第三十三話
2.あの世─補佐官
「え?ほさかん?」
「ええ」
「…補佐官?」
「そうです。補佐です」
「……ふうん…」
「なんですかその目は」
「納得しただけ」
とんでもない抜擢!昇格!と驚くべき所なのかもしれないけど、鬼灯くんがそうなろうと別段驚かない。
賢いのは昔からで、落ち着いてるのも人間のころから。
時代を先取り過ぎた発想力でアレやコレやするのも常だった。
私も長い年月を過ごして出来ることも多くなった。褒めてもらえることも多くなったけど、それは後天的に身に着けた能力だ。
けれどこの子の頭脳も性格も先天的か後天的かで言えば、前者の方が比重が大きいと思っている。
この子の生まれ持った個性的な所がなければ、ここまで掴める物は多くなかっただろう。
努力による所がなかった訳ではないけれど。なるべくしてなったんだなとしみじみ納得できた。
カリスマというか、人を惹きつける魅力も従えられるほどの謎の威厳と貫禄も、あと容姿の淡麗さもある。
これが上に、前に立つものにならずして何になる。
多少…いやいや結構変わった所もあるけど、そうなんだねーと頷くしかない。
「そうしたら忙しくなるね」
大変な役職、大役だろう。最初のうちは特に慌ただしくなるだろうし、こうやってのんびり顔を合わせる時間もなくなるかもしれない。
…というか、ここが決別、離別のときなのかもしれないなあ。私がそんな仰々しい所で働くことはないだろうし、ついてくよーというのも気が引けるし。
物凄く簡単に言えば地獄に落とされた亡者(罪人)を呵責するところ。
そんな場所で現代の気質が抜けきらない、よく言えば平和主義…ちょっと悪く言えばことなかれ主義の私に何が出来るんだかわからない。
へえーとぼんやりとした相槌を打った私の言葉を、鬼灯くんは否定した。
「いえ、忙しくする前に、まず退いてもらわないと」
「…え?なにに…」
「補佐官はもう既にいるのですから」
「…そう、なんだろうけど…てっきり引退した後の後任が鬼灯くんってことになるのかと……まさか押しのけて?」
「ずいぶんと聞こえが悪いですねそれ」
聞こえがよくても悪くてもそれが事実でしょ。この子はいったい何をやってるんだか。
そういう経緯も含めて心底納得してしまった。抜擢から着任へと、とんとん拍子に進まずに一旦荒事を挟む所がらしいと言えばらしい。呆れたけど、次第に肩の力が抜けてきた。
はあと溜息を吐いて黙々とご飯を食べている鬼灯くんへ弛んだ言葉を投げかけた。
「あー、えー…うーん…なるべく穏便にがんばってみてね」
「まるで私が普段乱暴を働くみたいな言い草をしますね」
「…」
何とも言えず沈黙したけど、それは肯定したも同然だった。
じろりと睨まれる。そういう所だよと言いそうになり、また飲み込み噤む。
「まあとにかく、そしたら寂しくなるなあ」
話をそらすように、しかし本心から出た思いを口に出した。
ずっと一緒にいられないのは仕方ない。
家族も友人もいつかは離別の時が来る。絶縁までとは言わずとも、過ごす時間が減るのは定めみたいなものだ。これでも私達は一緒にいた時間が長かった方だと思うし、
もう?とかもう少し!とかごねるまでもない。十分過ごした。
それを聞くと、ぴくりと鬼灯くんの肩が揺れた。ん?と思ったけど、そこから何か言う気配もなかったので、とりあえず構わず話を進めた。
「ずーっと一緒にいたけど離れ離れだね。…都会に行く息子を見送る母親の気持ちって
こんななのかな」
ああやっぱりソレだよなあ自分で言いながら納得した。
喧嘩別れをした訳ではないのだけど、離れることを納得し選択し見送らなければならない。門出を祝いつつも寂しさや名残惜しさは残って、手放しに喜ぶことはできず。
そういうしんみりとした感情がわいて出てきた。
私は鬼灯くんの親ではないのだけど、その背中に手を振らなければいけない立場なのは一緒だった。
「…そのこと、ですが」
すると、暫く沈黙を保っていた鬼灯くんが、箸をおいて佇まいを正した。
ご飯を食べながら話すことはいつものことで、こうして改めて箸を止めることは今までなかった。
なまじ彼の普段の食べっぷりがいいだけに、きちりと会話を中断する姿というのは奇妙に映る。
どうしたんだろう、何か重大発表でもあるのか。さっきの補佐官云々の話以上にビックな話ってある?とそわそわしていると。
意を決したように彼は口を開いた。
「……いてください」
「…え?」
「傍に」
じ、っと目を合わせながら固い声でいう鬼灯くんは、いつになく神妙な面持ちをしていた。
真面目な話だ。彼は真剣なのだ。だけどどこかその姿はらしくなく、滑稽に映る。
肩すかしを食らった気分だ。おかしなことを言うなあと眉を下げた。
それだけ?それを言うために鬼灯くん、こんなに緊張した風になってるの?変なのと失礼なことを考えた。傍にいてと言われても。
「……今、いるんだけど」
「分かるでしょう。これからも、という意味です」
「…一緒に働けってこと?」
私は当たり前のように彼とは離れ離れに生きていくのだと思っていたので、このお誘いには本当な驚いた。
ええーと困惑してふらふら無意味に手を彷徨わせたけど、反対に彼は冷静に淡々と話を続けていた。
「そうです。私が正式に補佐として働くならば、あなたも同じように地獄で働かない限り離れるんですから」
「うん」
「あなたは色んな手に職をちまちまつけていて、そのまま自由に暮らしていけるんでしょうけど」
鬼灯くんが言う通り、長い時間をかけて服飾だけでなく色んなものに手を出していた。
だからこそ私も働かせてー!と食いつくことはなかったし、こんなのんびりした生活が性にあってるんじゃないかと思っていたのだった。
とはいってもその道を極めたは言いがたく、広く浅いものだけど、長い長い時間をかけて培ってきた技術と立場と人脈がある以上、そうそう食うには困らない。
わざわざ地獄で働き口をみつけなくてもいいくらいには満たされている。
「…選んでほしいんです」
「私が鬼灯くんと同じ所で働くって?」
「…それもそうですけど…、」
慎重に丁寧に言葉を選び抜いているのがわかった。やっぱり珍しいなあ。
「一緒に居なくてもいいけど、ここでさよならしてもよかったけど。それでもわざわざと、長々ぐだぐだダラダラと一緒にいることをあなたに選んでほしい」
「……ダラダラってさあ…」
昔も同じようなことを言われたことを思い出して、緊張が移ったのかいつの間にか少し強張っていた身体の力が抜けた。
「私ダラダラしてきた覚えないよ」
「なし崩しでしょ」
「一緒にいたいなあってずっと思って傍にいたよ」
「…」
「なあにその目は…疑わないでよ、ほんとだよ」
「疑います。だって私だって途中までどっちだって、どうだってよかった」
「…ええ…」
どうだってよかったと言われると凄く傷つく。
でも途中まで、ということは途中からはどうでもよくなくなったんだよねと思い頬が緩む。都合のいい所だけ切り取って嬉しくなれる、調子のいい自分でよかった。
しかし鬼灯くんは咎めるようにじろりとこちらを睨む。
「何笑ってるんだ」
「えへへ」
「……妙に要領よく器用なことは認めます。誰とでもそれなりに上手くやりますし。贔屓目なしに、十分戦力になれるでしょう。勿論口利きなんてしませんよ、自分で勝ち取れます。…ぼやぼやしていて荒事には向いてないでしょうけど」
「流された…ていうかそれ褒めてるんだよね?」
「褒めてるでしょう」
「…そうだといいな」
ぼやぼやダラダラとか昔から鬼灯くんが私との会話に使う擬音には、悪意がこめられているような気がしてあまり釈然としない。
要領いいとかそういうのはやっぱり年の功も大きいし、現代の知識持っていると、やっぱり普通よりも出来ることが多かったように思う。
頭もよくないし、歴史についてもなんについても浅い知識しかなかった。けれど遠い未来で得た基礎を礎にして、糧にしようと動き続けたことで確実に実になった。
何が必要で足りていないかの判断が出来たし、これは大分後のことだろうけど必要になるスキルだろうなと気が付いて先行投資もできたりした。転ばぬ先の杖が大量。
ある意味それはズルで不正を働いてきたんだという自覚があったから、抵抗なく自画自賛できる。私はそれこそ鬼灯くんが言うように妙に器用に上手くやれた。
「案外寂しがりだったんだね、鬼灯くんも」
「心外だ。一緒にしないでください」
「私が子供みたいに言わないでよ」
「事実でしょう。一人じゃいられないくせに」
小さい頃のことを持ち出されるのは困る。ウッてなる。
長い付き合いになるというのも善し悪しだなと思う。恥ずかしい思い出を共有して大人になってからチクチクと刺されると恥ずかしいったらない。勘弁してください。
今だってそれなりに一人でいるのは寂しいし、孤独死は嫌だなあなんて思うし、友達がいなくなったら寂しいし鬼灯くんとも離れがたい。
それでも昔ほど不安に苛まれることはなくなった。地に足がついてきたんだろうと思う。
あとは幼い身体に引きずられていたのも大きかっただろうなあと今なら冷静に振り返れる。
まあ、でも、そうだなあ。そうだね、そうかも。
「離れ離れは寂しいよ。一人はいやだなあ」
一緒にいれたらいいな、このまま居たいなと、大人になったって思う。
程度の差があっても種類の違いがあっても、時間でその気持ちが風化することはない。
私は出会ってから今まで鬼灯くんのことを嫌いにはなることはなかったし、離れたいなと思うときは一瞬だってなかった。…嫌いになる必要なんてそもそも無かったからそれでいいんだけど。
結局子供みたいなことを言い出した自分がなんだかおかしくてふふと笑ってしまった。
自分が特別大人だとも思わないし、それでもいいけど、やっぱりおかしい。
「…何をへらへら笑ってるんだか」
「へらへらだって」
ふふといつまでも笑っていると、鬼灯くんは物言いたげな目をした後、また箸を動かし始めた。
へらへらという新たな擬音を使い始めた所をみるにあれはいい物ではなかったんだとわかるけど、気にしない気にしないいつものこと。呆れて溜息つかれるのもいつものこと。
なんだか世話をかけてごめんねえ治らないだろうし広い心でもう許してね。
「…ここに来て就活かあ…」
鬼灯くんのお墨付きをもらったのだから、やれることがあるというのは事実だろうし、それなら異論はない。長い長い人生、一所に拘り留まっていないで新しい挑戦をしてみるのもいいだろう。
けれど今更かあという思いもある。不安はあまりないけど苦い笑いがこぼれる。
…それにしてもなあ。内心にはさっきの驚きの余韻が残ってる。
本当にそういうことを言うとは思わなかった。言われるとも思わなかった。
来るもの拒まず去るもの追わず。さっぱりしているなあと普段思っていただけに、いくら相手が長い付き合いの私相手だからとは言ってもびっくりした。
どういう心境でいて、どういう感情が彼に告げさせたのか。本当に寂しいなんて子供みたいな思いが鬼灯くんの中に芽生えたんだろうか。
相手の習慣も口癖も琴線も理解できるようになっても、未だにわからないことが多いなと不思議に思った。
2.あの世─補佐官
「え?ほさかん?」
「ええ」
「…補佐官?」
「そうです。補佐です」
「……ふうん…」
「なんですかその目は」
「納得しただけ」
とんでもない抜擢!昇格!と驚くべき所なのかもしれないけど、鬼灯くんがそうなろうと別段驚かない。
賢いのは昔からで、落ち着いてるのも人間のころから。
時代を先取り過ぎた発想力でアレやコレやするのも常だった。
私も長い年月を過ごして出来ることも多くなった。褒めてもらえることも多くなったけど、それは後天的に身に着けた能力だ。
けれどこの子の頭脳も性格も先天的か後天的かで言えば、前者の方が比重が大きいと思っている。
この子の生まれ持った個性的な所がなければ、ここまで掴める物は多くなかっただろう。
努力による所がなかった訳ではないけれど。なるべくしてなったんだなとしみじみ納得できた。
カリスマというか、人を惹きつける魅力も従えられるほどの謎の威厳と貫禄も、あと容姿の淡麗さもある。
これが上に、前に立つものにならずして何になる。
多少…いやいや結構変わった所もあるけど、そうなんだねーと頷くしかない。
「そうしたら忙しくなるね」
大変な役職、大役だろう。最初のうちは特に慌ただしくなるだろうし、こうやってのんびり顔を合わせる時間もなくなるかもしれない。
…というか、ここが決別、離別のときなのかもしれないなあ。私がそんな仰々しい所で働くことはないだろうし、ついてくよーというのも気が引けるし。
物凄く簡単に言えば地獄に落とされた亡者(罪人)を呵責するところ。
そんな場所で現代の気質が抜けきらない、よく言えば平和主義…ちょっと悪く言えばことなかれ主義の私に何が出来るんだかわからない。
へえーとぼんやりとした相槌を打った私の言葉を、鬼灯くんは否定した。
「いえ、忙しくする前に、まず退いてもらわないと」
「…え?なにに…」
「補佐官はもう既にいるのですから」
「…そう、なんだろうけど…てっきり引退した後の後任が鬼灯くんってことになるのかと……まさか押しのけて?」
「ずいぶんと聞こえが悪いですねそれ」
聞こえがよくても悪くてもそれが事実でしょ。この子はいったい何をやってるんだか。
そういう経緯も含めて心底納得してしまった。抜擢から着任へと、とんとん拍子に進まずに一旦荒事を挟む所がらしいと言えばらしい。呆れたけど、次第に肩の力が抜けてきた。
はあと溜息を吐いて黙々とご飯を食べている鬼灯くんへ弛んだ言葉を投げかけた。
「あー、えー…うーん…なるべく穏便にがんばってみてね」
「まるで私が普段乱暴を働くみたいな言い草をしますね」
「…」
何とも言えず沈黙したけど、それは肯定したも同然だった。
じろりと睨まれる。そういう所だよと言いそうになり、また飲み込み噤む。
「まあとにかく、そしたら寂しくなるなあ」
話をそらすように、しかし本心から出た思いを口に出した。
ずっと一緒にいられないのは仕方ない。
家族も友人もいつかは離別の時が来る。絶縁までとは言わずとも、過ごす時間が減るのは定めみたいなものだ。これでも私達は一緒にいた時間が長かった方だと思うし、
もう?とかもう少し!とかごねるまでもない。十分過ごした。
それを聞くと、ぴくりと鬼灯くんの肩が揺れた。ん?と思ったけど、そこから何か言う気配もなかったので、とりあえず構わず話を進めた。
「ずーっと一緒にいたけど離れ離れだね。…都会に行く息子を見送る母親の気持ちって
こんななのかな」
ああやっぱりソレだよなあ自分で言いながら納得した。
喧嘩別れをした訳ではないのだけど、離れることを納得し選択し見送らなければならない。門出を祝いつつも寂しさや名残惜しさは残って、手放しに喜ぶことはできず。
そういうしんみりとした感情がわいて出てきた。
私は鬼灯くんの親ではないのだけど、その背中に手を振らなければいけない立場なのは一緒だった。
「…そのこと、ですが」
すると、暫く沈黙を保っていた鬼灯くんが、箸をおいて佇まいを正した。
ご飯を食べながら話すことはいつものことで、こうして改めて箸を止めることは今までなかった。
なまじ彼の普段の食べっぷりがいいだけに、きちりと会話を中断する姿というのは奇妙に映る。
どうしたんだろう、何か重大発表でもあるのか。さっきの補佐官云々の話以上にビックな話ってある?とそわそわしていると。
意を決したように彼は口を開いた。
「……いてください」
「…え?」
「傍に」
じ、っと目を合わせながら固い声でいう鬼灯くんは、いつになく神妙な面持ちをしていた。
真面目な話だ。彼は真剣なのだ。だけどどこかその姿はらしくなく、滑稽に映る。
肩すかしを食らった気分だ。おかしなことを言うなあと眉を下げた。
それだけ?それを言うために鬼灯くん、こんなに緊張した風になってるの?変なのと失礼なことを考えた。傍にいてと言われても。
「……今、いるんだけど」
「分かるでしょう。これからも、という意味です」
「…一緒に働けってこと?」
私は当たり前のように彼とは離れ離れに生きていくのだと思っていたので、このお誘いには本当な驚いた。
ええーと困惑してふらふら無意味に手を彷徨わせたけど、反対に彼は冷静に淡々と話を続けていた。
「そうです。私が正式に補佐として働くならば、あなたも同じように地獄で働かない限り離れるんですから」
「うん」
「あなたは色んな手に職をちまちまつけていて、そのまま自由に暮らしていけるんでしょうけど」
鬼灯くんが言う通り、長い時間をかけて服飾だけでなく色んなものに手を出していた。
だからこそ私も働かせてー!と食いつくことはなかったし、こんなのんびりした生活が性にあってるんじゃないかと思っていたのだった。
とはいってもその道を極めたは言いがたく、広く浅いものだけど、長い長い時間をかけて培ってきた技術と立場と人脈がある以上、そうそう食うには困らない。
わざわざ地獄で働き口をみつけなくてもいいくらいには満たされている。
「…選んでほしいんです」
「私が鬼灯くんと同じ所で働くって?」
「…それもそうですけど…、」
慎重に丁寧に言葉を選び抜いているのがわかった。やっぱり珍しいなあ。
「一緒に居なくてもいいけど、ここでさよならしてもよかったけど。それでもわざわざと、長々ぐだぐだダラダラと一緒にいることをあなたに選んでほしい」
「……ダラダラってさあ…」
昔も同じようなことを言われたことを思い出して、緊張が移ったのかいつの間にか少し強張っていた身体の力が抜けた。
「私ダラダラしてきた覚えないよ」
「なし崩しでしょ」
「一緒にいたいなあってずっと思って傍にいたよ」
「…」
「なあにその目は…疑わないでよ、ほんとだよ」
「疑います。だって私だって途中までどっちだって、どうだってよかった」
「…ええ…」
どうだってよかったと言われると凄く傷つく。
でも途中まで、ということは途中からはどうでもよくなくなったんだよねと思い頬が緩む。都合のいい所だけ切り取って嬉しくなれる、調子のいい自分でよかった。
しかし鬼灯くんは咎めるようにじろりとこちらを睨む。
「何笑ってるんだ」
「えへへ」
「……妙に要領よく器用なことは認めます。誰とでもそれなりに上手くやりますし。贔屓目なしに、十分戦力になれるでしょう。勿論口利きなんてしませんよ、自分で勝ち取れます。…ぼやぼやしていて荒事には向いてないでしょうけど」
「流された…ていうかそれ褒めてるんだよね?」
「褒めてるでしょう」
「…そうだといいな」
ぼやぼやダラダラとか昔から鬼灯くんが私との会話に使う擬音には、悪意がこめられているような気がしてあまり釈然としない。
要領いいとかそういうのはやっぱり年の功も大きいし、現代の知識持っていると、やっぱり普通よりも出来ることが多かったように思う。
頭もよくないし、歴史についてもなんについても浅い知識しかなかった。けれど遠い未来で得た基礎を礎にして、糧にしようと動き続けたことで確実に実になった。
何が必要で足りていないかの判断が出来たし、これは大分後のことだろうけど必要になるスキルだろうなと気が付いて先行投資もできたりした。転ばぬ先の杖が大量。
ある意味それはズルで不正を働いてきたんだという自覚があったから、抵抗なく自画自賛できる。私はそれこそ鬼灯くんが言うように妙に器用に上手くやれた。
「案外寂しがりだったんだね、鬼灯くんも」
「心外だ。一緒にしないでください」
「私が子供みたいに言わないでよ」
「事実でしょう。一人じゃいられないくせに」
小さい頃のことを持ち出されるのは困る。ウッてなる。
長い付き合いになるというのも善し悪しだなと思う。恥ずかしい思い出を共有して大人になってからチクチクと刺されると恥ずかしいったらない。勘弁してください。
今だってそれなりに一人でいるのは寂しいし、孤独死は嫌だなあなんて思うし、友達がいなくなったら寂しいし鬼灯くんとも離れがたい。
それでも昔ほど不安に苛まれることはなくなった。地に足がついてきたんだろうと思う。
あとは幼い身体に引きずられていたのも大きかっただろうなあと今なら冷静に振り返れる。
まあ、でも、そうだなあ。そうだね、そうかも。
「離れ離れは寂しいよ。一人はいやだなあ」
一緒にいれたらいいな、このまま居たいなと、大人になったって思う。
程度の差があっても種類の違いがあっても、時間でその気持ちが風化することはない。
私は出会ってから今まで鬼灯くんのことを嫌いにはなることはなかったし、離れたいなと思うときは一瞬だってなかった。…嫌いになる必要なんてそもそも無かったからそれでいいんだけど。
結局子供みたいなことを言い出した自分がなんだかおかしくてふふと笑ってしまった。
自分が特別大人だとも思わないし、それでもいいけど、やっぱりおかしい。
「…何をへらへら笑ってるんだか」
「へらへらだって」
ふふといつまでも笑っていると、鬼灯くんは物言いたげな目をした後、また箸を動かし始めた。
へらへらという新たな擬音を使い始めた所をみるにあれはいい物ではなかったんだとわかるけど、気にしない気にしないいつものこと。呆れて溜息つかれるのもいつものこと。
なんだか世話をかけてごめんねえ治らないだろうし広い心でもう許してね。
「…ここに来て就活かあ…」
鬼灯くんのお墨付きをもらったのだから、やれることがあるというのは事実だろうし、それなら異論はない。長い長い人生、一所に拘り留まっていないで新しい挑戦をしてみるのもいいだろう。
けれど今更かあという思いもある。不安はあまりないけど苦い笑いがこぼれる。
…それにしてもなあ。内心にはさっきの驚きの余韻が残ってる。
本当にそういうことを言うとは思わなかった。言われるとも思わなかった。
来るもの拒まず去るもの追わず。さっぱりしているなあと普段思っていただけに、いくら相手が長い付き合いの私相手だからとは言ってもびっくりした。
どういう心境でいて、どういう感情が彼に告げさせたのか。本当に寂しいなんて子供みたいな思いが鬼灯くんの中に芽生えたんだろうか。
相手の習慣も口癖も琴線も理解できるようになっても、未だにわからないことが多いなと不思議に思った。