第四十三話
3.地獄─神の評価
彼女は今もあの男神の処へ通っては帰るという行為を繰り返している。
昔のように二週間三週間ぽっかり消えてなくなることはなかったけど、それでも二日三日は確実に帰ってこない。
今では休日を潰すか、休暇を取るか調整に頭を悩ませながら向かう始末だ。
どうしても纏まった時間滞在できない時は、仕事終わりの深夜に飛び込んで、次の日の朝に帰って来ることもある。
「一分も滞在しなかった」と疲れた顔をしていた。その次の月は、流石に目に余るということでいつもより長く滞在させられたようでしたけど。
こんなことがいつまで続くのでしょう。
昔とは違い地獄や天国の境目がしっかりして、神も妖怪も亡者も秩序もって行き来するようになってきて、現世への立ち入りにも厳しくなった。
仕事柄神仏の顔見知りもいつの間にか多くなり、昔から謎に思っていたことを、特別気負うことなく投げかけることが出来た。
「なぜあの子に拘るのか?」という疑問を。
初対面で例外なく彼女は神仏の類に気に入られるのだ。
大抵は友好的で害しては来ず、無償で見守ろるような穏やかな姿勢すら見せると膨大な時間をかけて検証済みなので、今は昔ほど警戒はしていませんでしたが。
しかしあの男神の前例もある。アレが捻くれていただけという可能性もあるけど、神と名のつくものの目をよくも悪くも目を惹いてしまうという事実は変わらないのでした。
「弱々しいよね」
「幸薄そうっていうか庇護欲が湧くっていうか」
「ハラハラする」
「見守りたくなる感じ」
「でも私達があんまり触れたらあの子火傷するだろうし、いや冗談じゃなくてー」
本物の神(複数)からたっぷり証言が取れた今、とれる手段がいくつか浮かんだ。
その中でも一番際どいものが逆に最善なのではないかと思った。
絡まれるなら絡みに行けだ。逃げられると追いたくなる心理は痛いほどわかる。獲物がいたなら捕りたくなる。カモがネギをしょっていればすぐさま煮たい。
ならば、もういっそ有難味を無くしてしまえばいい。
今は昔のような無法地帯ではなく制限も多くできていて、それを逆手に取れば盾ならいくらでも作れるのです。
これまでは上手く距離を取る策を練っていたけど、おそらくこちらの方が無難なんでしょう。
有難味が薄れれば、等しく接するならば、慢心して奪おうとする気もそう起らなくなるだろうと。
あの男神は守り神だと敬われ信仰されつつも、人を積極的に害そうとする一面もあったし、あの頃は色んなものが一番入り乱れていた時代だった。
しかし今やどんな邪神でさえ秩序もって生活している。この対処で大抵は問題はなかった。…大抵は。
「お香ちゃんちゃん〜、久しぶりだね〜二人とも今日もかわいいなぁ」
積極的に悪質に絡みに来る女たらしの神獣だけは別だった。
どこか彼女に近づくことに引け目を感じている神々と違い、近づくことに躊躇いがないようでした。
どうしようかと何か判断対処に迷う素振りは少しも見せない。膨大な知識を有するモノならば、彼女とうまく距離を取る術をわかっているのかもしれない。
お香さんと何か約束でもしていたのか、あの子は腕に紙袋を抱えてやってきて、さっそく神獣に絡まれていた。
お香さんのことを普段から熱心に口説いているので、二人セットで遭遇出来てこれ幸いと言わんばかりだった。
「アラ無料なの?」
「そう、色々相談にも乗るよ〜」
大きな薬箱に、漢方薬局無料診断という文字が綴られた旗をはためかせ、衆合地獄の花街の一角を陣取り薬を煎じていた。
「そうねえ〜お口に利く薬なんて…ないわよねえ…」
「お口?口内炎?虫歯?」
お香さんの意味深に沈んだ声からしてそんな単純なモノではないと分かるだろうに、あの子は今日も思いつくまま適当なことをほざいていた。
天然ではない、空気が読めないのでもない、あれは絶妙なバランスで自分のテンポを崩さない子だった。
ソレじゃ薬局か歯科にでもかかれば事足りるだろうというツッコミを入れるものはいませんでした。
「つまり…口を塞いじゃうみたいな?」
「?瞬間接着剤みたいな…?」
「まァないわよねェ、ごめんなさい冗談よ」
「?」
「ううん、ちょっとウチの従業員の一人がね…」
口から出るのは芸能人やら他人の悪口・批判ばかり言うという同僚に頭を悩ませられているらしいお香さん。
イライラに利く薬はあるけれどと提案されても、それは自分にも跳ね返ってくることだと集まっていた女性達も目をそらしていました。虫の居所が悪いときというのは誰にでもあるもので、男女問わず耳に痛くなる話です。
そういうのはコンプレックスがどうの、自己愛の強さや自尊心の保ち方がどうのと、ヒトの精神的な所を語るので、疑問を抱いたらしいあの子が訪ね事をした。
「あなたは心も診れるんですか?」
「ううん、僕は漢方の薬剤師だから詳しくはないけど…あ、でも夜の方でイラついてんならいい薬が…」
昼間の大通りで放つには相応しくないジョークを口からこぼした瞬間、ヤツの首を背後から締め上げた。
「謎のツボを押された…」
「頸動脈だと思います」
「このまま衆合地獄に落とせたら嬉しいのですが」
まずあなたの口を瞬間接着した方がいいんじゃないですかと提案しておく。
倒れ込み泡を吹くそいつの傍にしゃがみこみ言うお香さんと、懐から黙々とハンカチを取り出し差し出すあの子。
突如話していた相手が目の前で倒れ込んだことにも、私の登場に驚きもせず、一切テンポを崩さない。
…普段まったく驚かない訳ではないし、平然としているときでも内心では逐一反応しているんでしょうけど、あまり深追いしない性質といえばいいのでしょうか。
「このモンペ野郎…」
「なんのことやら」
地に這ったまま、こちらを睨み上げ恨み言を吐き出した。
白を切ると未だ泡を吹かせたまま鬼めと罵倒して来る。
なんのことを言いたいのかはわかりますけども、果たしてそれをモンペ行動と分類していいのかどうか。その辺は分かりかねる。
「悪口は地獄では重い罪なんですよね」
"悪い言葉"に関する地獄は複数ある。言い方と内容で人を殺せますから。
人を非難し傷つける言葉も悪い言葉だし、例えばさっきのモンペ野郎なんかも悪い言葉に分類されるでしょう。
それで私は傷つきやしませんけど。
言葉で心を傷つけるというのは、刃物で身体を傷つけたも同然なのでしょう。
そう考えればたかが一言、されど一言。罪状が重くなるのも道理です。
そこから彼女たちからもバックヤードの店員とか嫁姑小舅とか?と例を持ち出され、妙な話題に華が咲いた。
そこでふと、未だにしゃがみこみへえ〜とぼんやり相槌を打ってるこの子から、悪口らしい悪口が出て来るのを聞いたことがないなと思い出した。
さっきまで隣にいたゴンという野干の男は、「滅多に人の悪口を言わない人だから可愛い子が寄ってくんのよ」とあの神獣を指して言っていたけど。
その理屈でいえばなるほど、だからこの子が一番懐き親しくしている友人はお香さんなんでしょうねと納得しました。
穏やかなお香さんから出て来る言葉は同じように穏やかなものばかりなので、お互いそういう所が合ったのでしょう。
なるほどと納得していた私の視線に気が付いたようで、こちらを見あげた。
「なに?」
「へえと思って」
「へえって」
我ながら妙な物言をしていると思える返答に対しても、不思議そうに首を傾げることはあってもそれ以上深く追求はしませんでした。
天国の脳ミソ綿あめだとか地獄の脳ミソ鳥兜だのと私達が悪口雑言吐き出し始めても平然としていて、仲裁するでもなく嫌そうにするでもなくただ観戦していました。
度がすぎればやめなよとストップをかけて来ることがあるけど、未だに本気の待ったをかけられたことも叱りを受けたこともない。
喜怒哀楽もきちんと働いて、泣きも笑いも怒りもするけれど、どこか起伏が少なく平坦。イライラしがちな人とは正反対な気質を持っているのだろうと分析する。
それもそれで問題でしょう。鬼たるもの容赦せず残酷に厳しくしてしかるべき。
容赦ばかりがそこにあり、反発精神闘争心がないのはそこの辺が関わっているのかもしれない。
言い合いから発展してついに手が出て、私がそこらの家を掴んでひっくり返したのを見て、ひとしきり一悶着起こし終わった頃になりようやく一言コメントを残した。
「人の物壊すのはだめでしょ」
お香さんがあまりに雑な咎め様に苦笑している。
無残になった建物をもう一度見渡しながら苦く言った。
「物って言っていいのかしらね…」
「まぁ人の物といえば物でしょうね」
「でしょ」
この子はこうして適切ではないとわかりつつも、そして周囲がそこに食いつくのを見越しつつも、思いついた言葉を好きなように放つのでした。
強引にこちらを頷かせ、ビシッと指を立てしたり顔をしているけど別に何も上手いことは言っていない。
蜘蛛の子が散るように客も、ついでに脳みそ綿飴なやつも散って行き、騒ぎもおさまった後、付近に残っているのはお香さんとこの子のみだった。
「あっそうだ私届け物にきたのに」
すると急にハッとした彼女は、ずっと抱えていた紙袋を今更持ち上げお香さんに差し出した。
どうしてこう…この緩いままを崩さないのでしょう。だからこそあの記録課に留まりながら平常でいられるんでしょうけど。
お香さんもお香さんで「あらありがとう」と朗らかに穏やかに笑っていた。なるほど類友。
「これがのお気に入り?」
「そうそう。洋菓子大丈夫?」
「洋菓子好きよ。和菓子もすきだけど」
「美味しいものは皆おいしいしねえ」
よくわからない謎の感想で締めくくりつつ、紙袋をもう一つこちらに差し出してきた。
「あ、鬼灯くんにもあげるね」
「お香さんのついででしょう」
「別についででもいいでしょう」
「子供みたいなこと言うわねえ」
とってつけたように差し出されて思わず言うと、二人揃って茶々を入れてきた。
女子が手を組むと厄介でした。別に拗ねてないけれど訂正するのも面倒臭いので言わせっぱなしで流す。
…本当に何故このマイペースだけが一番の取り柄みたいな、特に華も個性もない子を神は気に入るのだろうと未だに謎が残る。
隣にいるお香さんのような、一般的に美人と言われる気立てのいい女性を神は喜ぶのだとして捧げられたりされなかったりするのですけど。神が自ら選ぶのがコレとはいったい。
その辺り理由を聞いても「なんとなく…」とか「可愛くて…」とか漠然としたことしか出て来ない神々が多かった。
気になるからと言って、確実に現象を具体的に捉え理解しているだろう知識の神に聞くのは癪に障る所の話ではなく、質問したことは一度もありませんでした。
背に腹はかえられないとは言うけど、今はさして切迫した状態でもない。
これから二度とアレとこの子について話し合うつもりなどない…つもりでした。
3.地獄─神の評価
彼女は今もあの男神の処へ通っては帰るという行為を繰り返している。
昔のように二週間三週間ぽっかり消えてなくなることはなかったけど、それでも二日三日は確実に帰ってこない。
今では休日を潰すか、休暇を取るか調整に頭を悩ませながら向かう始末だ。
どうしても纏まった時間滞在できない時は、仕事終わりの深夜に飛び込んで、次の日の朝に帰って来ることもある。
「一分も滞在しなかった」と疲れた顔をしていた。その次の月は、流石に目に余るということでいつもより長く滞在させられたようでしたけど。
こんなことがいつまで続くのでしょう。
昔とは違い地獄や天国の境目がしっかりして、神も妖怪も亡者も秩序もって行き来するようになってきて、現世への立ち入りにも厳しくなった。
仕事柄神仏の顔見知りもいつの間にか多くなり、昔から謎に思っていたことを、特別気負うことなく投げかけることが出来た。
「なぜあの子に拘るのか?」という疑問を。
初対面で例外なく彼女は神仏の類に気に入られるのだ。
大抵は友好的で害しては来ず、無償で見守ろるような穏やかな姿勢すら見せると膨大な時間をかけて検証済みなので、今は昔ほど警戒はしていませんでしたが。
しかしあの男神の前例もある。アレが捻くれていただけという可能性もあるけど、神と名のつくものの目をよくも悪くも目を惹いてしまうという事実は変わらないのでした。
「弱々しいよね」
「幸薄そうっていうか庇護欲が湧くっていうか」
「ハラハラする」
「見守りたくなる感じ」
「でも私達があんまり触れたらあの子火傷するだろうし、いや冗談じゃなくてー」
本物の神(複数)からたっぷり証言が取れた今、とれる手段がいくつか浮かんだ。
その中でも一番際どいものが逆に最善なのではないかと思った。
絡まれるなら絡みに行けだ。逃げられると追いたくなる心理は痛いほどわかる。獲物がいたなら捕りたくなる。カモがネギをしょっていればすぐさま煮たい。
ならば、もういっそ有難味を無くしてしまえばいい。
今は昔のような無法地帯ではなく制限も多くできていて、それを逆手に取れば盾ならいくらでも作れるのです。
これまでは上手く距離を取る策を練っていたけど、おそらくこちらの方が無難なんでしょう。
有難味が薄れれば、等しく接するならば、慢心して奪おうとする気もそう起らなくなるだろうと。
あの男神は守り神だと敬われ信仰されつつも、人を積極的に害そうとする一面もあったし、あの頃は色んなものが一番入り乱れていた時代だった。
しかし今やどんな邪神でさえ秩序もって生活している。この対処で大抵は問題はなかった。…大抵は。
「お香ちゃんちゃん〜、久しぶりだね〜二人とも今日もかわいいなぁ」
積極的に悪質に絡みに来る女たらしの神獣だけは別だった。
どこか彼女に近づくことに引け目を感じている神々と違い、近づくことに躊躇いがないようでした。
どうしようかと何か判断対処に迷う素振りは少しも見せない。膨大な知識を有するモノならば、彼女とうまく距離を取る術をわかっているのかもしれない。
お香さんと何か約束でもしていたのか、あの子は腕に紙袋を抱えてやってきて、さっそく神獣に絡まれていた。
お香さんのことを普段から熱心に口説いているので、二人セットで遭遇出来てこれ幸いと言わんばかりだった。
「アラ無料なの?」
「そう、色々相談にも乗るよ〜」
大きな薬箱に、漢方薬局無料診断という文字が綴られた旗をはためかせ、衆合地獄の花街の一角を陣取り薬を煎じていた。
「そうねえ〜お口に利く薬なんて…ないわよねえ…」
「お口?口内炎?虫歯?」
お香さんの意味深に沈んだ声からしてそんな単純なモノではないと分かるだろうに、あの子は今日も思いつくまま適当なことをほざいていた。
天然ではない、空気が読めないのでもない、あれは絶妙なバランスで自分のテンポを崩さない子だった。
ソレじゃ薬局か歯科にでもかかれば事足りるだろうというツッコミを入れるものはいませんでした。
「つまり…口を塞いじゃうみたいな?」
「?瞬間接着剤みたいな…?」
「まァないわよねェ、ごめんなさい冗談よ」
「?」
「ううん、ちょっとウチの従業員の一人がね…」
口から出るのは芸能人やら他人の悪口・批判ばかり言うという同僚に頭を悩ませられているらしいお香さん。
イライラに利く薬はあるけれどと提案されても、それは自分にも跳ね返ってくることだと集まっていた女性達も目をそらしていました。虫の居所が悪いときというのは誰にでもあるもので、男女問わず耳に痛くなる話です。
そういうのはコンプレックスがどうの、自己愛の強さや自尊心の保ち方がどうのと、ヒトの精神的な所を語るので、疑問を抱いたらしいあの子が訪ね事をした。
「あなたは心も診れるんですか?」
「ううん、僕は漢方の薬剤師だから詳しくはないけど…あ、でも夜の方でイラついてんならいい薬が…」
昼間の大通りで放つには相応しくないジョークを口からこぼした瞬間、ヤツの首を背後から締め上げた。
「謎のツボを押された…」
「頸動脈だと思います」
「このまま衆合地獄に落とせたら嬉しいのですが」
まずあなたの口を瞬間接着した方がいいんじゃないですかと提案しておく。
倒れ込み泡を吹くそいつの傍にしゃがみこみ言うお香さんと、懐から黙々とハンカチを取り出し差し出すあの子。
突如話していた相手が目の前で倒れ込んだことにも、私の登場に驚きもせず、一切テンポを崩さない。
…普段まったく驚かない訳ではないし、平然としているときでも内心では逐一反応しているんでしょうけど、あまり深追いしない性質といえばいいのでしょうか。
「このモンペ野郎…」
「なんのことやら」
地に這ったまま、こちらを睨み上げ恨み言を吐き出した。
白を切ると未だ泡を吹かせたまま鬼めと罵倒して来る。
なんのことを言いたいのかはわかりますけども、果たしてそれをモンペ行動と分類していいのかどうか。その辺は分かりかねる。
「悪口は地獄では重い罪なんですよね」
"悪い言葉"に関する地獄は複数ある。言い方と内容で人を殺せますから。
人を非難し傷つける言葉も悪い言葉だし、例えばさっきのモンペ野郎なんかも悪い言葉に分類されるでしょう。
それで私は傷つきやしませんけど。
言葉で心を傷つけるというのは、刃物で身体を傷つけたも同然なのでしょう。
そう考えればたかが一言、されど一言。罪状が重くなるのも道理です。
そこから彼女たちからもバックヤードの店員とか嫁姑小舅とか?と例を持ち出され、妙な話題に華が咲いた。
そこでふと、未だにしゃがみこみへえ〜とぼんやり相槌を打ってるこの子から、悪口らしい悪口が出て来るのを聞いたことがないなと思い出した。
さっきまで隣にいたゴンという野干の男は、「滅多に人の悪口を言わない人だから可愛い子が寄ってくんのよ」とあの神獣を指して言っていたけど。
その理屈でいえばなるほど、だからこの子が一番懐き親しくしている友人はお香さんなんでしょうねと納得しました。
穏やかなお香さんから出て来る言葉は同じように穏やかなものばかりなので、お互いそういう所が合ったのでしょう。
なるほどと納得していた私の視線に気が付いたようで、こちらを見あげた。
「なに?」
「へえと思って」
「へえって」
我ながら妙な物言をしていると思える返答に対しても、不思議そうに首を傾げることはあってもそれ以上深く追求はしませんでした。
天国の脳ミソ綿あめだとか地獄の脳ミソ鳥兜だのと私達が悪口雑言吐き出し始めても平然としていて、仲裁するでもなく嫌そうにするでもなくただ観戦していました。
度がすぎればやめなよとストップをかけて来ることがあるけど、未だに本気の待ったをかけられたことも叱りを受けたこともない。
喜怒哀楽もきちんと働いて、泣きも笑いも怒りもするけれど、どこか起伏が少なく平坦。イライラしがちな人とは正反対な気質を持っているのだろうと分析する。
それもそれで問題でしょう。鬼たるもの容赦せず残酷に厳しくしてしかるべき。
容赦ばかりがそこにあり、反発精神闘争心がないのはそこの辺が関わっているのかもしれない。
言い合いから発展してついに手が出て、私がそこらの家を掴んでひっくり返したのを見て、ひとしきり一悶着起こし終わった頃になりようやく一言コメントを残した。
「人の物壊すのはだめでしょ」
お香さんがあまりに雑な咎め様に苦笑している。
無残になった建物をもう一度見渡しながら苦く言った。
「物って言っていいのかしらね…」
「まぁ人の物といえば物でしょうね」
「でしょ」
この子はこうして適切ではないとわかりつつも、そして周囲がそこに食いつくのを見越しつつも、思いついた言葉を好きなように放つのでした。
強引にこちらを頷かせ、ビシッと指を立てしたり顔をしているけど別に何も上手いことは言っていない。
蜘蛛の子が散るように客も、ついでに脳みそ綿飴なやつも散って行き、騒ぎもおさまった後、付近に残っているのはお香さんとこの子のみだった。
「あっそうだ私届け物にきたのに」
すると急にハッとした彼女は、ずっと抱えていた紙袋を今更持ち上げお香さんに差し出した。
どうしてこう…この緩いままを崩さないのでしょう。だからこそあの記録課に留まりながら平常でいられるんでしょうけど。
お香さんもお香さんで「あらありがとう」と朗らかに穏やかに笑っていた。なるほど類友。
「これがのお気に入り?」
「そうそう。洋菓子大丈夫?」
「洋菓子好きよ。和菓子もすきだけど」
「美味しいものは皆おいしいしねえ」
よくわからない謎の感想で締めくくりつつ、紙袋をもう一つこちらに差し出してきた。
「あ、鬼灯くんにもあげるね」
「お香さんのついででしょう」
「別についででもいいでしょう」
「子供みたいなこと言うわねえ」
とってつけたように差し出されて思わず言うと、二人揃って茶々を入れてきた。
女子が手を組むと厄介でした。別に拗ねてないけれど訂正するのも面倒臭いので言わせっぱなしで流す。
…本当に何故このマイペースだけが一番の取り柄みたいな、特に華も個性もない子を神は気に入るのだろうと未だに謎が残る。
隣にいるお香さんのような、一般的に美人と言われる気立てのいい女性を神は喜ぶのだとして捧げられたりされなかったりするのですけど。神が自ら選ぶのがコレとはいったい。
その辺り理由を聞いても「なんとなく…」とか「可愛くて…」とか漠然としたことしか出て来ない神々が多かった。
気になるからと言って、確実に現象を具体的に捉え理解しているだろう知識の神に聞くのは癪に障る所の話ではなく、質問したことは一度もありませんでした。
背に腹はかえられないとは言うけど、今はさして切迫した状態でもない。
これから二度とアレとこの子について話し合うつもりなどない…つもりでした。