第三十話
2.あの世荒れる友


始めて出会った頃から、一緒にいるのが自然になっている腐れ縁の二人。
その二人の関係性が変わったことを、俺はなんとなく悟っていた。
烏頭と比べたらまあ、割と色々察する方だろうと自負している。
けれどそれは少し鈍い所のある友人と比べたらの話なので、飛びぬけてる訳でもなく人並みだ。
そんな人並みな俺に悟られてしまうなんて、逆にあの二人が分かりやすいだけなのかもしれない。ちゃんはともかく、鬼灯の方は一筋縄じゃいかないやつなんだけどなぁ…。


──その瞬間は二度あったと思う。
まだ俺達の背も小さく幼いころ、ムスッと不機嫌そうにしている鬼灯が、ちゃんの着物を千切れんばかりに掴んでいたことがあった。まるで逃がさないとでも言いたげに。
ちゃんは苦笑しながらそれを受け流していたけれど。
ちゃんのそういう顔はよく見たことがあっても、普段変に大人びた所もある鬼灯のそういう仕草はその時初めてみた。
その頃からそういう子供染みた態度でちゃんを困らせることがたまーに起こるようになっていて、以前のどこかよそよそしい、不自然に乾いたようなあの距離感はあまり見かけなくなっていた。
常に拳一つ所じゃない距離を開けながら二人は一緒に過ごし暮らしていたのだ。仲が良いんだか悪いんだかパッと見にはわかりやしない。

そうやって誰よりも近くに居てきたのに、変なのと思っていたので、俺からすればそういう風に親しくしている方がよほど自然で健全に見えたんだけど。
けれどその健全な態度というのが板についていないと言うか…
鬼灯自身は己がそうやって子供のような行動を起こすことにしっくりきていない様子だった。
ちゃんはそんな様子を見ても何も気にすることなく、いつも通りを貫いていたけれど。
もともと誰かと壁を作るような子じゃなかったからかもしれない。相手が近づいてきた分だけ、ガンガン近づいて行った。


二度目はあれからみんなが何倍も背が高くなり、大人に近づいてきた頃のこと。
その頃の鬼灯はなんだか常に苛立っていて、いざこざ起こす回数が増えていた。
喰ってかかられたら喰って返す。
あいつが売られた喧嘩を買うのはいつものことだったけど、以前ならば受け流していただろう程度のものでさえやり返すようになったのだから、やっぱり荒れていたんだと思う。
尖ってきたのは烏頭も一緒で、俺達は所謂お年頃というやつだった。
俺は俺で内心腐ってきた部分もあった。
しかしソレは二人のように外見が派手になったり素行の悪さに繋がったりと、腐りが表に出て来てしまう程の重いモノではなかった。
なので、年ごろのモヤモヤを腹に抱えつつも、冷静に周囲の仲裁役に徹することができることもあったと思う。


三人で合流したこの日も、鬼灯はみなしごが云々と言って絡まれ、しかし報復はきっちりと済ませてやって来たようだった。


「お前最近荒れてるよなあ」
「ていうか、本当にちゃん置いていくのか?」
「毎度連れ歩く必要もないと思いますよ。体力ないし」


遠い昔幼い頃、もしかして初対面のときだったか。
蹴しゃれこうべの遊びに引き込んでみたら、ちゃんが男子である自分達より体力が劣っていることがすぐにわかった。
男と女の違いというのは鬼にも現れるようだ。
母は強し、姉は強しという場合もあるけれど、大抵は女子はか弱いものというのが共通の認識だ。
男女の違いというやつは成長とともに顕著に浮彫になって行き、ちゃんが遊びにまったくついてこれなくなる事もあった。
仲良く揃って成長期を迎えた同級生たちだけど、ちゃんは少し遅れていたようだ。
ついて来れなくなったのは、そのせいでもあったのかもしれないけど…

しかしそれを「あの子が特別弱いんだ」とでもいうかのように強調した鬼灯の態度が少しひっかかる。
早いも遅いも個人差があって、もしここでちゃんの成長が止まったとしてもおかしくはなく、平均よりも小柄だというだけ。それが多分個性というやつなんだろう。

烏頭は確かに弱いよなぁと頷いていたけど、俺にはそれをあえて理由にしてわざと強く突き放したように感じられた。
意図して壁を隔てたがっているように感じたのだ。
ああだこうだとちゃんのことを話しつつ、ころりと話題は変わってどうでもいい話に花を咲かせたりしつつ。
ぎゃいぎゃいと騒ぎながら、日が暮れきる前にはそれぞれ家路につくことになる。
親のいない鬼灯はともかく、この年になっても帰宅が遅くなれば、烏頭も俺も母親にうるさく言われるのだ。


たいてい毎日顔を合わせているのは、友達だからというのもあるけど、同じ地域で生活しているご近所さんであり学友であるから。
近所を歩けば必ず先生同級生知人友人、誰かしらに遭遇する。

同じように近所で遭遇した鬼灯がある日「あの子…がどこに居るか知りませんか」と尋ねてきた。
夜がきて、朝になって、昼になって。また夜が来ても帰ってこなかったらしい。
烏頭は「とうとうあいつもヤンチャしだしたか」とケラケラ笑っていたけど、笑い話ではない。
行方不明って不穏だろやばいだろ攫われたのかも…なんて焦ったけど、鬼灯の機嫌が悪くなっていくのもヤバイやばいと念仏のようにぼやき、俺は内心で怯えてきっていた。
最初こそ笑っていた烏頭も、加速するその険しさに口元を引きつらせるようになっていた。
触らぬ神に祟りはないので、それ以上そのことを話すことなく普通に接していたけど、怖いしやばいし普通に心配でもあった。
なので、根掘り葉掘りは聞かなくても、毎日「ちゃん帰ってきたか?」と確認した。
鬼灯はただ首を横に振るだけだった。
家出を企みそうな予兆があったなら、もう少し俺達の反応も鬼灯の機嫌も違うものになっただろうけど、普段から癇癪を起こしたり、何かに反発して逃げ出すような子ではなかったから、心配になるのも当たり前の話だった。



それから一週間後、ちゃんはふらりと何事もなかったかのような顔をして帰ってきた。
薬草を摘んできてお裾分けしてくれたりして、若干疲れてそうな所を除けば本当に何もなさそうにしてる。
あまりにも普通すぎたから、俺達も心配だったとしきりに口にしても、感動の再会をするかのように感極まることも、取り乱すこともなかった。

──まぁでも無事に帰ってきたんだし、顔合わせすればきっと安心して、鬼灯の酷い形相も元通りになるだろうと高をくくっていた。
しかし鬼灯は以前よりも内外共に、明らかに険しさを増させたのだ。
烏頭でさえ一瞬引いてしばらく遠慮気味に…よそよそしく接したくらいその程度は酷いものだった。
なんとなく荒れていた鬼灯が、明確に荒れ狂う鬼灯に変化した日だった。
そうは言っても大きな問題を引き起こすこともなく、大人鬼なら「思春期がやんちゃしている」と受け止め笑って流せてしまう程度の荒れでしかなかった。
けれど、同世代からしたらそれは嵐のようなものであり、受け止める所か流すことすら出来ない。

失踪(家出?)した後、二人の間で何があったのかは知らないけど。
その日から二人の間にあった何かは再び変容して、ちゃんは月に一度どこかへ通うようになったようだ。


ちゃんどこに行ってるんだろう」


個人的なことなんだろうからと本人に尋ねることはしなかったけど、疑問は付き纏う。
教え処の休み時間、外にも出ずなんとなく手持無沙汰になっていたこの時、無意識に口からこぼれてしまった疑問。
隣の席に座っていた鬼灯は、特に気にした様子もなくそれに答えてくれる。
鬼灯は俺にはよく分からないカラクリを手元でいじりながら、その片手間に会話をしていた。


「…神に会いに行ってるんですよ」
「…かみって、あの神?」
「ええ。…腹立たしい事ですけど」
「腹立たしいって…うーん、よくわかんないけど、行って危険がないならいいことなんじゃないのか?」


神様と揉めることを皆恐れているけど、円滑な関係を築ける場合は勿論別の話で、歓迎される事だった。
祝福と禍は表裏一体。害がないなら、良い事しか起こらないんじゃないかと思う。彼らはなんだか両極端なのだ。
それなのに、心底腸が煮えくりかえった様子で鬼灯は言う。
手元のカラクリにビシリとヒビが入った。


「……これは私の落ち度です。認識が甘かった」


ミシミシとカラクリが音を立てるほど手に力をこめたのを見て、それ以上は聞かないことに決めた。
藪蛇をつついてしまったんだろうか。この状態に陥って尚深堀するような勇気は俺にはない。
けど、ちゃんが向かう先に神様がいると聞いて少し納得した。
昔四人で一緒に三人の神様に会いに行ったことがある。
彼らは示し合せていたかのようにちゃんのことをベタ褒めしていて、あの時はいったいなんなんだと不思議に思うだけだったけど、今になってもしかしたら好かれやすい子だったのかもしれないなと腑に落ちた。

鬼灯は気に食わないようだけど、神様に興味をもたれて、そこから友だちでもなったんだろう、だから会いに行ってるんだと俺は思った。
だってそうじゃなきゃ無事に…あんなにケロッとした顔をしながら帰って来る訳がない。
同級生のお香ちゃんも穏やかに笑う子だったけど、ちゃんもいつもにこにことよく笑う子だった。
病弱でも儚く頼りない印象はなく、いつも楽しそうにしている明るい子。彼女は今もそのままだ。

そう結論付けてお終いにしたかったけど、鬼灯の荒れ具合を前にすれば、もうそう前向きには捉えられなくなる。
元気そうだからと言って多分きっと、大丈夫だとは限らないのだろう。
単純な話ではないらしいと分かっても、何も言ってやれないまま、
ちゃんはその後ずっとずっと長い長い間、神様とやらの所へ通い続けていたようだ。
それ以後も二人はずっとずっと、昔のように乾いてはいない…しかしなんと表せばいいのか分からない距離感を保って過ごしていった。

2018.12.16