第三話
1.生贄 秋の訪れ
どうやら私はここで忌み嫌われるみなしごというものになったらしい。

始めて石を投げられたあの日からわかっていたことだけど、それを具体的に、どういった理由で、どのくらいの苛烈さで、という詳細は同じ境遇にいる男の子から教えてもらった。
一日一度やってきてはぽつぽと話してくれる彼が、四六時中一緒にいるようになり、なんやかんや朝から夜までを共にするようになるまでにそんなに時間はかからなかった。
その上そこにたいした理由はない。なんとなくお泊り会をして、なんとなく食事を共にしていれば、あえて別行動を取ることの方が不自然になり、そのまま流れで…という感じだ。
一緒に罠を仕掛けて、獲物をとって、肉を食し、秘密の共有をすればより絆は深まった…と感じてるのは私だけかもしれない。
彼の中には未だにバリバリ心の距離があるのかもしれないけれど、私の中にはほぼ存在してない。

出会った頃の心地よい春がすぎ、夏がすぎ、肌寒い風が通り過ぎていく季節のこと。


「…寒い」
「そうですね。秋ですから」
「すごくさむい」
「冬も近いでしょうね」
「…きみ、今までどうやって冬を越してたの?」
「さあ。自分で冬を越したのは一度しかないですから、それ以前のことはよく覚えてません」

前回は冬眠する動物のように洞窟に立てこもっていたのだときいて硬直した。
集落の民家も時代が時代なだけあって隙間風も入り放題で寒そうだけど、そこには身を寄せ合ったりする誰かとか、暖を取る手段とか、保存食とか、色々あるはずだった。

こっそりと、たまーにわずかな肉を食べて鉄分を取れるようになって一安心できたのもつかの間のことだった。
大変だ。このままだと私達は死んでしまう。去年一回、こんな小さな子がそんな環境で冬を越せたのは、きっとこの子が賢く立ち回りが上手いからというのと、
運よく体調を崩さなかった、幸運に生かされていたからだろうと思う。

20xx年の頃のどこぞのように雪があまり降らない地域という訳でもきっとない。
干し肉だとか、保存食だとか、水をためる瓶だとか、何もないままたてこもる。
いったい彼がそれでどうやって生きたのか私にはわからない。


「あのね、ちょっとだけ…、」

手を伸ばそうとすると、彼はバッとその場を飛び退いた。
警戒した野性の動物のような身のこなしだった。
そう、心の壁があるなんて見れば明らかなことだった。
身体的接触を断固拒否する彼が心を少しでも許してるはずがない。
それは、こうやって流されてでも共同生活するくらいだから、少しはテリトリーに踏み入ることを許してくれたんだろうけど…
うーん、あー、もう、嘆いていても腹は満たされない。

本当は彼の体温がどれくらいか確かめてみたかったんだけど、必ずしも今必要なことではなかった。
代わりに自分の腕を触ると氷のように冷たくなっているんだから、冬がくればどうなるかなんて手に取るようにわかった。


「…今年は一緒に冬支度しようよ、今から。秋に浮かれてられないね…」
「やけに急ぎますねえ」
「だって死んじゃうよ…」
「私は去年死にませんでしたし、なんだか頑丈な方らしいので」
「過信はよくないよ」
「過信じゃないです事実です」
「奇跡は二度も起こらないよ…」
「悲観的なこと言わないでくれませんかうっとおしい」

確かにあまりネガティヴを表に出すのはよくない。前向きに行こう。
うざったそうな顔をしているのには気づかなかったことにして、さくさくと枯葉の上を進んだ。


「そんなにヒイヒイ言わずとも、私だって馬鹿じゃありませんから、それなりに支度くらいしますよ」
「えっほんと?よかった!本当に頑丈な身体に物言わせてるだけかと思ってた」
「そんなことしたら死にますから」

そこまでは自惚れていないらしいと知ってホッとした。


「具体的には?」
「具体的にも何も、ごくありふれたものしか用意できません。それに私だともっと限られたものしか」
「そうだよねえ…」

狩りも禁止。魚も捕れない。寝床もない。住所は不定。
厳しい環境と条件だ。村人の誰かが憐れんで何かを恵んでくれるという幸運もない。
彼らも彼らで明日を生きるのに精いっぱいで、だからこそ団結している所に余所者が入りこむことを嫌い、これ以上の消費が増えることを危惧した。
それを理解しているので、薄情だと思うこともない、冷酷だと批難するつもりもない。
ただ世知辛いなあ、生きるのって大変だなあ、と憂うだけだった。

冬だけ玄関にいれてもらえる外飼いのわんちゃんのように、村の人が屋内に招いて情けをかけてくれるかもと期待するのも無駄みたいだ。せめてそれくらいは…と思ってしまった私はまだまだ色んなことを甘くみてると思う。


「はあ…」
「なんですか人の顔をみて」
「ああ、ごめんね、つい」
「ついで溜息吐かれたらたまりません腹が立ちます」
「ごめんねー」
「はあ…」

手を合わせて謝罪を繰り返すと、彼も溜息をついた。

ちらりと見た目は少し恨みがましそうな色が滲んでいたかもしれない。
暖を取る手段の一つとして、ひと肌というものが思い浮かんだ。
さすがに漫画のように裸になって…なんてことまで考えなかったけど、同衾するくらいのことは許してくれないかなあと思ったり思わなかったりやはり思ったり。

あの拒絶の程度を見ると無理そうだとわかっていても、諦められない。
カイロはない、湯たんぽもない、だけど体温の高い子供が二人いる。
これはもう寄り添って眠るしかないんじゃないかと思うんだけど、きっと嫌がるだろう。
また溜息が出た。今度は脛を軽くつま先で蹴られた。


「とにかく肉、お肉、お魚、お肉」
「そんなに肉が好きなんですね」
「きみはタンパク質の重要性をわかっていない」
「たんぱく?…肉に価値があることくらいわかってますよ。力がつく、貴重なもの」
「そう、人は草を食べては生きていけない…」
「…成長してもこの暮らしだったとしたら、まあ死にますね。そもそも私達は育つんでしょうか」
「いやっそんなこと考えたくない…」


子供だから少ない食事量でしのげてる。
が、摂取量が多くなるだろう年ごろまで生きているのかどうか?と想像してみると、頭の中には食い倒れている一年後の私達しか浮かばなくて、うっと涙が出てきた。
想像だけで絶望し涙を流している私に呆れたように視線をやって。


「泣いても肉は生み出されませんよ。死ぬ時は素直に死にましょう」

と、残酷な諭し方をして首を振ったのだった。
「まあ素直に死んでやりませんけど」と吐き捨てた彼は結局死ぬつもりがあるのかないのかハッキリしない。天邪鬼な彼の言動にも多少慣れてきた頃だったので上手にスルーした。


「素直に死ぬ時は死ぬから、今は考えようよ…」
「堂々巡りでは?」
「三人寄れば文殊の知恵って言うし」
「二人しかいませんが」
「…二人もいるじゃない」

ああいえばこう言い、上げ足を取ってくる彼に凌ぐ気はあるのか。
最後は顔を覆いながら小さく声を絞り出した。
ひとりより二人で二人より三人。今は二人もいるという事実を喜ぶしかないのだ。


「お肉、そうお肉は蓄えられるほど手に入らない」
「隠れて見つからないようにたまにが精一杯ですからね」
「魚も同じく。ならそれに代わる栄養源とは?」
「木の実以上のものがありますか」
「きのこです」
「…」


彼の冷たい視線が突き刺さった。

「私はまだ死にたくはありません」
「私もだよ!」

食い気味に否定した。
そう盲点だったのはキノコだ。肉とは秘められたエネルギーが違ってくるけど、葉っぱや土や木の実をかじるだけよりも全然違ってくる。
しかし彼の目が冷たくなるほどの理由がある。
野性にあるキノコには当然、毒があるものとないものがある。

それを見分けるために、現代であれば図鑑があったり、携帯で即調べられたりしたんだけど、今は分厚い図鑑どころか紙きれ一枚の入手もままならない。
壁画で伝統を残すという手法が生きてておかしくないレベルの時代だった。チョークで黒板に伝言を書くというのが最先端の技術に思えてくる。

ならば、口頭伝達しかない。しかし私達には親はいないし、情報共有をしてくれる組織がない。
現代と比べたら雲泥の差があるだろうけど、言葉通り身体を張って食材の良し悪しを判断してきただろう者たちから言い伝えられた情報というのは精度が高く信用のおけるものだった。
ちいさな子供でも常識として知ってるような毒草、毒キノコ、毒花の存在そんなものでさえ私達は知らない。
たまたま村の人が摘んでいるのを見てこれは安全、これは避けてるから危険、と判断するくらいで、無難なものしか手を出せていなかった。


「身体を張って確かめるなんて嫌ですよ。確かめたら死ぬじゃないですか」
「……そうです。だからついにこの時がやってきたんです」
「…思わせぶりになんなんですか」

早く先を話せ、と促してくる彼に、私は悲しげな目をしながらその先を話したのだった。



その光景は、二度とは思い出したくないものなので割愛、省略。
私達は二ヶ月ほどかけて、食べられるキノコ、食べられない毒草などをより分けしていた。
私の虚ろな目をみて怪訝そうな顔をする彼。これはこの時代を逞しく生きてきたものと、精神的から現代っこの貧弱さが抜けきらない私との違いなんだろうか。


「大胆なことしますねえ、あなたは」
「…わたしもやるときはやるよお」
「そのくせ目は死んでますが。行動と精神が伴ってないです」
「…火事場の馬鹿力っていうかあ…」

ぐったりとゆるゆるした言葉で返答しているとだんだん向こうが苛立ってきた気配がしたので押し黙る。


「こういうのに犠牲はつきものでしょう。ありがたく頂いてありがたく割り切りましょう」
「…さっぱりしてる…」
「くよくよしてる方がおかしい。生きたいんでしょう?」
「…はい…」

大胆な、こういう、犠牲がつきものになる行為。
そう、より分けするためには「食べたらだめだった」という判断をするための犠牲が必要になる。成分を分析する器械などある訳ながない。
身体ひとつ、一発勝負、もちろん自分を使う訳にはいかない。
なら何を使ったのか?もちろん私達以外の誰かで、村人ではない、人間ではない。
ここまで言えば絞られてくる。
精度は低すぎるし、毒に当たる確率はそこそこ高いし、せめて腹を下すくらいはするかもしれないけど、いつかは必要になることだった。
護りに徹していてもいつかはしのぎ切れなくなる日が来る。


「うぅ…っ」

と、それでも狩りをして捌くのとは違う惨さが辛くて悲しくて気持ち悪くなって鼻をすすって泣いていると、
彼はこちらをちらりと一瞥したけど、珍しく何も言わずより分け作業を進めていた。
何も言わないことこそが彼なりの慰めだったのかもしれない。
泣くなとも諦めろとも割り切れとも仕方ないとも言わなかった。

私は内心で「初めてデレた…」と唖然として、その衝撃で涙が止まったことを彼は一生知らないのだろう。
彼が優しくしてくれたり助けてくれたことは何度もあったけど、どうにもならないことを嘆く腑抜けた私の心を配慮するような甘い優しさを見せてくれるなんて初めてのことで。
明日は槍が降るのだろうかと思ったけど、槍は降らなかった代わりに雨が降った。

2018.10.19