれは、いつか受け取った神様からの施しだ。あの時は気まぐれに縁結びをされたようだけど、今度は何をされたんだろう。
こんなに綺麗で暖かいものだから、罰や呪いなはずがなくて、祝福であることは間違いがなかった。
最期だからとそんな風に優しく施すなんてずるい。ずるい。

「………おや、すみ」

だったら私だって、特別なものを渡し施し、別れを告げるしかない。
この言葉はとっておきで、一度目の人生を除けば、たったひとりに対してしか言ったことはない特別な一言だった。
他の人の挨拶ではじゃあねと手を振るだけで留めて、出し惜しみをして大切に大切に暖めてきたのだ。
だからこそ今、愛憎をこめてどうしても使いたくなった。
彼は確かに人を害し苦痛に歪ませることを好む邪神であり、人びとの暮らしを見守ってきた正しき優しき神でもある。
私にも優しさと残酷さ、両極端なものを与え続けた。それが愛しくて憎くて、苦しくて嬉しい。ごちゃ混ぜになってしまったこの感情をなんと呼べばいいのかもうよく分からない。
けれど彼が消えてしまう事がただひたすら、悲しくて虚しいのだと分かる。

「ああ、おやすみ」

最後まで愉快そうにして、無念も未練も何もない響きで一言別れを告げて、そのまま光の粒に変わってしまった。




「……なにもない」

何も残らない。
光は風に運ばれる花びらのように流されて、そのままどこかへ消えて、どこにも戻らず朽ちていく。
私は死ぬ、消えるということはそういうことなのだと知っていた。
神様が消えるとどうなるんだろう。生まれ変わりはあるんだろうか。さらさらと砂のように細れていき、輝きに消えていく彼を最期まで見送りながら考えた。
あの世とはここのことで、ここで消失したものはどこへ行くんだろう。

──私はいつかどこへ消えてなくなっていくんだろう。
恐らく長い間ぽっかりと孤立していた彼を心から惜しむのものは、この世で私かあの女神様くらいしかいないだろう。
あの女神様は、消えた彼のことを一生知らないまま生きていくのだろうか。
風の噂がいつか届くのだろうか。
その事実が悲しくて、涙が溢れてきて、胸が痛んで、これが未来の私の姿かもしれないと重ね合せては辛くてたまらなくなった。

「うっ…うぅ…」

嗚咽がもれて止まらない。拭っても拭っても涙はとまらなくて着物に染みを作る。
願っていたことのはずなのになあ、とおかしく思う。
月に一度の報告会。意志表明の場。彼との約束。
約束を守る必要のなくなった今、私はもう死なずに済む。縛られずに済む事を喜べばいいと思うのにそれができない。
彼のおかげでというのも語弊があるけど、私は二度目の人生を永く生きてきた。
あの時はこんな理不尽なのは嫌で、まだ短すぎて、まだ物足りなくて。一生懸命いきていたいんだと抵抗したけど。

──じゃあ今だったら満足ができたの?もういいよと言えるべきなんだろうか。
彼の全ては存在の痕跡も残さず全部光に消えてしまった。
この社もそのうち無秩序に伸びた草木に塗れて何もわからなくなっていく、手入れされない建物は朽ちていく。ここには何も残らない。
なのに私の胸にあいた風穴はずっと塞がらないまま痛み続けるのだ。なんてひどい話なんだろう。

「……おやすみなさい」

もう一度。風にかき消されそうなほど小さな二度目を呟いた。
記憶の中に爪痕を残されて、私は定期的に悼むのかもしれない。不意に彼の声が鮮明に蘇って、わっと泣き出すことがあるのかもしれない。
わからない。喪失感に耐えられずいつか崩壊してしまいそうだ。
彼はそんな風に誰かに惜しんでほしいと思うのか、忘れてほしいと思うのかも分からない。

日が暮れるまで泣いて、涙が枯れた後はぼーっと辺りを眺めて、夕暮れに夜の色が差し込んできた頃にやっとその場を後にした。
私から見れば彼は、「彼が望んだ通りに満足して朽ちていった」。
──しかしその捉え方は外から見れば一変するのだと、そう時間も経たないうちに知ることになる。

2019.1.16