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第三十四話
2.あの世─彼はかみさま。
──なんて性質が悪い、と思わざるを得ません。
輪郭がぼやけていたソレはハッキリと明確なものに変化して、
目を凝らさずとも視認できるようになりました。
その女性は地面に座りこんでいて、彼女の白い肌は暗闇の中でも眩く映る。
しかし目は虚ろで焦点はあっておらず、どこを見ているのかもわからない。
双眸から光をなくしているソレの髪は艶々としていて、唯一生気を感じられました。
よくありそうな少女人形ではなく、成人に近い女性のリアルな人形を見ているようです。
まるで一人の人間の時を止めたみたいだと感じさせるほどの精巧さ。とても悪趣味な出来具合が不快で、眉に皺が寄るのがわかります。
「ほしいものがあったら、捕まえて離さないように。逃がさないように。ほしい物をほしいと言えるように」
いつか見た憎たらしい彼が背後に立っていた。
私はその顔を見たくはなかったので、振り返らないまま彼が発する声だけを聞きます。
「逃がしたらとしたら。掴み損ねそうになったら。手からすり抜けたなら」
ほしいと口にしても、ほしいと思っても。手に入るなんて保障を誰がしてくれるでしょうか。
探し物ほど見つからないものだし、本当にほしい物ほど手が届かない。
私はそれを許せない。そんなことは認められない。喉から手が出るほど欲しいと渇望するものを、易々と逃したくはない。
どうやっても必ず手に入れたい。まるで聞き分けがない子供の我儘でした。
「もう一度」
「…」
「もう一度ほしがればいい」
…ああ、そうですね。駄目だったならもう一度。諦め悪く足掻いてどこまでも執念深く。
それはすんなりと頷ける行為でした。
いつも彼の言動には不快にさせられていて、反発する心が芽生えるばかりだったというのに、これだけは素直に受け入れ深く同調することができます。
「ほしい」
見下ろした女性の瞳から、一筋涙がこぼれ落ちていました。
ああそうか、そうですよね、生きているんですね。人形みたいに虚ろだけれど、体温など感じ取れないけれど、これが死んでいるはずがないのです。
そのヒトに手を伸ばします。緊張のせいか私の手は冷たくなっていて、その頬に、肌に触れた瞬間震えた。
まるで知らない。まるで見たこともない。触れたこともない得体の知れないもの。
──自分が望んだくせに。
この温かくも冷たくもない肌に、身体に、骨に、髪に、これ以上触ていたくないと酷く苦痛に感じる。
──それでも、手を伸ばすことを止めることはありませんでした。
2.あの世─彼はかみさま。
──なんて性質が悪い、と思わざるを得ません。
輪郭がぼやけていたソレはハッキリと明確なものに変化して、
目を凝らさずとも視認できるようになりました。
その女性は地面に座りこんでいて、彼女の白い肌は暗闇の中でも眩く映る。
しかし目は虚ろで焦点はあっておらず、どこを見ているのかもわからない。
双眸から光をなくしているソレの髪は艶々としていて、唯一生気を感じられました。
よくありそうな少女人形ではなく、成人に近い女性のリアルな人形を見ているようです。
まるで一人の人間の時を止めたみたいだと感じさせるほどの精巧さ。とても悪趣味な出来具合が不快で、眉に皺が寄るのがわかります。
「ほしいものがあったら、捕まえて離さないように。逃がさないように。ほしい物をほしいと言えるように」
いつか見た憎たらしい彼が背後に立っていた。
私はその顔を見たくはなかったので、振り返らないまま彼が発する声だけを聞きます。
「逃がしたらとしたら。掴み損ねそうになったら。手からすり抜けたなら」
ほしいと口にしても、ほしいと思っても。手に入るなんて保障を誰がしてくれるでしょうか。
探し物ほど見つからないものだし、本当にほしい物ほど手が届かない。
私はそれを許せない。そんなことは認められない。喉から手が出るほど欲しいと渇望するものを、易々と逃したくはない。
どうやっても必ず手に入れたい。まるで聞き分けがない子供の我儘でした。
「もう一度」
「…」
「もう一度ほしがればいい」
…ああ、そうですね。駄目だったならもう一度。諦め悪く足掻いてどこまでも執念深く。
それはすんなりと頷ける行為でした。
いつも彼の言動には不快にさせられていて、反発する心が芽生えるばかりだったというのに、これだけは素直に受け入れ深く同調することができます。
「ほしい」
見下ろした女性の瞳から、一筋涙がこぼれ落ちていました。
ああそうか、そうですよね、生きているんですね。人形みたいに虚ろだけれど、体温など感じ取れないけれど、これが死んでいるはずがないのです。
そのヒトに手を伸ばします。緊張のせいか私の手は冷たくなっていて、その頬に、肌に触れた瞬間震えた。
まるで知らない。まるで見たこともない。触れたこともない得体の知れないもの。
──自分が望んだくせに。
この温かくも冷たくもない肌に、身体に、骨に、髪に、これ以上触ていたくないと酷く苦痛に感じる。
──それでも、手を伸ばすことを止めることはありませんでした。