第二十七話
2.あの世神隠し

「お前どこ行ってたんだ?鬼灯が探してたぞ」


人里に下りて、同じく夕暮れ時になり家に帰ろうとしていたんだろう蓬くん烏頭くんと遭遇した。
すると思いもよらない言葉を投げかけられて、ぽかんと口を開けてしまった。


「一人歩きなんて珍しいな。あー…なんつーか、ほどほどにしとけば?」
「…あんまり心配かけると後が怖そうだしな…」
「…え?」


あの後まだ夜になるまでに時間がかかることを確認して、持参していた籠に薬草と山菜を山ほど詰めてから帰った。
現実逃避のため、心を落ち着かせる意味も含め、無心になって収穫した。
鉢合わせた二人の手に、摘みすぎたそれを握らせおすそ分けする。
あんまり乱獲するなよと色んな意味で呆れたような目を向けつつも、二人はありがとうとお礼を言って受け取ってくれた。


「心配…かけたのかな」


数時間山に入ったくらいてなぜ?と困惑していると、当然だと言わんばかりに二人はまた揃って大きく首肯した。


「俺たちも心配してたんだぞ」
「そーだそーだ、とうとうお前が反発して家出したんじゃないかってな」
「おい!」

ケラケラこちらを指さし笑う烏頭君を窘める蓬くん。
…家出?昼から夕に変わるまでのたった数時間で、どうしてそんな発想になるんだろう。
過保護過ぎるんじゃないの?という疑問でいっぱいになる。
そもそも今日は出かけるって鬼灯くんには前日からちらりと予告していた。
忽然と姿を消したならまだ…ギリで分からないでもないけど、何故こんなに言われてるのんだろう。
心配したとしきりに主張する割にはあまり緊迫感がないし、からかう余裕さえ見取れる。
はあ、へえ、ふん、ええ、とひたすら生返事を繰り返し、二人と別れる。
時間帯もちょうど、我が家に帰ろうとする子供から、市から撤退、店じまいしてきた商人、農作を終えた老若男女で溢れていて、沢山すれ違う。
顔見知りも多くいて、その度にあの馴染みの二人から言われたように「いったいどうしたの?」とか「心配した」とか、言葉の割には穏やかな笑みを向けられる。
疑問でいっぱい押しつぶされそうになっていたところで、お香ちゃんにも遭遇した。


「あら、帰ってたの?どこに行ってたの」
「……」

お香ちゃんにまで言われてしまうなんて、もうどうしたらいいんだろう。
どこに、と言われてもこの籠と中にある薬草(おまけの山の幸セット)が全て代弁してくれているはずなんだけど…まさかみんなには見えてない?私の幻覚なのかなと不安で落ち着かなくなる。


「彼も心配してたわよ、すっごく。もちろんあたしも」
「…う、うん…ええと…ごめんね…?」
「あんまり危ないことしちゃだめよ」


確かに危ないことをしていたけど…というか、ちょっと理不尽に危ない目に合ってたけど…。
死にかけて命拾いしたということを皆が知るはずがないし、知っていたとしたらこんなに穏やかに対応するはずがないし。
…でも鬼たちの倫理観は人間とはかけ離れているし、時代も時代なので私の中の基準が甘いだけなのかもしれないしなあと悶々としてきた。
でも絶対に何か、どこかがおかしいと思うのだ。


「オイ!無断欠席するな!具合が悪いならアイツにでも伝言しとけ」
「………はい…」


大きな声で叱責され、か細い声で縮こまりながら返事する。普段真面目にやってるからか、それ以上の追及をされることも叱られることもなく、道端ですれ違った先生はあっさりとした態度で去っていった。大きな身体が道に影を作っている。
向かう方向は教え処だったので、この時間になってもまだまだ帰れないで先生も大変だなと現実逃避しながらも。
…この違和感、私の困惑の理由は先生の発言のおかげでなんとなくわかってきた。


「アレちゃんおかえりー、ねえ、どこに行ってたの?」
「……ちょっとそこまでです…」
「えー?ちょっと?そこ?どこよお」


馴染みのご近所のおばちゃんや贔屓にしてもらってるお洒落好きのハイカラおじさん、
お兄さんお姉さん同級生などにも声をかけられて、私がどれだけ不自然に「ぽっかりと消えていた」のかを知った。
…出席もとるし、必然的に毎日決まった時間にみんなと顔を合わせることになる教え処はとにかく、ご近所さんまでが気付く失踪に、鬼灯くんが気付かないはずがない。
ていうか鬼灯くんとは一緒に暮らしていて一緒に教え処に登校もしていて、それで気付かないはずがない。
視界に入れないようにして険悪に過ごしていたならまだしも、毎日細々会話してる。


「ちょっと…考えよ…考えたい…」


道端の隅、木に寄りかかりながら混乱する頭を抱える。
日が傾き切るまで時間がない、手早く考えごとは済ませなければならない。
これはいわゆる神隠しというやつではないかと、無知な私でもすぐに思い当たった。
テレビでもたまに怪談や不思議な話を取り扱った番組は放映されていたし、そういう類の番組でたまーに取り上げられていたのがソレだった。


「…鬼灯くん…なんて言うんだろう…」


気を付けてとか、遅くならないようにとか、具合はどうですかとか心配をしてくれる子だ。
随分当たり障りがない最低限の気配りだと言われたらそうだけど、昔の彼と比べたらこれでも全然気にかけてくれてる方。
優しい子なのは知ってる。助けてくれてるのも知ってる。
怒りの沸点さえも知っているけれど、彼の精神面についてはまだ計り知れない所がある。
家族なんだからと宣言もしてくれたけど、だからと言ってこういう時に母親のように「この子は心配かけて!」と尻を叩いてくるような情熱は感じないし、娘を溺愛する父のようにオロオロと動揺する姿とも重ならない。

情の面が掴みきれないのだ。
ガアッと怒られるなら怒られるで事前に心の準備をしてから帰りたいし、あっさりした対応を取られるなら取られるで、拍子抜けもしたくないし。心臓に悪いからパターンを予測しておきたい。
…点数が悪いテストの答案を握りしめた子供のようだなと自分を客観的にみた。親に叱られるのを恐れる夕暮れ時の子供。
あの子はどう感じるんだろう。どういう反応するんだろう。
心配してくれていたと聞いたけど、心配というものには程度も種類も様々あると思う。


「ああだめ暗くなっちゃう、もう帰らないと」


怒る?悲しむ?呆れる?無事でよかったと言ってくれる?それとも無反応?
どれもありそうで色んな意味で知るのが怖い。走って全速力で住処にたどり着く。
私は大きく深呼吸してから足を進めた。

2018.12.6