第三十五話
3.地獄─彼女にかみさま。
その瞼は閉じられていて、黒髪は艶を失っていた。
どんどんと力がなくなっていく姿が私に終わりが近いことを悟らせる。
私がこの黒髪を見るのはもう何度目か、最初にみたのはもう何千年前のことになるのか。
果てしない時間を過ごしてきた。私は心のどこかでずっと叫び続けていた。
遣る瀬無い。虚しい。悲しい。苦しい。涙がこぼれて止まらなくて、嗚咽が漏れて上手く息ができない。
「命がほしい」
声を所々ひっくり返しながら、変わらない主張を続ける。同じ者を望み続ける。
私の欲は擦り切れない、色あせない、薄れない、いつまでもなかったことにはならない。
「それはもうもらったはず」
「そこそこなんかじゃいやだった。生きていたかった」
「十分に生きたはずだよ」
「まだ、まだ、もっと」
「それじゃあ終わりがないね」
終わり。考えるとぞっとする。
顔を覆っていた両手をそっと外していき、隙間から見えた倒れ伏したままの身体を見て悲鳴を上げた。身体は震えていた。足元から崩れ落ちてしまいそうだった。
みっともなくとも情けなくとも背中を丸めても経ち続けていた足に力が入らなくなって、そのまま崩れ落ちてしまいそうだった。
それをしたらきっと終わりだと言うのに。
「望んだ通りに生きれなかった前。望んだ通りに生きれた今」
「…まだいや」
「いつを終わりにしようか」
楽しそうに提案するその人はこちらの心情なんてお構いなしで、同情もしないし腫物扱いもしてくれない。
故に、私の心を躊躇なくズタズタに刺して抉って嬲ることができる。
わかってる。望んだものはもうとっくに手に入っていて、私はそれを手にとって身体で抱きしめて温めて。
愛しく思いながら長い時間を過ごしてきた。それをもういいよと笑って手放すべきなのだ。それができるくらいの段階であるべきだ。
私が子供のようにしがみついて、我儘になって離さないで、喚いているだけで、もうそんなことは全部理解していて。
言われたくない、突きつけられたくない、ああ遣る瀬無い、どこにも行きたくない、全部全部失いたくない。
じゃあいつまでなの。どこまでなの。満足っていつするの。そもそも強欲で我儘で弱虫な私に、満足なんて出来る日が、来るの。
「…もう少しだけ、お願いします」
絞り出して、ぺたんとそのまま座り込んだ。
ついに今までになかったほどにソレとの距離が近くなって、眩暈がした。
もう強がりも先延ばしも我儘もお終いなんだなあと理解する。
願い乞い叫ぶだけの気力もなくなってしまった。
最後の弱々しい抵抗をして、あとは俯いてひたすらその日を待つのみだ。
「いってらっしゃい」
どこに、と言うこともできず、そのまま瞼を閉じた。
3.地獄─彼女にかみさま。
その瞼は閉じられていて、黒髪は艶を失っていた。
どんどんと力がなくなっていく姿が私に終わりが近いことを悟らせる。
私がこの黒髪を見るのはもう何度目か、最初にみたのはもう何千年前のことになるのか。
果てしない時間を過ごしてきた。私は心のどこかでずっと叫び続けていた。
遣る瀬無い。虚しい。悲しい。苦しい。涙がこぼれて止まらなくて、嗚咽が漏れて上手く息ができない。
「命がほしい」
声を所々ひっくり返しながら、変わらない主張を続ける。同じ者を望み続ける。
私の欲は擦り切れない、色あせない、薄れない、いつまでもなかったことにはならない。
「それはもうもらったはず」
「そこそこなんかじゃいやだった。生きていたかった」
「十分に生きたはずだよ」
「まだ、まだ、もっと」
「それじゃあ終わりがないね」
終わり。考えるとぞっとする。
顔を覆っていた両手をそっと外していき、隙間から見えた倒れ伏したままの身体を見て悲鳴を上げた。身体は震えていた。足元から崩れ落ちてしまいそうだった。
みっともなくとも情けなくとも背中を丸めても経ち続けていた足に力が入らなくなって、そのまま崩れ落ちてしまいそうだった。
それをしたらきっと終わりだと言うのに。
「望んだ通りに生きれなかった前。望んだ通りに生きれた今」
「…まだいや」
「いつを終わりにしようか」
楽しそうに提案するその人はこちらの心情なんてお構いなしで、同情もしないし腫物扱いもしてくれない。
故に、私の心を躊躇なくズタズタに刺して抉って嬲ることができる。
わかってる。望んだものはもうとっくに手に入っていて、私はそれを手にとって身体で抱きしめて温めて。
愛しく思いながら長い時間を過ごしてきた。それをもういいよと笑って手放すべきなのだ。それができるくらいの段階であるべきだ。
私が子供のようにしがみついて、我儘になって離さないで、喚いているだけで、もうそんなことは全部理解していて。
言われたくない、突きつけられたくない、ああ遣る瀬無い、どこにも行きたくない、全部全部失いたくない。
じゃあいつまでなの。どこまでなの。満足っていつするの。そもそも強欲で我儘で弱虫な私に、満足なんて出来る日が、来るの。
「…もう少しだけ、お願いします」
絞り出して、ぺたんとそのまま座り込んだ。
ついに今までになかったほどにソレとの距離が近くなって、眩暈がした。
もう強がりも先延ばしも我儘もお終いなんだなあと理解する。
願い乞い叫ぶだけの気力もなくなってしまった。
最後の弱々しい抵抗をして、あとは俯いてひたすらその日を待つのみだ。
「いってらっしゃい」
どこに、と言うこともできず、そのまま瞼を閉じた。