第二十五話
2.あの世─指摘と金棒
「もう一度言ってみろ、と言いました」
ギリリと締まる音がする。
「あるいはその枝が目に入る前に泣いてて詫びろ、と捉えて頂いて構わないです」
片手で首を締め上げ宙へ吊り上げてやった彼の眼球は、もう少しで鋭利な木の枝が突き刺さりそうな位置にありました。
全ては身体を持ち上げている私の些事加減で、彼の態度によりけりでこの後どうとでもなります。
「わかった謝る!」
「何を?何について?こうされたから仕方なく謝る?謝る理由を明確に述べろポンポン頭!!」
「みなしごと言って石を投げてすみませんでした許してください!!!!」
促した通りに明確な返答が帰ってきたのを見届けた瞬間、その首から手を離してやります。
彼は地面に吸い込まれていき、ドサリと無様に背をぶつける。
私はそれを一瞥してやることもなく、振り返らず歩いていきました。
「恐ろしいなお前は」
「烏頭さん蓬さん、おはようございます」
「おまえアレな、みなしごって言われるの嫌いだよな」
「みなしごはみなしごです、それはいいです」
ただ事実を言われて逆ギレするような幼稚な心は持ってない。私はみなしごですと平気な顔で他人に申告できるし、特別過去を気に病んでもいない。
しかしただ事実として確認されるのと、悪意をこめて表現されるのでは話が違う。
「それを理由に馬鹿にされるのは嫌いです」
「一度敵と認定すると徹底的な所あるよな」
「そうかもしれません」
「トガったな〜昔はもう少し可愛げあったのに」
「私はそれよりも…あなたの方がものすごくトガってると思いますけど」
「なんでだよ」
真顔で応答する烏頭さんに自覚症状はないようです。
トガっているというよりは、拗らせていると言った方が適切でしょうか。視線をあげて彼の髪の辺りを注視します。
「その女子を意識しまくった髪型とか…」
「バッ意識してねーよ、一分でチョッとイジっただけだ!」
どう考えても一時間はかけているでしょう。目があった蓬さんも同じ考えを抱いているようで、口元をひきつらせていました。
流れの悪い空気を切りかえるように彼はわざとらしく咳払いをします。
「あー、ささくれたやつと一緒にいるのに、は変わらねえよな」
「あの子ですか?」
「ああちゃん。昔からのんびりなままだよなあ」
「あの子だってそれなりに変わりましたよ」
「えっそうかなあ?」
烏頭さんと蓬さんの認識は一致しているようで、私とは齟齬があるようでした。
上手に育たなかったとはよくからかうように言うことだけれど、幼少期よりも育ったことに変わりはないし、中身も大人になったというのか…落ち着いてきた印象を受ける。
昔から泣き虫なくせしてどこか悟っていて、余裕があって、自分よりも他者を気に掛けることが出来るくらい大人びてはいたけど。
たまにどこか切羽詰ったような顔を見せる時がありました。今ではそういう焦りのようなものはほどほどに潜んでいる。
「病気はそのままですけど」
「ああー」
すぐにふらりと貧血になって吐きそうになる癖は変わらずです。
淡々と昔や最近を振り返り、彼女の癖や精神を分析してつらつら述べていると、二人は何だか微妙そうな呆れたような苦い反応をします。
「お前大事に仕方がズレてんだよなあ」
「…はい?」
なぜ今の話が突然妙なところに着地したのでしょう。どのことを言っているのかハッキリとわかりません。
はー、と溜息をつき腕を組み、やれやれと首を振る二人の苦い視線は自分に向けられていることに一拍おいてはっきりと気が付き、芋づる式にそれがあの子…を絡めて話しているのだと悟りました。
まるで「まだまだ青いな」とでも言いたげな烏頭さんの反応が気に食わず、仕返しにちょっとからかってやります。
「特定の女子に向けて書いたことをにおわせる自作の歌とか作ったりする人に言われたくありません」
「バッ…アレはそういうんじゃねーよおっ女とかキョーミねーし恋愛とかキョーミねえしッ!!?」
「お前…」
呆れたように目を細める蓬さんと、顔を赤くして否定する烏頭さん。
喜怒哀楽がハッキリ表に出て、露骨でとてもわかりやすい鬼です。
お金もなく私物も多くなく、私が大事にし続けている"もの"なんてごくわずか。
指折り数えていけばすぐに見つかる。あの子のことを言ってるんだろうと分かっても、
さてしかし、ズレとはどの部分を指して言っているのでしょうか。
「好きな女にやる態度かあれは」
好きな女、という響きになんとも言えない違和感を抱きました。
昔も二人に私達の関係について問われたことがある。
その時は特に明言しなかったものの、既に私とあの子は「家族」という括りにしておけばいいのだと結論が出ていました。
彼の中でその時からどういう思考の巡りを辿ったのかはわかりませんが、結局はそういう結論を出したようです。
蓬さんは苦笑していました。彼は一緒にいるからといって安直に恋愛関係に結びつけることはなかったようです。
「でも、まあオレもそう思うよ。態度っていうか対応がなあ…お前器用なのに変なとこ不器用っていうか…」
「別にあの子のこと、好きなんかじゃありませんけど」
「「うそつけ!!!」」
二人の声がハモッた。仲がいいですねと感心したように言うと、二人は神経を逆なでされたのか怒った。
仲がいいというところは否定しなかった所に関係性が透けて見える。
やっぱり仲良しじゃないですか。そして私も彼らと仲良くさせてもらっている自覚はありますが。
「四六時中一緒にいて何が好きじゃないだよ」
「あの子は血の繋がりこそありませんが、身内みたいなものです。知ってるでしょう」
「いやでもだからこそ、恋とかそんなんじゃなくても…相手が好きじゃなかったらとっくに共同生活やめてるだろ」
「…百歩譲って彼女のことが好きだったとして、蓬さんが言ったように、必ずしも男女関係に結びけられるものじゃないと思いますが」
「けどやっぱお前あいつのこと好きだろ」
ズバッと当たり前のように言った烏頭さん。ひえっと何故かビビる蓬さん。
どうやってもそういう関係に持って行きたいらしいと察して、ならば否定し続けることに意味がないとも悟り、それ以降は返事も投げやりになった。
「そうですね、好きみたいですね。私は男であの子は女ですから」
「あ、面倒臭くなったなこいつ」
「お前照れんなよ〜」
微妙そうな顔をした蓬さんは私の態度の変化からすぐに悟り、烏頭さんは仕返しとばかりに悪ノリして肘でつついてくる。
私にも烏頭さんにも呆れていた蓬さんは、「いやでもさ、」と続ける。
「ちゃん病弱だし、多少過保護になるのもわかるし」
「過保護…?」
「かと思えば凄くぞんざいに扱うし」
「病人に鞭打ってるよな」
「鞭なんて打てませんよ。あの子にそんなことしたらすぐ死にますし」
「いや物理的な意味じゃなくて比喩」
「死ななくて打てるなら鞭打ちするつもりか、恐ろしいなお前」
そんなことはしていない、というより出来ませんよと訂正を入れた。
ではなんでしょう、精神的に鞭を打ってるとでもいうのでしょうか。
意地悪をした覚えもなければ過保護になった覚えもない。あと打てたとしても別に打つつもりはない。
病人を労わる心くらい持ち合わせているし、看病するのもしょっちゅうでしたけど、そういう最低限の親切心と労わりが過保護だと言われるならもう何も出来ません。
「お前、ちゃんに合わせすぎ」
「鬼の目にも涙?お前の血も赤かった?つーか」
「…よくわかりませんが」
変なことを言っている訳じゃない。からかっている訳でもない。心配から助言してくれているのだと伺い知れる。
いや烏頭さんは心配しているというか、こういう調子なのはいつものことですが、だからこそ決して性質悪くからかっているのではないと知っている。
それはわかるのにどこか抽象的でその真意が上手く掴めない。
場にそぐうように合わせることは人並みにするし、他人に合わせることもまあ人並みにはする。
しかし人並みの域は越えず、むしろ所によってはマイナス値を出していることもあるのではないかと自覚していた。
「それより早く教え処行かないと送れるぞ」
蓬さんが話し込んでいたことにハッと気が付き、私達を促します。
「今日試験だろ〜かったるいなクソ」
「…ではフケますか」
「お、なんだ珍しいな」
「え〜」
「今日の昼から市場で競売があるそうです」
前日からあの子にちらりと話していた通り、そのことを知っていた私はもとからそうするつもりでした。
「競売?鬼灯そんなのに興味あんの?金ないのに」
「呪いの金棒とやらが出るらしいです」
「ゲッそれ闇市でやってるやつだろ」
「お前真面目なようで結構そういう情報知ってるよな」
察しのいい蓬さんはすぐに闇市で扱われるような物騒なものだと気が付いたようで、顔を青くしていた。
烏頭さんは反対にけろりとしていて、面白そうにしていました。
「競売には興味ありませんが、その金棒は見てみたい」
「珍しい道具系すきだよな〜将来的に金入ったら収集癖出そうオマエ」
それは自分自身そう思います。しかし収集癖など覚醒させたらあの子はいい顔をしなさそうだ…と考えて、けれどフケるということを仄めかしても特に咎めなかったことを思えば、きっと呆れつつ黙認するだけだろうと結論が出ます。
「でもいいね行こう、俺もみたい」
「オイッ!俺は行かないぞ教え処行くからな」
「おお、じゃ俺達風邪ってことにしといて」
「知らないからな!そんなとこ行って…」
「だから無理してこなくていいって」
即決断即行動。教え処で試験を受けるという予定を蹴って行先変更した私達を、蓬さんがげんなりとした顔で咎めます。
「お前たちは昔っからそうだよ!」
「ついて来んのか」
「行くなら一緒に行きましょう」
真面目なようで真面目になりきれないのは蓬さんも一緒で、結局はついてきてくれるのです。そういう所はあの子も一緒で、類は友を呼ぶというか、真面目じゃない者には真面目でない者が集まるようだ、面白いものだと場違いな感心をしました。
「それで?結局は連れてかないの?」
「仲間外れにするのはかわいそうだぞ」
昔はこういう時、あの子も必ず引き連れていたのを二人とも当然覚えています。
しかし私は首を横に振る。今頃教え処に行ってお香さんと談笑でもしている頃でしょう。
みんなとうまくやれているけど、あの子はお香さんと特別親しくしていて、とても懐いています。
というより、教え処のだいたいの子が穏やかな人となりをしているお香さんを好ましく思っていました。
あの子にどこか危なっかしい所…"寄せ付ける"ようなところがあると確信した今、どこにでも連れ歩く気にはなれません。
「別にそうしたところで気にしないでしょう」
「まあ図太そうだしな」
烏頭さんは同感だと頷きましたが、蓬さんは否定します。蓬さんは昔から贔屓…というか、
男子は男子で女子は女子なのだという線引きをきっちり引く、律儀で真面目な所がありました。
「いやいや普通気にするだろ、しかも女の子なのに」
「蓬さんは性別への配慮が少し行き過ぎてると思いますよ」
「そーだそーだ」
烏頭さんは女子への興味が出てきて過剰に意識してしてしまう以上に、持ち前のよくも悪くも軽くて適当な所が上回り、配慮に欠ける所があります。
女子ともサクッと気軽な友情を築けるタイプです。気にせず野次を飛ばします。
くだらない雑談を交わしつつ、私達は市へと歩く。
たどり着いた競売場の裏口からこっそり忍びこみ、お目にかかれた金棒は立派なものでした。
「お〜…って何が凄いんだ?」
「インドや中国にある「地獄」という機関の、年季の入った拷問道具を凝縮してつくられ、いくら使ってもトゲが丸くならないようです」
「はぁ〜」
「この金棒は持ち主を選ぶとかで…」
噂の金棒をじっくりと見ることが出来て満足した。
店のものに見つかる前に撤退しようと動きだしましたが、上手いこと事は運ばない。
逃れようがないほどしっかりと鉢合わせてしまいました。穏便に済ませようと謝罪しますが、絡まれる。
やってきたのはポンポン頭の鬼二人で、背が一回り小さい片割れには見覚えがありました。
今朝首を締め上げてやったあのやんちゃな鬼です。
「!!オメーか俺の弟をイジめたみなしごのガキは」
「その上生贄にされたろくでなしだ、兄貴ィやっちまえ」
烏頭さんも勝気にやいやいと喚くポンポンの弟相手に言い合っている。
彼ら二人は言い合いの中にいちいちみなしごみなしごと言う言葉を引き合いに出してきて、それを聞いていた私の内側からふつふつと怒りが湧いてくるのを感じていました。
「みなしご、みなしごと…」
「あっ」
ぼそりと沸騰寸前の怒りを呪詛のように吐きだすと、蓬さんがこれから起こるであろう展開を察したようで声をあげていました。
青い顔で私の挙動を凝視します。彼は細かな所を察してしまう苦労人だ。
──ついに沸騰し、怒りで満たされきった私の手は咄嗟にあの金棒を掴んでいました。
いくら使用しても丸くならないという謳い文句。
少なくともやんちゃな鬼の一人や二人殴った所で損傷しないと証明された金棒は、紆余曲折あって私が持ち帰ることになった。
ここのものをなんでもあげますから、とあの人たちに直々に言われてしまったのだから、そんな素晴らしいお言葉には素直に甘えない訳にはいきません。
どうやら私は金棒の持ち主として選ばれたらしい。名誉なことですねと言うと二人は顔を背けていた。
滅多なことがなければ金棒で友人を殴ったりしませんよ、滅多なことがなければ。
「家族」にだって振るうことはないのでしょう。
宣言したばかりのそれは自分の中で定着せず、未だにとってつけたような違和感が拭えません。
時間をかければ馴染むだろうと漠然と思っていた。
──けれど、定着させようと思ったことが間違いだったとのだ気付く。
2.あの世─指摘と金棒
「もう一度言ってみろ、と言いました」
ギリリと締まる音がする。
「あるいはその枝が目に入る前に泣いてて詫びろ、と捉えて頂いて構わないです」
片手で首を締め上げ宙へ吊り上げてやった彼の眼球は、もう少しで鋭利な木の枝が突き刺さりそうな位置にありました。
全ては身体を持ち上げている私の些事加減で、彼の態度によりけりでこの後どうとでもなります。
「わかった謝る!」
「何を?何について?こうされたから仕方なく謝る?謝る理由を明確に述べろポンポン頭!!」
「みなしごと言って石を投げてすみませんでした許してください!!!!」
促した通りに明確な返答が帰ってきたのを見届けた瞬間、その首から手を離してやります。
彼は地面に吸い込まれていき、ドサリと無様に背をぶつける。
私はそれを一瞥してやることもなく、振り返らず歩いていきました。
「恐ろしいなお前は」
「烏頭さん蓬さん、おはようございます」
「おまえアレな、みなしごって言われるの嫌いだよな」
「みなしごはみなしごです、それはいいです」
ただ事実を言われて逆ギレするような幼稚な心は持ってない。私はみなしごですと平気な顔で他人に申告できるし、特別過去を気に病んでもいない。
しかしただ事実として確認されるのと、悪意をこめて表現されるのでは話が違う。
「それを理由に馬鹿にされるのは嫌いです」
「一度敵と認定すると徹底的な所あるよな」
「そうかもしれません」
「トガったな〜昔はもう少し可愛げあったのに」
「私はそれよりも…あなたの方がものすごくトガってると思いますけど」
「なんでだよ」
真顔で応答する烏頭さんに自覚症状はないようです。
トガっているというよりは、拗らせていると言った方が適切でしょうか。視線をあげて彼の髪の辺りを注視します。
「その女子を意識しまくった髪型とか…」
「バッ意識してねーよ、一分でチョッとイジっただけだ!」
どう考えても一時間はかけているでしょう。目があった蓬さんも同じ考えを抱いているようで、口元をひきつらせていました。
流れの悪い空気を切りかえるように彼はわざとらしく咳払いをします。
「あー、ささくれたやつと一緒にいるのに、は変わらねえよな」
「あの子ですか?」
「ああちゃん。昔からのんびりなままだよなあ」
「あの子だってそれなりに変わりましたよ」
「えっそうかなあ?」
烏頭さんと蓬さんの認識は一致しているようで、私とは齟齬があるようでした。
上手に育たなかったとはよくからかうように言うことだけれど、幼少期よりも育ったことに変わりはないし、中身も大人になったというのか…落ち着いてきた印象を受ける。
昔から泣き虫なくせしてどこか悟っていて、余裕があって、自分よりも他者を気に掛けることが出来るくらい大人びてはいたけど。
たまにどこか切羽詰ったような顔を見せる時がありました。今ではそういう焦りのようなものはほどほどに潜んでいる。
「病気はそのままですけど」
「ああー」
すぐにふらりと貧血になって吐きそうになる癖は変わらずです。
淡々と昔や最近を振り返り、彼女の癖や精神を分析してつらつら述べていると、二人は何だか微妙そうな呆れたような苦い反応をします。
「お前大事に仕方がズレてんだよなあ」
「…はい?」
なぜ今の話が突然妙なところに着地したのでしょう。どのことを言っているのかハッキリとわかりません。
はー、と溜息をつき腕を組み、やれやれと首を振る二人の苦い視線は自分に向けられていることに一拍おいてはっきりと気が付き、芋づる式にそれがあの子…を絡めて話しているのだと悟りました。
まるで「まだまだ青いな」とでも言いたげな烏頭さんの反応が気に食わず、仕返しにちょっとからかってやります。
「特定の女子に向けて書いたことをにおわせる自作の歌とか作ったりする人に言われたくありません」
「バッ…アレはそういうんじゃねーよおっ女とかキョーミねーし恋愛とかキョーミねえしッ!!?」
「お前…」
呆れたように目を細める蓬さんと、顔を赤くして否定する烏頭さん。
喜怒哀楽がハッキリ表に出て、露骨でとてもわかりやすい鬼です。
お金もなく私物も多くなく、私が大事にし続けている"もの"なんてごくわずか。
指折り数えていけばすぐに見つかる。あの子のことを言ってるんだろうと分かっても、
さてしかし、ズレとはどの部分を指して言っているのでしょうか。
「好きな女にやる態度かあれは」
好きな女、という響きになんとも言えない違和感を抱きました。
昔も二人に私達の関係について問われたことがある。
その時は特に明言しなかったものの、既に私とあの子は「家族」という括りにしておけばいいのだと結論が出ていました。
彼の中でその時からどういう思考の巡りを辿ったのかはわかりませんが、結局はそういう結論を出したようです。
蓬さんは苦笑していました。彼は一緒にいるからといって安直に恋愛関係に結びつけることはなかったようです。
「でも、まあオレもそう思うよ。態度っていうか対応がなあ…お前器用なのに変なとこ不器用っていうか…」
「別にあの子のこと、好きなんかじゃありませんけど」
「「うそつけ!!!」」
二人の声がハモッた。仲がいいですねと感心したように言うと、二人は神経を逆なでされたのか怒った。
仲がいいというところは否定しなかった所に関係性が透けて見える。
やっぱり仲良しじゃないですか。そして私も彼らと仲良くさせてもらっている自覚はありますが。
「四六時中一緒にいて何が好きじゃないだよ」
「あの子は血の繋がりこそありませんが、身内みたいなものです。知ってるでしょう」
「いやでもだからこそ、恋とかそんなんじゃなくても…相手が好きじゃなかったらとっくに共同生活やめてるだろ」
「…百歩譲って彼女のことが好きだったとして、蓬さんが言ったように、必ずしも男女関係に結びけられるものじゃないと思いますが」
「けどやっぱお前あいつのこと好きだろ」
ズバッと当たり前のように言った烏頭さん。ひえっと何故かビビる蓬さん。
どうやってもそういう関係に持って行きたいらしいと察して、ならば否定し続けることに意味がないとも悟り、それ以降は返事も投げやりになった。
「そうですね、好きみたいですね。私は男であの子は女ですから」
「あ、面倒臭くなったなこいつ」
「お前照れんなよ〜」
微妙そうな顔をした蓬さんは私の態度の変化からすぐに悟り、烏頭さんは仕返しとばかりに悪ノリして肘でつついてくる。
私にも烏頭さんにも呆れていた蓬さんは、「いやでもさ、」と続ける。
「ちゃん病弱だし、多少過保護になるのもわかるし」
「過保護…?」
「かと思えば凄くぞんざいに扱うし」
「病人に鞭打ってるよな」
「鞭なんて打てませんよ。あの子にそんなことしたらすぐ死にますし」
「いや物理的な意味じゃなくて比喩」
「死ななくて打てるなら鞭打ちするつもりか、恐ろしいなお前」
そんなことはしていない、というより出来ませんよと訂正を入れた。
ではなんでしょう、精神的に鞭を打ってるとでもいうのでしょうか。
意地悪をした覚えもなければ過保護になった覚えもない。あと打てたとしても別に打つつもりはない。
病人を労わる心くらい持ち合わせているし、看病するのもしょっちゅうでしたけど、そういう最低限の親切心と労わりが過保護だと言われるならもう何も出来ません。
「お前、ちゃんに合わせすぎ」
「鬼の目にも涙?お前の血も赤かった?つーか」
「…よくわかりませんが」
変なことを言っている訳じゃない。からかっている訳でもない。心配から助言してくれているのだと伺い知れる。
いや烏頭さんは心配しているというか、こういう調子なのはいつものことですが、だからこそ決して性質悪くからかっているのではないと知っている。
それはわかるのにどこか抽象的でその真意が上手く掴めない。
場にそぐうように合わせることは人並みにするし、他人に合わせることもまあ人並みにはする。
しかし人並みの域は越えず、むしろ所によってはマイナス値を出していることもあるのではないかと自覚していた。
「それより早く教え処行かないと送れるぞ」
蓬さんが話し込んでいたことにハッと気が付き、私達を促します。
「今日試験だろ〜かったるいなクソ」
「…ではフケますか」
「お、なんだ珍しいな」
「え〜」
「今日の昼から市場で競売があるそうです」
前日からあの子にちらりと話していた通り、そのことを知っていた私はもとからそうするつもりでした。
「競売?鬼灯そんなのに興味あんの?金ないのに」
「呪いの金棒とやらが出るらしいです」
「ゲッそれ闇市でやってるやつだろ」
「お前真面目なようで結構そういう情報知ってるよな」
察しのいい蓬さんはすぐに闇市で扱われるような物騒なものだと気が付いたようで、顔を青くしていた。
烏頭さんは反対にけろりとしていて、面白そうにしていました。
「競売には興味ありませんが、その金棒は見てみたい」
「珍しい道具系すきだよな〜将来的に金入ったら収集癖出そうオマエ」
それは自分自身そう思います。しかし収集癖など覚醒させたらあの子はいい顔をしなさそうだ…と考えて、けれどフケるということを仄めかしても特に咎めなかったことを思えば、きっと呆れつつ黙認するだけだろうと結論が出ます。
「でもいいね行こう、俺もみたい」
「オイッ!俺は行かないぞ教え処行くからな」
「おお、じゃ俺達風邪ってことにしといて」
「知らないからな!そんなとこ行って…」
「だから無理してこなくていいって」
即決断即行動。教え処で試験を受けるという予定を蹴って行先変更した私達を、蓬さんがげんなりとした顔で咎めます。
「お前たちは昔っからそうだよ!」
「ついて来んのか」
「行くなら一緒に行きましょう」
真面目なようで真面目になりきれないのは蓬さんも一緒で、結局はついてきてくれるのです。そういう所はあの子も一緒で、類は友を呼ぶというか、真面目じゃない者には真面目でない者が集まるようだ、面白いものだと場違いな感心をしました。
「それで?結局は連れてかないの?」
「仲間外れにするのはかわいそうだぞ」
昔はこういう時、あの子も必ず引き連れていたのを二人とも当然覚えています。
しかし私は首を横に振る。今頃教え処に行ってお香さんと談笑でもしている頃でしょう。
みんなとうまくやれているけど、あの子はお香さんと特別親しくしていて、とても懐いています。
というより、教え処のだいたいの子が穏やかな人となりをしているお香さんを好ましく思っていました。
あの子にどこか危なっかしい所…"寄せ付ける"ようなところがあると確信した今、どこにでも連れ歩く気にはなれません。
「別にそうしたところで気にしないでしょう」
「まあ図太そうだしな」
烏頭さんは同感だと頷きましたが、蓬さんは否定します。蓬さんは昔から贔屓…というか、
男子は男子で女子は女子なのだという線引きをきっちり引く、律儀で真面目な所がありました。
「いやいや普通気にするだろ、しかも女の子なのに」
「蓬さんは性別への配慮が少し行き過ぎてると思いますよ」
「そーだそーだ」
烏頭さんは女子への興味が出てきて過剰に意識してしてしまう以上に、持ち前のよくも悪くも軽くて適当な所が上回り、配慮に欠ける所があります。
女子ともサクッと気軽な友情を築けるタイプです。気にせず野次を飛ばします。
くだらない雑談を交わしつつ、私達は市へと歩く。
たどり着いた競売場の裏口からこっそり忍びこみ、お目にかかれた金棒は立派なものでした。
「お〜…って何が凄いんだ?」
「インドや中国にある「地獄」という機関の、年季の入った拷問道具を凝縮してつくられ、いくら使ってもトゲが丸くならないようです」
「はぁ〜」
「この金棒は持ち主を選ぶとかで…」
噂の金棒をじっくりと見ることが出来て満足した。
店のものに見つかる前に撤退しようと動きだしましたが、上手いこと事は運ばない。
逃れようがないほどしっかりと鉢合わせてしまいました。穏便に済ませようと謝罪しますが、絡まれる。
やってきたのはポンポン頭の鬼二人で、背が一回り小さい片割れには見覚えがありました。
今朝首を締め上げてやったあのやんちゃな鬼です。
「!!オメーか俺の弟をイジめたみなしごのガキは」
「その上生贄にされたろくでなしだ、兄貴ィやっちまえ」
烏頭さんも勝気にやいやいと喚くポンポンの弟相手に言い合っている。
彼ら二人は言い合いの中にいちいちみなしごみなしごと言う言葉を引き合いに出してきて、それを聞いていた私の内側からふつふつと怒りが湧いてくるのを感じていました。
「みなしご、みなしごと…」
「あっ」
ぼそりと沸騰寸前の怒りを呪詛のように吐きだすと、蓬さんがこれから起こるであろう展開を察したようで声をあげていました。
青い顔で私の挙動を凝視します。彼は細かな所を察してしまう苦労人だ。
──ついに沸騰し、怒りで満たされきった私の手は咄嗟にあの金棒を掴んでいました。
いくら使用しても丸くならないという謳い文句。
少なくともやんちゃな鬼の一人や二人殴った所で損傷しないと証明された金棒は、紆余曲折あって私が持ち帰ることになった。
ここのものをなんでもあげますから、とあの人たちに直々に言われてしまったのだから、そんな素晴らしいお言葉には素直に甘えない訳にはいきません。
どうやら私は金棒の持ち主として選ばれたらしい。名誉なことですねと言うと二人は顔を背けていた。
滅多なことがなければ金棒で友人を殴ったりしませんよ、滅多なことがなければ。
「家族」にだって振るうことはないのでしょう。
宣言したばかりのそれは自分の中で定着せず、未だにとってつけたような違和感が拭えません。
時間をかければ馴染むだろうと漠然と思っていた。
──けれど、定着させようと思ったことが間違いだったとのだ気付く。