第四話
1. 生贄冬と風邪
雨が降った。
枯れ気味の土地には嬉しいことかもしれないけれど、土地も持たない傘も持たない私達にとっては災難でしかない。

急ぎ足に広範囲に枝葉が広がって傘のようになってくれた木の下で雨宿りをするも、限度があると悟り、冬籠りをする予定だった洞窟へ走った。
ちょうどいいから寒さをしのぐ実験だと、頑張って運んだ岩を積んで出口を塞ぎ、風の通り道を狭めた。
「こんなに積んで、雪が積もったらどうなるんだろうね」「塞いでも塞がなくてもどっちみち一緒でしょう」なんて話をしながらくしゃみをくしゅんと一つ。
その時点でぞわりと悪寒が走って、嫌な予感がするなあとは思っていた。


「…熱…」
「物凄く熱いですよ。水瓶を置けば湯に変わってくれるかも」
「やめてよ…重いよ…」
「重くなければ実験していいんですか?寛容なんですね」


雨が降った。洞窟に避難した。身体は濡れた。つぎはぎの着物が濡れて体温を奪った。
雨が雪に変わった。例年よりも少し早めらしい冬が来た。
急いで洞窟内で下準備してあった冬支度を完璧にこしらえた。

私は熱を出した。絶体絶命だ。あんなに病気を恐れて対策してきた私がこんなことになるなんて。予防した所でどうにもならない時はならないとわかっていても、
ケロリとしている彼を見ると、「頑丈」という彼の自称も嘘じゃないんだろうなと確信できた。


「うぅ…咳をはじめたら外に放り出していいからね…」
「こんな雪中にでたら死にますよ」
「でも病気がうつったらきみも死ぬよ…もう手遅れかもしれないけど…」


今はもうせめて咳で拡散しないことを祈るしかない。
病人と同じ空間にいて同じように雨に打たれて寒さに震えて、予防接種も豊富な栄養も防寒具もマスクも何もないこの世で致命的なシチュエーションだった。
こうなってしまったなら私がここから出て、彼だけを残して確実に生き延びてもらった方がいい。共倒れするなんて馬鹿みたいなことだと思うし、素直に申し訳ない。


「私に鬼になれというんですか」
「そんなことないよ、犠牲はつきものなんでしょ…こういうのもそうなんだよ…」


厳しい世界だ、サバイバルだ。すっかりそういう認識なので、現代社会にいたらありえなさそうな、切り捨て見殺しにするという選択肢が自分の中に当たり前に用意されるようになっていた。
それに躊躇いがないはずがないし、罪悪感がない訳がない、しかしここでは"仕方がない"。


「仕方ないと言っていいものと、言えないものがあるに決まっているでしょう」
「……これは仕方ないんじゃないの?」
「そんなはずがありませんよ。私は、今この瞬間にそれを言うことを許さない、言った自分を許せません」
「…どうして?」


冷たい目で見下ろす彼の中には、とてもじゃないけど私に同情したからとか、胸が痛むからとか、かわいそうだからとか、そういう優しい理由があるとは思えなかった。


「あなたは本当に、村の人間を心から許せていますか」


凍るような声で問いかける。


「あの人たちの行いが、仕方がないことだと許容できていますか」


言葉は奥の奥まで突き刺さる。


「そういうものだから、それが常識だからと頭をからっぽにして許容して、理不尽なことを身体全体で受け止めるなんて、冗談ではない」


その目が怒りに染まった。
私は村のものではなく、みなしごであり、彼らに手を差し伸べる義理はなく、それは事実として理解しています。しかしそれ以外の謂われない言葉を浴びせられることも、暴力を振るわれることも、理解も納得も許容もできません、と言う。


「私は、この場であなたを、義理がないから無関係だからということを理由に切り捨てることを許さない」



助かるかもしれません。死ぬとも限りません。最善も尽くさないうちに見切りをつけるなどばかげてる。
言いながら、淡々と水瓶から水を救って、布の切れ端を浸した。
そしてそれをビタンッと乱暴に私の顔に張り付けた。


「熱が出たなら熱を下げればいい話でしょう」


その物言いはどこぞの王女様の言葉を彷彿とさせて、笑ってしまった。


「人を笑う元気があるなら大丈夫でしょう。賢くなろうと見極めるのは結構ですけど、あなたは見切りをつけるのがいつも早すぎます」
「きみは以外と粘り強いんだね」
「そうするだけの価値があると思えばやりますよ」


笑ながらおでこの方に布をずらすと、何か不服そうな彼が目に映った。
滅多に表情を変えないし声も荒らげないけど、なんとなく空気の揺れというか、雰囲気で察することができるようになってきた。


「うれしいなあ」


粘り強く自分のことを諦めないでくれる誰かがいるということも、彼が優しい子だということも。


「一番の薬は寝ることです、早く回復なさい」
「うん、わかった」


その言葉に従って、大人しく眠ることにした。
地面の上に枯れ枝と枯葉を積んで、その上にベッドカバーさながらに藁をしいただけの簡易的なベッドだったけど、案外寝心地は悪くない。岩や土の上よりも百倍はマシだった。

「おやすみ」


と声をかける。しかしいつもの通り、返事が返ってくることはなかった。
返ってきた試しがないのに毎晩こりないでいる私は案外粘り強い方なんだろう。
それとも彼がいうように、やってみる価値があると意義を見出しているんだろうか、ただの自己満足だろうか、それともただの独り言か惰性か何か。

考えてるうちにすうっと寝息に変わったのがわかって、しばらくすると眠りに落ちていた。
ごう、と吹き抜ける吹雪の音が子守唄代わりになり、その日私は熟睡することが出来た。



そして夢をみた。

2018.10.21