第五話
1. 生贄?のかみさま。
黒い髪がコンクリートの上に散らばっていた。
毛先は跳ねていて、広がる血に染まってさらに見栄えが悪くなっている。
その髪の持ち主はごろりと力なく地に伏していて、瞼は開かない。

持ち主の名前は■■■■という。
どこにでもいる通勤途中の、いや通学途中の…通院中の…。…よくわからないけど、
朝の決まった時間に、多くの人がそうするようにどこかへ迎う途中だった、平凡な女だった。

──私は横たわる私のことを、茫然と見下ろしていた。
見下ろす私はもちろん地面に足をついて、立っている。


「ほしいものはなんですか?」


声の方を振り返ると、にこにこと笑みを絶やさない人がいた。

あまりにも突然のことだった。心の準備さえさせてもらえなかった。
予想よりもとても速いことだった。
私が潔く終わる決意を固めよう粘ったとしても、不意打ちをされたら作り立てのソレはすぐに崩れ去る。
違う。私はまだ、まだ、もう少しだけ、もう少しだけなら生きていられたはずだったのに。
こんな形で終わる予定ではなかったのに。私はいつの日か理想に近い形で終わりを迎えられたはずだったのに。


「ほしいものは、ありますよね?」


確信をもって再び問い重ねられる。
倒れ伏す私を囲む野次馬と、悲鳴とシャッター音と耳元でバタバタと煩い足音と喧噪と。
ああ耳元ってどこなんだ。これは倒れてる方の私から聞こえてる音なのか。
声はどこか膜が張っていて遠くから聞こえるように感じているのに、
足音だけが警鐘するように煩いまま。


「あります」


立ち尽くす私は、何度も何度も頷いた。伝わるように。伝えるために。
私の意志は願いは確かにここにあると。


「ほしいものは、なんですか」


にこにこ。その人は笑みを絶やさないままもう一度だけ問いかけた。

──決まっている。
私は迷わず、「命がほしい」と願いを口にした。


2018.10.21