第四十二話
3.地獄─嫉妬
ピークも過ぎた食堂。
おやつの時間もすぎて、しかし夕食にするにも中途半端な時間になってからここを訪れていた。
お腹はすいているけどこの時間にがっつり食べるのも気が進まなくて、デザート系にするかいや軽食にするかと迷いつつ、結局お茶だけにした。
時間帯がズレて夕食が入らなくなることを恐れたのだ。ぽつんと人がいない食堂で若干の孤独感を感じながらお茶を啜っていると、ひょこりとお香ちゃんが顔を出しきょろきょろと何かを探しているようだった。
こちらとふと目が合うと柔らかく笑った。
「よかった、見つけた」
「お香ちゃん、どうしたの」
どうやら私を探してくれていたらしく、少し息を切らしていた。もう戻らなきゃいけないのよ、と言いつつ小さな包をこちらに差し出す。
「これあげるわ。差し入れ」
「わ、ありがとう。…お菓子?」
「ええ。お昼は外で食べたんだけど、そのとき良さそうなお店を見つけたの」
「ほんと?えへへ、うれしい。今度私も贈るね。美味しいの知ってるから」
「あらありがとう、嬉しいわ」
お香ちゃんも笑う方だし、私も笑う方なので、一緒にいるといい意味で笑顔が連鎖するというか。
嬉しいという気持ちが伝わったのかお香ちゃんも嬉しそうにしていて、もっと嬉しくなった。昔からこんな風になんでもない、穏やかなやり取りをするの大好きだった。
「じゃあ、あたし行くわね」
「うん、またね」
ばいばいと手を振って見送ると、またぽつんと一人になったけど、今度はこの静寂に寂しさは感じない。
膝にある包みを見おろして、可愛い柄だなあと眺めていると、どこかからすっと手が伸びてきのが見えた。
えっと驚いた束の間にその手は包を奪い去ってしまった。
「………嫌い」
その白い手を追って顔を上げると、若い女鬼の姿が視界に入った。
音もなく静かに歩み寄ってきたようで、手を伸ばされるまで全然気が付かなかった。
浮かれて音が聞えなくなっていた可能性もあるだろうけど、それにしたって気配がなくて驚いた。
長い髪は艶があり、着物から覗く肌はどこも滑らかで、その手と同じように白く綺麗な身体の持ち主なんだろうと、服の上からでも容易く想像がついた。
なんだか人形めいてるなと思う。
彼女はお香ちゃんからの差し入れを親の仇でもみるかのような眼で睨んでから、その目をこちらへ向けた。
「私あんたのこと大ッ嫌い」
きつく低く言い放たれて、驚き硬直した。
──嫌い。
強く言い切った彼女が歪めた顔、濁った瞳には憎悪にも近いものがあるようで。
…なんだか見たことがあるなと思った。人形めいてる雰囲気も、髪も手も、その瞳の憎悪も、今彼女が腹に抱えているであろう苛立ちも。
許せないとでも言いたげなもどかしそうな姿も、全て既視感がある気がした。
いつ見聞きしたかもわからないけど、なんだか馴染みがあるなと首を傾げる。
彼女は息を吸いこんで、もう一度強い意志をこめて口を開いた。
「私、鬼灯様のことがすきなの」
茫然と座ったまま彼女を見上げていると、思いもよらないことを言われてまた驚いた。
…なぜそれを私に言うんだろう?しかもこの発言のあとに、このタイミングでこの顔で。
鬼灯くんを巡ってトラブルが起こったことは、実は過去に何度かある。
好きだから私に相談に乗ってほしいと言われたことも過去にあった。私鬼灯くんのこと好きだから!とライバル宣言されたこともあった。近くにいるのが気に食わないからと目の敵にされたこともあった。
しかし好き宣言と一緒に嫌い宣言をされた体験はない。
過去にぶつかってきた子たちは、「」と対立していたのではなく、「好きな人の傍にいる人」と対立していたのだ。
鬼灯くんのことが好きな人で、私個人に明確な敵意をぶつけて来る人は初めてだった。
今までそうならなかったことの方が稀だったのかもしれないけど、一直線にこちらに向かってくる彼女の姿は私には珍しく映った。
…それに、何でそんなに嫌そうにしながら包みをすくい取って行ったんだろう。もう少しも触れていたくないとでもいうように不快そう目を細めているのに。
「…あの、私達、そういう関係じゃないよ」
ただならぬ関係、もしくはライバルだと思われているんじゃないかということは流石にすぐ気が付く。
こういうことは遥か昔、教え処時代から起るようになっていた。
純粋に恋をしている子もいれば、アイドルを応援するように慕ってる子から、神でも崇めるかのように信仰している子から、その子たちの想いの幅は広かったけど。
鬼灯くんの近くに居座る女鬼に思うこと、求めることはだいたい一緒なのだ。
アイドルの隣に釣り合わないモノがいるのはなんだかいい気分ではないし、好きな人の隣に自分以外の女の子がいるというのは悶々とするし。
…神扱いをしていた子の真理はよくわからないけど…彼女らの根本にあるものはきっと似ている。
誤解があるなら解こうと手をひらひらさせて言うと。
「そういうこと言うから嫌いなのよ!」
「……ええー…」
「そういう関係じゃないならなおさらイライラする!」
「そんなこと言われても…本当になんでもないしなあ…」
「そんな関係じゃないのに、何もないのに、そこに居て当然みたいな顔してそこにいないでよ…!」
「……」
「あれもこれもあって当然、もらえて当然みたいに全部受け取って」
ほしい、ほしい、妬ましいという言葉にならない叫びが、彼女の中から聞えてくるかのようだった。
その感情は手に取るように理解できる。
私の膝にあったアレを衝動的に奪いたくなった気持ちもなんとなくわかった。
──既視感があったのも当然だ。
当然のように健全で万全な命を持って生まれたもの達がいるということが、悔しくて仕方なかった一度目を思い出した。
当然のような顔をして生きて、守られて、そういう周囲の子供たちがうらやましく妬ましかったし、ずるい私だってほしいとと嘆いていた二度目も思い出した。
完全自活生活から逃れて楽をしたいという堕落した気持ちと、守られたい愛されたい寂しいという子供らしい気持ち。
いくら中身が大人びていようと経験を重ねていようと、子供の身体はあの頃正直に悲鳴を上げていた。
それでも心から悲しくて悔しくて嬉しくて泣いたのは、人間だった頃のあの最後の一夜だけだった。
短すぎる人生だった。それでも仕方ないと受け止められた、満たされた最期だった。
どうでもいいことで涙腺が緩んだりはしているけど。
…ほしい物が彼女とは違ったけど、気持ちはわかる。
けれど、だからと言って過去の私は周りの子らに悔しいからと罵倒したりしなかったし、ズルいと妬み叫んでも、それはただの八つ当たりにしかならないんだと分かっていた。
じゃあ、彼女のこれは八つ当たりだろうか?
私が最初から当然のような顔をして持っているもの。彼女が気に食わない私の持ち物。鬼灯くんとのなんでもない関係性。
親と子が一緒にいることが気に食わないんだと誰かに食ってかかられたとして、離れる必要はまったくない。…じゃあ私と鬼灯くんはどうだろう?
「関係ないなら消えてよ」
「……恋人じゃなくても、関係はあるよ」
「そんなんじゃないんでしょ、なんでもないんでしょ」
「…幼馴染ではあるよ」
昔馴染とか同郷とか仲間とか。そういうのだったら迷わず言い切れた。
家族だと言いたい気持ちは今でもあるし、理想だという思いは変わりないけど、それを周囲に言うのはさすがに憚られる。
昔馴染に言うのは構わないだろうけど、最近知り合ったばかりの人たちに宣言すれば困惑させることになるだろうなと想像はついた。
他人の反応が予想できるということは、自分でもよくわからない関係を築いているという自覚はあるのだ。
名前ある枠組みがなければ堂々と言い切ることはできない。良く分からないままで納得出来るのは当事者だけだ。
曖昧なまま一緒にいることで負い目を感じたことはないけど。
「幼馴染程度なら、それらしく弁えてよ」
「…弁える、って…」
思わず気が抜けた声が出た。
彼には立場があるのに、幼馴染ごときが親しげに接するな弁えろということか。
場を適切に弁えられていない自覚はあったけど、そのせいでこんな個人的な諍いに発展していくというのは想像しなかった。
周りのためみんなのため…と俯きながら距離を取る必要性を感じられない。
鬼灯くんにうざったいと言われたり、好きな女性が出来たというなら距離を取るだろうけど。
逆もしかりで、私に好きな人が出来たとしたら多分距離を取ってくれるんじゃないかと思っている。
「ズルい、殺したいって思うの私だけじゃないんだから」
「こ、ころす…?」
今まで同姓の同僚との口論、摩擦、食い違いくらいにしか捉えていなかったけど、一気に事件に変わったなとぞっとした。
そんな猟奇的に私達を見てる子らが複数いるんだ地獄って恐ろしいなと青ざめていると、彼女は包みを雑に机の上に置いて、くるりと背を向け去って行ってしまった。
苛立ちのはけ口にされて、放り投げられるか持ち去られるかしてしまうかもしれないと懸念していたから、戻ってきて安心した。
言葉は威圧的で一方的だったけど、理性的だったようだ。
「…はあ、どうしよっか」
どうしようもこうしようもないけど、溜息代わりに言いたくもなる。
これから先、誤解させてしまうことは申し訳がないなと思っても、事実無根の言いがかりが理由で離れることはないだろう。
恐らく、私達が本当に血の繋がったきょうだいだったとしたら、仲良くしていた所で何も言われなかったんだろう。
そもそも働き始めてから私達は格段に過ごす時間が減っている。勿論親しいからと言って贔屓なんてされているはずないし、咎められるほどの物は何もないはずだった。
離れる時が来るとすれば、お互いの気持ちに変化があった時だけだろう。
うんざりしたなら突き放してくれてそれでいいと思うし。寂しいけどどうしようもない。
反対に私が鬼灯くんに愛想尽きることがあるのかどうかは想像できないけど…。
…それでもまあ、無視できる問題ではないし、穏便に区切りをつけなければ。
過去にも拗れないようになんとかしてきたのだ。結構強烈な過程を経たけど。
殺したいと思ってるとまで言われて、放置できるはずもなかった。
…必死に根気強く説明、意思疎通を図ろうとすることはできても、こんな荒事に対応する能力が私にあるのかなあと若干不安になってきた。
3.地獄─嫉妬
ピークも過ぎた食堂。
おやつの時間もすぎて、しかし夕食にするにも中途半端な時間になってからここを訪れていた。
お腹はすいているけどこの時間にがっつり食べるのも気が進まなくて、デザート系にするかいや軽食にするかと迷いつつ、結局お茶だけにした。
時間帯がズレて夕食が入らなくなることを恐れたのだ。ぽつんと人がいない食堂で若干の孤独感を感じながらお茶を啜っていると、ひょこりとお香ちゃんが顔を出しきょろきょろと何かを探しているようだった。
こちらとふと目が合うと柔らかく笑った。
「よかった、見つけた」
「お香ちゃん、どうしたの」
どうやら私を探してくれていたらしく、少し息を切らしていた。もう戻らなきゃいけないのよ、と言いつつ小さな包をこちらに差し出す。
「これあげるわ。差し入れ」
「わ、ありがとう。…お菓子?」
「ええ。お昼は外で食べたんだけど、そのとき良さそうなお店を見つけたの」
「ほんと?えへへ、うれしい。今度私も贈るね。美味しいの知ってるから」
「あらありがとう、嬉しいわ」
お香ちゃんも笑う方だし、私も笑う方なので、一緒にいるといい意味で笑顔が連鎖するというか。
嬉しいという気持ちが伝わったのかお香ちゃんも嬉しそうにしていて、もっと嬉しくなった。昔からこんな風になんでもない、穏やかなやり取りをするの大好きだった。
「じゃあ、あたし行くわね」
「うん、またね」
ばいばいと手を振って見送ると、またぽつんと一人になったけど、今度はこの静寂に寂しさは感じない。
膝にある包みを見おろして、可愛い柄だなあと眺めていると、どこかからすっと手が伸びてきのが見えた。
えっと驚いた束の間にその手は包を奪い去ってしまった。
「………嫌い」
その白い手を追って顔を上げると、若い女鬼の姿が視界に入った。
音もなく静かに歩み寄ってきたようで、手を伸ばされるまで全然気が付かなかった。
浮かれて音が聞えなくなっていた可能性もあるだろうけど、それにしたって気配がなくて驚いた。
長い髪は艶があり、着物から覗く肌はどこも滑らかで、その手と同じように白く綺麗な身体の持ち主なんだろうと、服の上からでも容易く想像がついた。
なんだか人形めいてるなと思う。
彼女はお香ちゃんからの差し入れを親の仇でもみるかのような眼で睨んでから、その目をこちらへ向けた。
「私あんたのこと大ッ嫌い」
きつく低く言い放たれて、驚き硬直した。
──嫌い。
強く言い切った彼女が歪めた顔、濁った瞳には憎悪にも近いものがあるようで。
…なんだか見たことがあるなと思った。人形めいてる雰囲気も、髪も手も、その瞳の憎悪も、今彼女が腹に抱えているであろう苛立ちも。
許せないとでも言いたげなもどかしそうな姿も、全て既視感がある気がした。
いつ見聞きしたかもわからないけど、なんだか馴染みがあるなと首を傾げる。
彼女は息を吸いこんで、もう一度強い意志をこめて口を開いた。
「私、鬼灯様のことがすきなの」
茫然と座ったまま彼女を見上げていると、思いもよらないことを言われてまた驚いた。
…なぜそれを私に言うんだろう?しかもこの発言のあとに、このタイミングでこの顔で。
鬼灯くんを巡ってトラブルが起こったことは、実は過去に何度かある。
好きだから私に相談に乗ってほしいと言われたことも過去にあった。私鬼灯くんのこと好きだから!とライバル宣言されたこともあった。近くにいるのが気に食わないからと目の敵にされたこともあった。
しかし好き宣言と一緒に嫌い宣言をされた体験はない。
過去にぶつかってきた子たちは、「」と対立していたのではなく、「好きな人の傍にいる人」と対立していたのだ。
鬼灯くんのことが好きな人で、私個人に明確な敵意をぶつけて来る人は初めてだった。
今までそうならなかったことの方が稀だったのかもしれないけど、一直線にこちらに向かってくる彼女の姿は私には珍しく映った。
…それに、何でそんなに嫌そうにしながら包みをすくい取って行ったんだろう。もう少しも触れていたくないとでもいうように不快そう目を細めているのに。
「…あの、私達、そういう関係じゃないよ」
ただならぬ関係、もしくはライバルだと思われているんじゃないかということは流石にすぐ気が付く。
こういうことは遥か昔、教え処時代から起るようになっていた。
純粋に恋をしている子もいれば、アイドルを応援するように慕ってる子から、神でも崇めるかのように信仰している子から、その子たちの想いの幅は広かったけど。
鬼灯くんの近くに居座る女鬼に思うこと、求めることはだいたい一緒なのだ。
アイドルの隣に釣り合わないモノがいるのはなんだかいい気分ではないし、好きな人の隣に自分以外の女の子がいるというのは悶々とするし。
…神扱いをしていた子の真理はよくわからないけど…彼女らの根本にあるものはきっと似ている。
誤解があるなら解こうと手をひらひらさせて言うと。
「そういうこと言うから嫌いなのよ!」
「……ええー…」
「そういう関係じゃないならなおさらイライラする!」
「そんなこと言われても…本当になんでもないしなあ…」
「そんな関係じゃないのに、何もないのに、そこに居て当然みたいな顔してそこにいないでよ…!」
「……」
「あれもこれもあって当然、もらえて当然みたいに全部受け取って」
ほしい、ほしい、妬ましいという言葉にならない叫びが、彼女の中から聞えてくるかのようだった。
その感情は手に取るように理解できる。
私の膝にあったアレを衝動的に奪いたくなった気持ちもなんとなくわかった。
──既視感があったのも当然だ。
当然のように健全で万全な命を持って生まれたもの達がいるということが、悔しくて仕方なかった一度目を思い出した。
当然のような顔をして生きて、守られて、そういう周囲の子供たちがうらやましく妬ましかったし、ずるい私だってほしいとと嘆いていた二度目も思い出した。
完全自活生活から逃れて楽をしたいという堕落した気持ちと、守られたい愛されたい寂しいという子供らしい気持ち。
いくら中身が大人びていようと経験を重ねていようと、子供の身体はあの頃正直に悲鳴を上げていた。
それでも心から悲しくて悔しくて嬉しくて泣いたのは、人間だった頃のあの最後の一夜だけだった。
短すぎる人生だった。それでも仕方ないと受け止められた、満たされた最期だった。
どうでもいいことで涙腺が緩んだりはしているけど。
…ほしい物が彼女とは違ったけど、気持ちはわかる。
けれど、だからと言って過去の私は周りの子らに悔しいからと罵倒したりしなかったし、ズルいと妬み叫んでも、それはただの八つ当たりにしかならないんだと分かっていた。
じゃあ、彼女のこれは八つ当たりだろうか?
私が最初から当然のような顔をして持っているもの。彼女が気に食わない私の持ち物。鬼灯くんとのなんでもない関係性。
親と子が一緒にいることが気に食わないんだと誰かに食ってかかられたとして、離れる必要はまったくない。…じゃあ私と鬼灯くんはどうだろう?
「関係ないなら消えてよ」
「……恋人じゃなくても、関係はあるよ」
「そんなんじゃないんでしょ、なんでもないんでしょ」
「…幼馴染ではあるよ」
昔馴染とか同郷とか仲間とか。そういうのだったら迷わず言い切れた。
家族だと言いたい気持ちは今でもあるし、理想だという思いは変わりないけど、それを周囲に言うのはさすがに憚られる。
昔馴染に言うのは構わないだろうけど、最近知り合ったばかりの人たちに宣言すれば困惑させることになるだろうなと想像はついた。
他人の反応が予想できるということは、自分でもよくわからない関係を築いているという自覚はあるのだ。
名前ある枠組みがなければ堂々と言い切ることはできない。良く分からないままで納得出来るのは当事者だけだ。
曖昧なまま一緒にいることで負い目を感じたことはないけど。
「幼馴染程度なら、それらしく弁えてよ」
「…弁える、って…」
思わず気が抜けた声が出た。
彼には立場があるのに、幼馴染ごときが親しげに接するな弁えろということか。
場を適切に弁えられていない自覚はあったけど、そのせいでこんな個人的な諍いに発展していくというのは想像しなかった。
周りのためみんなのため…と俯きながら距離を取る必要性を感じられない。
鬼灯くんにうざったいと言われたり、好きな女性が出来たというなら距離を取るだろうけど。
逆もしかりで、私に好きな人が出来たとしたら多分距離を取ってくれるんじゃないかと思っている。
「ズルい、殺したいって思うの私だけじゃないんだから」
「こ、ころす…?」
今まで同姓の同僚との口論、摩擦、食い違いくらいにしか捉えていなかったけど、一気に事件に変わったなとぞっとした。
そんな猟奇的に私達を見てる子らが複数いるんだ地獄って恐ろしいなと青ざめていると、彼女は包みを雑に机の上に置いて、くるりと背を向け去って行ってしまった。
苛立ちのはけ口にされて、放り投げられるか持ち去られるかしてしまうかもしれないと懸念していたから、戻ってきて安心した。
言葉は威圧的で一方的だったけど、理性的だったようだ。
「…はあ、どうしよっか」
どうしようもこうしようもないけど、溜息代わりに言いたくもなる。
これから先、誤解させてしまうことは申し訳がないなと思っても、事実無根の言いがかりが理由で離れることはないだろう。
恐らく、私達が本当に血の繋がったきょうだいだったとしたら、仲良くしていた所で何も言われなかったんだろう。
そもそも働き始めてから私達は格段に過ごす時間が減っている。勿論親しいからと言って贔屓なんてされているはずないし、咎められるほどの物は何もないはずだった。
離れる時が来るとすれば、お互いの気持ちに変化があった時だけだろう。
うんざりしたなら突き放してくれてそれでいいと思うし。寂しいけどどうしようもない。
反対に私が鬼灯くんに愛想尽きることがあるのかどうかは想像できないけど…。
…それでもまあ、無視できる問題ではないし、穏便に区切りをつけなければ。
過去にも拗れないようになんとかしてきたのだ。結構強烈な過程を経たけど。
殺したいと思ってるとまで言われて、放置できるはずもなかった。
…必死に根気強く説明、意思疎通を図ろうとすることはできても、こんな荒事に対応する能力が私にあるのかなあと若干不安になってきた。