第四十八話
3.地獄座敷童
現世の大手企業の倒産…などという記事が見出しになっていた新聞を広げ歩いていると、お人形を持ってきゃっきゃと笑って歩く鬼の女の子とすれ違った。
その小さな手で親にねだって買ってもらったらしい市松人形を抱え上げていて、どこか虚ろな目をした日本人形と、きらきらした目をした子供というアンバランスさに少し引いた。

店内を除いてみると、あの子が持っていたものと比べ物にならないデカい人形がズラッとならんでいて、内心で小さく悲鳴を上げてしまった。
怖い怖いこわい。鬼ってこんなん可愛いと思えるのか。あんな風にはしゃげるもんなの?
いつまでも髪が伸びるって絶対利点じゃない。
無限美容院ごっこが出来る人形持たされても別に嬉しくないし、ソレもう罰ゲームの域に入ってると思う。正気の沙汰じゃない。

「スミマセン「きせかえお松」二つください」

背後から聞こえてきた声を受け、俺からからするとまた正気には思えない客がきてしまったとげんなりした。
感性は人それぞれ、合わん時は合わん物だと分かってはいても、いや地獄の人たちって大抵大人も子供も感性凄いことになってるよなと引け腰になってしまうのだ。

「…え」

そして引け腰になりつつも振り返ったとき、信じられないものをみた。
鬼灯さんの肩の上に、腰元に、等身大リアルお松人形のようなものが張り付いていたのだ。
こちらをじっと見て視線を離さない。
…これは人形じゃなくてただの子供か。この子ら鬼灯さんの隠し子か何かか?と思うくらい雰囲気が似ていて、表情がぴくりともしない。
三人揃ってそうな物だから、こっちは蛇に睨まれた蛙のような気持ちでいた。
いやいやなんで見てんの。なんで無言なの。にこやかにしてくれなんて愛想求めたりしないからせめてその目やめてくれよと切望していると、背の高い鬼灯様の後ろに隠れて見えなかった影が表に現れた。見覚えのある女性が店内を珍し気に見渡して、こちらとぱちりと目が合う。

「あ、ええと…桃太郎さんですよね」
「あ、ども」

ぱちぱちと目を瞬かせたあと「久しぶりですねー」と柔らかく目を細め笑い挨拶してくれた。虚ろな目しか鎮座してない空間に一筋の光がさした…生気が宿った…と変な感動をした。
ここの店員も楽しそうに接客してくれたけど、この人形片手に魅力をアピールしている時点で正気だとは思えなかったのだ。

「今日はどうされたんですか。お買いもの?」
「あ、いえ通りがかっただけなんすけど…」

ちらりと店内と、人形を購入している鬼灯さんの辺りをみると、彼女は色んなことを察したようで苦笑した。
…察せるということは、この人はこの人形が人によっては不気味に映ることがあるという理解がある訳で。味方ができたようでホッと安心する。
鬼灯さんは理解がないんだか確信犯なのか分からず読めない表情のまま、傍らの少女達について説明してくれた。

「座敷童です」
「ああなんだ座敷童…座敷童!?」
「ええ現世で住める所がなくなってきましてね。この度あの世にやって来た子達です」

ひええと驚きながらその子らを見るけど、とても妖怪には見えず、本当にただの子供の姿をしていた。

「一瞬鬼灯さんの子かと…」
「違いますよ」

まあ妻帯者には見えないしそうだなと思いつつ、いやいや未婚の隠し子だっていう可能性もあると思いつつ。この人の人となりも交友関係もよくわからない。
話す機会はなんやかんやちょくちょくあるけど、職場も違うし、そもそも拠点が天国と地獄でまるきり違う。親しい仲とは言えない。
なので、たまに見かける機会のあるこの女性がいったい誰でなんなのかもよくわからないまま、彼女とは顔と名前だけを知っている、まさに顔見知り状態になっていた。
いや鬼灯さんとアレな感じになっているひとだという事は散々あったから知ってる。けれどそれ以外を知らないのだ。
ちらりと二人に視線を向けるも、改めて聞ける感じでもない。
穏やかな常識人と、無愛想な非常識人が隣り合ってるというのは何とも奇妙な光景だった。

「私現世に行った際に、廃墟や墓場を散策するのが好きなのですが…」
「イヤな趣味だなオイ」
「廃墟の中に入るの、危ないからやめようよって言ってるのに」
「そういう問題か?」


この女性、常識はありつつもどこかズレているのだろうなということは理解した。
つーかじゃあ中に入らないならその趣味をいいと思えるのか。
うそうそ冗談ーとけらけら笑いだした所をみて、ああこの人愉快犯かとまたちょっとした理解を深めた。
岩手に視察にいった際にとある廃墟に立ち寄り、記念撮影を行うとこの座敷童が映りこんできたと語る。
それおちゃめな悪戯じゃなくて悪質ないたずらじゃねえか。ビビリや心霊嫌いな人にちょっぴりの罪悪感もないのかと神経を疑う。

そんな可愛らしい子供の座敷童は本来人のいる家に住む妖怪であり、普通廃墟にいるようなことはない。住める所がなくなってしまったので、彼女らはそこに居ざるを得なかったらしい。
「あたしたちのおうち…しらない…?」とホラー漫画のようなシチュエーションと佇まいで聞かれて、当たり前のようにお持ち帰りしてきた鬼灯さんは、やっぱり常人とは神経が違うようだった。

「何が怖いんですか、彼女たちは福を呼ぶ妖怪ですよ」
「人形みたいで怖いんスよ!」
「人形の何が怖いんですか?」
「焦点が何かあってない所ッす!」

俺達の問答を見て彼女は苦笑しつつ、穏やかな表情で座敷童の二人を構っていた。
「後で髪切ってみよっか」と座敷童の二人に遊びの提案してをしている。
これが呪いを纏ったかのようなお松人形のことでなければただ微笑ましかったというのに。

「一応合ってるよね、焦点」
「一応とか言っちゃってんじゃねえか」
「鬼灯くんだってとりあえずは合ってるし」
「あ〜とりあえず合ってるな〜って思いながら普段この人と話してたの!?」

そんなふんわりした確信しか持てんまま、いつも隣でにこにこしてたのかこの人。
彼女はあははとおかしそうに笑い、鬼灯さんは冷めた目でしらりと見ていた。
そりゃ彼女にからかわれたこっちのからしたら呆れたくもなるけど、被害被ってない鬼灯さんはなんでそんな目してんだ…あ、鬼灯さんにとっても酷い言い草だったからか。
なんかやっぱりこの人たちがよくわからない。

「それに加えて双子・オカッパ・女の童って所が妙に意味深すぎて…」

彼女に構われていた座敷童がふと視線をあげて見あげてきた。
どこに焦点が合っているのかわからず、後ろに何かあるのか?と振り返る。

「え?何みてんの?…俺?何?後ろ?」
「えーなになに」

目線を合わせるようにしゃがみこんでいた彼女もまた同じような反応をしていて、揃ってきょろきょろとしているうちにパン!という乾いた音が木霊した。
ギャアと悲鳴を上げ座敷童と鬼灯さんの方を振り返ると、鬼灯さんが手を合わせて拍手するようなポーズをとっている。
それだけで子供のようなおどかしを仕掛けてきたのだとすぐにわかった。

「何すんだアンタ!!」
「すみません、つい」
「何なんだよ!この双子もどこ見てたんだよ!エキセントリック不思議幼女め!三人して無表情やめろ!」

三人に含まれていない残る彼女はというと、驚いた様子で両手で耳を塞いでいた。
見ろこの健常な反応を。
至って平凡で取りたてて言うことではないのかもしれないけど、この不思議ちゃんの隣にいると逆に普通すぎて違和感なくらいだった。
…いやマジでなんでこの人こんなとこにいんだろ。鬼灯さんの幼馴染とか遠い親類とかなんとか聞いた気がするけど。
こう見えてなんかエキセントリックな裏の顔でもあんのかな。イヤだな。人が信じられなくなりそうだ。

「…そういやサラッと流しちゃいましたけど、座敷童って福を運ぶんですか」
「そうですよ」
「初耳だよねー」

のんびりとした相槌を打ってきた彼女をスルーして、鬼灯さんは座敷童とはなんたるかを説明しだして、彼女また気にした様子もなく座敷童を構っていた。
なんだろう自由人なのかなこの人ら。
発展途上にある商家を好んで住み着き繁盛を招くイタズラ好きの妖怪で、しかし家人が努力をやめて堕落しだした途端に出てってしまうらしい。そしてその商家は没落すると。

「そういうシビアでシニカルな所私大好きです。お小遣いあげちゃいます」
「姪っ子に甘い親戚のオッサン」
「鬼灯くん私も私も」

知り合いの意外な一面を見た気分だった。鬼灯さんは小銭を座敷童の手に乗せている。
場の流れにノッて彼女もねだるように手を差し出していたが、
冷たい目をした鬼灯さんが彼女の手に乗せたのはお松人形の領収書だった。対応がえらくシビアだ。
そんでアンタも素直に受けとんのかよ。支払うんかい。姪っ子にあまい親戚のおばちゃんか。

この座敷童二人は大手企業を転々としつつも長居は出来なかったのだと聞いて、新聞に載っていた、現世の会社が続々倒産したという記事が脳裏によぎる。話が繋がった。
これからは現世から撤退し、地獄で住居探しをするという座敷童。
暗い奥座敷がすきな座敷童にとっても妖怪にとっても、四六時中明るい現世というのは住みにくい世に変貌しているようだった。
暗がりを怖がる人間の本能が彼らに明かりを灯させる。
なら地獄はますます暗がりをウリにしていかなければと鬼灯さんは言う。


「さて、この子たちの住む家を探さなくては」

ではまた、と座敷童を左右にはべらせながら鬼灯さんは去っていった。
彼女もこちらにぺこりと会釈して、ついでにばいばいと手を振ってきたのでつられて振り返した。
背中が小さくなってもなんとなくぽけっと二人(+子供二人)を眺めていた。
途中で彼女がおいでおいでと手を伸ばすと、座敷童も素直に呼び寄せられているのが見えた。
なんやかんや鬼灯さんだけでなく、あの人にも懐いているのかもしれない。
世知辛いのは現世の人間もそうなのかもしれないけど、オバケが肩身狭く住む所もなくなったというのも悲しいことだなと少し感傷的になった。

住み込みで働いている住居兼職場に帰った夜、就寝しようとした俺の枕元に座敷童が佇んでいたことに気づいた瞬間、その感傷もなくなる。
鬼灯さんが企てた悪戯にならない悪戯だった。
吉兆の神獣の店VS座敷童とか企てんのやめてほしい。ウチの上司が負けたら俺の生活にもダイレクトに響くじゃねえか。

2019.1.13