第二十三話
2.あの世─15才頃
「お香ちゃん、その髪留め素敵だね」
「もその着物とっても可愛い、似合ってるわ」
こういう話で女友達ときゃっきゃ出来る年ごろになった。
私達あの世の鬼が身体的にも精神的にも成長するのには果てしない年月が必要で、人間のようににょきにょきと伸びたりはしなかった。
彼ら的にはあっという間のことだったんだろうけど、人間の成長速度を知識としても体感として知っている私からすると、ここまで来るのも相当長く感じられた。
成人には程遠くて、成長の余地はまだまだ残されてる。
その上私は平均よりも成長が遅いようで、みんなが現代でいえば中学生くらいになっているのにもかかわらず、小学生体型のままだった。
周りからはなんだか不憫そうに見られてる。、
精神的なものに成長が左右されることもあるらしいし、心当たり(空間酔い)は十分あった。
成長期が訪れる時期に個人差があるのは普通だし…と言い訳して自分を慰めている。未来の私に期待しよう。
先は長いし果てしないなあと時々遠い目をして、その度また具合が悪くなったりしながら日々の生活を送ってる。
最近では昔よりもずっと綺麗になったお香ちゃんの長い睫毛を眺めたり、白い肌に度々見惚れていた。
貴重な女の子同士の会話を心から楽しんでいる。
鬼灯くんとは生活のための会話しかほぼしていないし、烏頭くん蓬くんともワイワイはしてもきゃっきゃしたことはない。三人とも乙女男子じゃないし当然だ。
昔よりも建物のつくりや、流通している雑貨もしっかりして種類も豊富になっていて、
大人向け子供向け男女それぞれ向けの娯楽も増えてきた。
オシャレも少しなら楽しめるようになってきている。
「最近は一緒にいないのね」
「ん?」
「鬼灯くんのことよ」
「あーうん…そういう年ごろなのかな…?…というより、もともとそんなにべったり距離が近かった訳じゃないしなあ…私達」
「あら、そうだったかしら…?近いように思えたけど」
「必要なことを必要なだけ喋る感じだよ。さっぱりかな」
言うと、あらあらと頬に手を当てる仕草をしながらお香ちゃんは応える。
「その必要なことが二人には特別多かったとか。近いと気付かないかもしれないけど、実は親密な会話してたりしたのよ」
「ご飯どうする?なんでもいいよ。明日は何時に帰る?わからない…とかそんなやり取りばっかりだよ」
「ああ…」
熟しすぎた夫婦みたいねえと困り笑いしたお香ちゃん。確かにそれっぽいかも。
夫婦とはかけ離れた関係だけど、会話自体は近いような遠いような。
とりあえず「何でもいい」と返すのはやめようと振り返って反省した。自分が言われたら困るくせに。
「でも、本当にあまりそうサッパリしていたようにも感じなかったけど」
「仲よさそうに見えたなら私は嬉しいけど、鬼灯くん的にはどうなんだろうね…」
「満更でもないんじゃないかしら。ずっと一緒にいたんだもの、嫌いじゃないわよ」
やっぱりそれには素直に頷けず困り笑してしまったけど、でも確かにあの世に来てから私達の関係は変わった気がする。
月日が経てば経つほど蓬くん烏頭くんお香ちゃんとも親密になったし、親しくしてくれる顔見知りも増えた。
狭い村の傍で暮らしていた人間時代と比べると全然違う濃い交友関係を築けている。
それと同じように、一緒にいた人間時代の一年に加えて、
あの世で時を積み重ねて行くうちに、鬼灯くんともより親密になれたなあと感じる。
とは言っても友人とは違うし夫婦とも絶対に違う、あまりベタベタしない名前のつかない謎の関係性を築いていた。
「家族になりたかったんだ」と理想を語ったこともあったけど、「じゃあ今日から家族だね」とお互い宣言した訳でもない。
鬼灯くんはそんな宣言されても嫌がるんじゃないかなあ…私達いい友達だよね!といっても渋い顔をしそうだし、何を言ってもしっくりこないんじゃないかなあと予想していた。
「あ、でもそういえば…昔より心配してくれることは多くなったかもしれない」
「身体の調子のことかしら?…そういえば今日は大丈夫?」
「うん大丈夫みたい、ありがとうね。…そう、こういうのもなんだけど、なんていうんだろう…
気を付けていってらっしゃいとか、あまり遠くまで行かないようにとか色々気にしてくれるようになったよ」
「まあ、なんだかお母さんみたいね」
「あ、ちょっとそれっぽい感じ。前はお互い放任主義で個人主義だったっていうか…
鬼灯くんは私の目の前に崖があっても気を付けてなんて注意してくれなかったかも。…落ちるギリギリまでは」
「……そう…」
お香ちゃんは気の毒そうに目を伏せて、沈んだ声色で頷いた。
それが鬼灯くんと言う子の人となりで、自然なことだったし特に疑問にも感じなかったけれど、それは残酷なことなのだとその反応で気が付いた。
とっくに気づいてたならもっと熱心に注意してくれてもいいのにあの子鬼だ…違う私も鬼という生き物になったんだった…じゃあ悪魔…?いや悪魔っていう種族も本当にいるらしいんだよなあ世界は広いなあ…
「二人は親密な関係なんじゃないかってみんなよく話してるわ」
「親密?」
「特別な男女の仲なんじゃないかってことね」
「えー、絶対違うよ…」
「皆よりもうちょっと近くで見てみたら、あたしも違うなと感じたけれど」
「ええー…」
仲良くなって、近くでみてなかったらそういう風に見えたかもということかな、お香ちゃんも…
でも一緒にいるだけで勘ぐられたり囃し立てられたりするよねえこの年頃は。
ちょっぴりどきどき楽しみたい女の子の密かなお喋りだと受け止めれば、そう深く考えなくていいかな。
「でも、ちゃんと特別に大事にされてるわね」
「…もしかしてお香ちゃんも楽しんでる?」
「そうねえ。どきどきするわよね、こういうお話は」
くすくすと笑うお香ちゃんにいじわるさは感じなくて、話の種にされても不快にならなかったし、おかしくて笑っちゃうくらいだった。
「自分のことじゃなかったら私もどきどきしちゃうけど」
「ふふ、これから二人一緒に楽めるようになったらいいわね」
「そんな日が来るといいけどねえ。…私がお香ちゃんのお相手に立候補しちゃおうかなあ」
「あら、もらってくれるの?嬉しいわ。じゃあ私もをもらっちゃおうかしら」
「わっ嬉しい!ふふ、やっぱりどきどきするね」
「おかしいわね」
お互いをもらいっこをしながら、きゃっきゃはしゃぎ笑いながら家路についた。
お香ちゃんとは方向が違うため途中で別れて、夕焼け色に染まる道に影を造りながら黙々と歩く。
自分の全身で造り出した影を見つめると、自分の成長を改めて突き付けられたような気になった。
「私も…それなりに大きくなったなあ」
ぴっと指先を伸ばしながら腕を目の高さまで上げてみてる。
あんなに柔らかくて短かく頼りなかった四肢はスラリと…という程でもないけど普通に長くなり、小学生くらいの体格になると大抵のことができるようになった。
高い所にもそれなりには手が届くし、扉の開閉も楽だし歩みは早くなったし体力はついたし。
鬼灯くんよりも一回りは大きかった私の身長はとっくに追い抜かされていて、まだまだ成長期の終わっていない彼がどこまで伸びるのか見物で、同時に置いて行かれた気分で切ない気持ちになる。
ノスタルジックとも違うけど、子の成長を見ていると喜ばしいと思うのと共に、子供が大人になるだけの時が過ぎ去った、その子に降り積もったんだという事実に感傷的になるというか…
でも、気まぐれに高い所からつむじを押されるのはちょっと嫌だった。
「…いつになったらおばあちゃんになれるんだろうなあ」
今までの伸び方を振り返れば、私が老いて死ぬなんて果てしなく遠い未来のことなんだろうなと少し落胆した。
死たくはない。生きていたいし長生きがしたい。でもいつまでも続くというのも辛い。
私がもういいやと人生に満足する時は、きっと三度目の人生ということも相まってみんなよりも早く来るだろうに、終わりの時はみんなと同じように果てしなく遠い。
「…なんでこの姿になってこんなこと考えてるんだろう」
人間でいうと10〜12くらいの若々しい姿をしている。周りの子は15歳くらいかなあ。
さっきまでオシャレの話をしてきゃきゃっと盛り上がっていたのに、次の瞬間には老後のことを考えて萎れているんなんて情緒があまりにも安定していない。
茜色の空が感傷的な気持ちを引き出したのかもしれないと思って逃れるように速足になり、家を目指した。
今日は少し帰りが遅くなってしまった。
鬼灯くんは一日家でだらりとすると今朝宣言していたし、痺れを切らせて夕飯の支度にとりかかってしまっているかもしれない。
無駄な足掻きとは思いつつも料理スキルを伸ばそうとすることを諦められない私は、緩々とした速足をやめてダッと駆けだした。
遅かったですねとちくっとした嫌味を言われるのも嫌だし(自業自得だけど)仕事奪われるのも凄く嫌…。
それでも「おかえりなさい」と律儀に言ってくれるだろう姿も想像できる。それを嬉しい微笑ましいと思うよりも今日はなんだか不思議だなと思う気持ちが勝った。
「…鬼灯くんの気持ち、ちょっとだけわかったかも」
幼い頃、この関係について問われて、あの時はさらりと家族だ云々と語れたけど、ふと立ち止まって振り返れば不思議に思う気持ちがわかる気がした。
あの時声をかけなければ、あの時返事を返してくれなかったら、その後だらだらぐだぐだと一緒にいるようにならなければ、途中で別々の道を歩もうと別れたなら。
そうならなかったのは簡単に言えば成行きで何かの縁だったけど、その縁という漠然とした言葉にこめられた不思議を鬼灯くんが疑問視するのも無理はなかったのだった。
出会いもあれば別れもあるという経験を前の人生でいくつも重ねてきた私は、不思議に思うことがあってもそういう物なんだと納得できるんだけど。
感傷的に物思いに耽ると同時に、感慨深いなとしみじみしながら、たどり着いた我が家に飛び込んだ。
2.あの世─15才頃
「お香ちゃん、その髪留め素敵だね」
「もその着物とっても可愛い、似合ってるわ」
こういう話で女友達ときゃっきゃ出来る年ごろになった。
私達あの世の鬼が身体的にも精神的にも成長するのには果てしない年月が必要で、人間のようににょきにょきと伸びたりはしなかった。
彼ら的にはあっという間のことだったんだろうけど、人間の成長速度を知識としても体感として知っている私からすると、ここまで来るのも相当長く感じられた。
成人には程遠くて、成長の余地はまだまだ残されてる。
その上私は平均よりも成長が遅いようで、みんなが現代でいえば中学生くらいになっているのにもかかわらず、小学生体型のままだった。
周りからはなんだか不憫そうに見られてる。、
精神的なものに成長が左右されることもあるらしいし、心当たり(空間酔い)は十分あった。
成長期が訪れる時期に個人差があるのは普通だし…と言い訳して自分を慰めている。未来の私に期待しよう。
先は長いし果てしないなあと時々遠い目をして、その度また具合が悪くなったりしながら日々の生活を送ってる。
最近では昔よりもずっと綺麗になったお香ちゃんの長い睫毛を眺めたり、白い肌に度々見惚れていた。
貴重な女の子同士の会話を心から楽しんでいる。
鬼灯くんとは生活のための会話しかほぼしていないし、烏頭くん蓬くんともワイワイはしてもきゃっきゃしたことはない。三人とも乙女男子じゃないし当然だ。
昔よりも建物のつくりや、流通している雑貨もしっかりして種類も豊富になっていて、
大人向け子供向け男女それぞれ向けの娯楽も増えてきた。
オシャレも少しなら楽しめるようになってきている。
「最近は一緒にいないのね」
「ん?」
「鬼灯くんのことよ」
「あーうん…そういう年ごろなのかな…?…というより、もともとそんなにべったり距離が近かった訳じゃないしなあ…私達」
「あら、そうだったかしら…?近いように思えたけど」
「必要なことを必要なだけ喋る感じだよ。さっぱりかな」
言うと、あらあらと頬に手を当てる仕草をしながらお香ちゃんは応える。
「その必要なことが二人には特別多かったとか。近いと気付かないかもしれないけど、実は親密な会話してたりしたのよ」
「ご飯どうする?なんでもいいよ。明日は何時に帰る?わからない…とかそんなやり取りばっかりだよ」
「ああ…」
熟しすぎた夫婦みたいねえと困り笑いしたお香ちゃん。確かにそれっぽいかも。
夫婦とはかけ離れた関係だけど、会話自体は近いような遠いような。
とりあえず「何でもいい」と返すのはやめようと振り返って反省した。自分が言われたら困るくせに。
「でも、本当にあまりそうサッパリしていたようにも感じなかったけど」
「仲よさそうに見えたなら私は嬉しいけど、鬼灯くん的にはどうなんだろうね…」
「満更でもないんじゃないかしら。ずっと一緒にいたんだもの、嫌いじゃないわよ」
やっぱりそれには素直に頷けず困り笑してしまったけど、でも確かにあの世に来てから私達の関係は変わった気がする。
月日が経てば経つほど蓬くん烏頭くんお香ちゃんとも親密になったし、親しくしてくれる顔見知りも増えた。
狭い村の傍で暮らしていた人間時代と比べると全然違う濃い交友関係を築けている。
それと同じように、一緒にいた人間時代の一年に加えて、
あの世で時を積み重ねて行くうちに、鬼灯くんともより親密になれたなあと感じる。
とは言っても友人とは違うし夫婦とも絶対に違う、あまりベタベタしない名前のつかない謎の関係性を築いていた。
「家族になりたかったんだ」と理想を語ったこともあったけど、「じゃあ今日から家族だね」とお互い宣言した訳でもない。
鬼灯くんはそんな宣言されても嫌がるんじゃないかなあ…私達いい友達だよね!といっても渋い顔をしそうだし、何を言ってもしっくりこないんじゃないかなあと予想していた。
「あ、でもそういえば…昔より心配してくれることは多くなったかもしれない」
「身体の調子のことかしら?…そういえば今日は大丈夫?」
「うん大丈夫みたい、ありがとうね。…そう、こういうのもなんだけど、なんていうんだろう…
気を付けていってらっしゃいとか、あまり遠くまで行かないようにとか色々気にしてくれるようになったよ」
「まあ、なんだかお母さんみたいね」
「あ、ちょっとそれっぽい感じ。前はお互い放任主義で個人主義だったっていうか…
鬼灯くんは私の目の前に崖があっても気を付けてなんて注意してくれなかったかも。…落ちるギリギリまでは」
「……そう…」
お香ちゃんは気の毒そうに目を伏せて、沈んだ声色で頷いた。
それが鬼灯くんと言う子の人となりで、自然なことだったし特に疑問にも感じなかったけれど、それは残酷なことなのだとその反応で気が付いた。
とっくに気づいてたならもっと熱心に注意してくれてもいいのにあの子鬼だ…違う私も鬼という生き物になったんだった…じゃあ悪魔…?いや悪魔っていう種族も本当にいるらしいんだよなあ世界は広いなあ…
「二人は親密な関係なんじゃないかってみんなよく話してるわ」
「親密?」
「特別な男女の仲なんじゃないかってことね」
「えー、絶対違うよ…」
「皆よりもうちょっと近くで見てみたら、あたしも違うなと感じたけれど」
「ええー…」
仲良くなって、近くでみてなかったらそういう風に見えたかもということかな、お香ちゃんも…
でも一緒にいるだけで勘ぐられたり囃し立てられたりするよねえこの年頃は。
ちょっぴりどきどき楽しみたい女の子の密かなお喋りだと受け止めれば、そう深く考えなくていいかな。
「でも、ちゃんと特別に大事にされてるわね」
「…もしかしてお香ちゃんも楽しんでる?」
「そうねえ。どきどきするわよね、こういうお話は」
くすくすと笑うお香ちゃんにいじわるさは感じなくて、話の種にされても不快にならなかったし、おかしくて笑っちゃうくらいだった。
「自分のことじゃなかったら私もどきどきしちゃうけど」
「ふふ、これから二人一緒に楽めるようになったらいいわね」
「そんな日が来るといいけどねえ。…私がお香ちゃんのお相手に立候補しちゃおうかなあ」
「あら、もらってくれるの?嬉しいわ。じゃあ私もをもらっちゃおうかしら」
「わっ嬉しい!ふふ、やっぱりどきどきするね」
「おかしいわね」
お互いをもらいっこをしながら、きゃっきゃはしゃぎ笑いながら家路についた。
お香ちゃんとは方向が違うため途中で別れて、夕焼け色に染まる道に影を造りながら黙々と歩く。
自分の全身で造り出した影を見つめると、自分の成長を改めて突き付けられたような気になった。
「私も…それなりに大きくなったなあ」
ぴっと指先を伸ばしながら腕を目の高さまで上げてみてる。
あんなに柔らかくて短かく頼りなかった四肢はスラリと…という程でもないけど普通に長くなり、小学生くらいの体格になると大抵のことができるようになった。
高い所にもそれなりには手が届くし、扉の開閉も楽だし歩みは早くなったし体力はついたし。
鬼灯くんよりも一回りは大きかった私の身長はとっくに追い抜かされていて、まだまだ成長期の終わっていない彼がどこまで伸びるのか見物で、同時に置いて行かれた気分で切ない気持ちになる。
ノスタルジックとも違うけど、子の成長を見ていると喜ばしいと思うのと共に、子供が大人になるだけの時が過ぎ去った、その子に降り積もったんだという事実に感傷的になるというか…
でも、気まぐれに高い所からつむじを押されるのはちょっと嫌だった。
「…いつになったらおばあちゃんになれるんだろうなあ」
今までの伸び方を振り返れば、私が老いて死ぬなんて果てしなく遠い未来のことなんだろうなと少し落胆した。
死たくはない。生きていたいし長生きがしたい。でもいつまでも続くというのも辛い。
私がもういいやと人生に満足する時は、きっと三度目の人生ということも相まってみんなよりも早く来るだろうに、終わりの時はみんなと同じように果てしなく遠い。
「…なんでこの姿になってこんなこと考えてるんだろう」
人間でいうと10〜12くらいの若々しい姿をしている。周りの子は15歳くらいかなあ。
さっきまでオシャレの話をしてきゃきゃっと盛り上がっていたのに、次の瞬間には老後のことを考えて萎れているんなんて情緒があまりにも安定していない。
茜色の空が感傷的な気持ちを引き出したのかもしれないと思って逃れるように速足になり、家を目指した。
今日は少し帰りが遅くなってしまった。
鬼灯くんは一日家でだらりとすると今朝宣言していたし、痺れを切らせて夕飯の支度にとりかかってしまっているかもしれない。
無駄な足掻きとは思いつつも料理スキルを伸ばそうとすることを諦められない私は、緩々とした速足をやめてダッと駆けだした。
遅かったですねとちくっとした嫌味を言われるのも嫌だし(自業自得だけど)仕事奪われるのも凄く嫌…。
それでも「おかえりなさい」と律儀に言ってくれるだろう姿も想像できる。それを嬉しい微笑ましいと思うよりも今日はなんだか不思議だなと思う気持ちが勝った。
「…鬼灯くんの気持ち、ちょっとだけわかったかも」
幼い頃、この関係について問われて、あの時はさらりと家族だ云々と語れたけど、ふと立ち止まって振り返れば不思議に思う気持ちがわかる気がした。
あの時声をかけなければ、あの時返事を返してくれなかったら、その後だらだらぐだぐだと一緒にいるようにならなければ、途中で別々の道を歩もうと別れたなら。
そうならなかったのは簡単に言えば成行きで何かの縁だったけど、その縁という漠然とした言葉にこめられた不思議を鬼灯くんが疑問視するのも無理はなかったのだった。
出会いもあれば別れもあるという経験を前の人生でいくつも重ねてきた私は、不思議に思うことがあってもそういう物なんだと納得できるんだけど。
感傷的に物思いに耽ると同時に、感慨深いなとしみじみしながら、たどり着いた我が家に飛び込んだ。