第二話
1. 生贄─無意味
そこらにいる、誰かの庇護下にある子供と変わらない警戒心のなさ、無邪気な仕草。
故に気づけなくて、はねのけるような態度を取ってしまった。
「言ってなかったかあ…私もみなしご?ってやつだよ。どこの村で生まれたのかもよくわかんない」
再び顔を合わせた際、直に告白されるより前から、その傷だらけの姿をみてすぐに察していましました。
彼女と私は同じ境遇のものなのだろうと。
あどけない顔で笑い、その拍子に口端の傷口が持ち上がり「いたたっ」と涙目になる。
まるで邪気がない仕草を取るくせしてどん底にいるのは一緒でした。
それにしても彼女には本当に悲壮感もなければ怨恨もない。
おかれた境遇のせいか、自分は子供らしくないし可愛い性格をしていないことくらいとっくに自覚しています。
しかし彼女がこうも明るいならば、境遇は関係なくお互いこの性格は天性のものかもしれない。
そういうことに気が付いたのは出会ってすぐのことでした。
この集落にいる人は多くなく持つ土地も広くなく、傍にある林もそう入り込んではいない。
しかし村を囲む山は高く険しく扱いづらいものでした。
どちらかと言えば土地は枯れている方で、遮る障害物のない荒野もあり、彼女の姿はふらついていれば嫌でも目に入る。
ふらりと行く充てもなく彷徨う姿は哀れなものだったけど、徹底して無視をしました。
彼女は自分と同じみなしごだ。同族に手を差し伸べる?同情で?仲間意識で?
そんなの冗談ではない。立場を逆転させ想像してみるとぎゅっと眉間に皺ができそうになる。
哀れみで無償で施された所で、どれだけ餓えているからといって受け取るものか。有難いと思う訳がありません。
その善意は持たざる物である弱者のこちらから見れば、とても傲慢に感じるのです。
その善意が腹立たしく思う以上に、自分がそれを向けられる対象であるという事実が屈辱でした。状況が切迫して明日死のうが構わない。
対等な取引ができるならばともかく、何も持たない自分には差し出せるものなどあるはずがなく、ならば無償の一方通行のやり取りしか交わせないのです。
──同族であるからこそ、彼女にはその傲慢さを決して向けてはならない。
それだけが自分に差し出せる唯一でした。
その、はずだったのですが。
自分の手にはいつのまにやら一枚の葉が握られていて、それを彼女に差し出していました。
「…あげます」
自分には何も関係がない。
それは事実で、誰かと身を寄せ合うなんて望んではいない。
集団の力は強いのだと知っている。一人よりは二人の方が強いのだと知っている。
彼女が傷だらけになり、いつかのたれ死のうと、いつか餓え死のうと、孤独に震えようと──…。
だけどここで「自分には関係ないことだ」と跳ね除け続ければ、みなしごだと言って自分を迫害する者たちと一緒になるのではないでしょうか。ぞっとする。
博愛的に誰かに…村のものたちに助けてほしかったのではない。切り捨てられてそれでもよかった。
しかし、その「自分達とは関係ない」という徹底した線引きが、いつか無関心を越えさせて容易く悪意へ豹変させるというなら、
ここで頑なに彼女に手を差し伸べようとしない自分は、
いつか自分が嫌うものたちと同じ道を辿るのかもしれないと思うと不快でした。辿るつもりは露ほどもありませんでしたが。
「えへへ、ありがとう。…あ、また言っちゃった。でも、ほんとに嬉しいよ。
ここに来てから誰かときちんとお話したの初めてだ、うれしい」
村のものと同じように石をぶつけてみた訳ではないが、無視をされることが一番きついらしい彼女に知らぬ顔をするということは、ソレをしたのと同義になるのかもしれない。
会話にもならない会話で満足できる人間。
私は彼女の弱点を知りました。一番の急所は身体的な所よりも、精神的な所にある。
無視をすることが最大限の攻撃に成り得るらしいのです。
──そこで私は、拒むことを諦めました。
彼女は私ではない、だから施しを受けることが屈辱だとは思わないのでしょう。
彼女を養うとは言いません。しかし、いつか自立できるくらいには地理や、制限や、山の知識や、村人の沸点や認識、理の全てを惜しみなく与えると決めました。
「今日もですか」
岩場に座りながら、長い木の枝を使って地面に何かを書いている幼子がいる。
その背後から声をかけると、こちらを振り返ってぱぁっと表情を明るくした。
「うん、今日も書いてるよ」
「いえ、そちらではなく」
とんとんと自分の首を指先で弾き、同じ所にある彼女の赤黒い傷へ注意を促すと、彼女は意図に気が付いたようだった。
困り笑いをして頷く。
「あーうん、そうなの」
「だから近づくなと言いましたのに」
「でも避けて通れない時もあるよ」
はじめて傷をみた時はその理由を濁されたものの、今では誤魔化すことなく話すようになった。
お互い同じ所に同じような傷を作っていれば彼女も同じような仕打ちを受けているのだと気がつかないはずがない。
私達は歩く的でした。無垢でありながら悪意をむき出しにした子供たちの退屈しのぎであり、大人たちにとっては邪魔者でもありはけ口でもあり、正真正銘彼らにとって快くない存在でした。
「覚えた道を書いたの。あってる?」
「ええ、合ってますよ。ここも付け足してください、まっすぐ登って日が昇り切らないうちにたどり着きます。私達の足なら帰りは夕方」
「うん、体力配分して、暗くならないように気を付けないと」
とても子供らしくない会話を交わすようになりました。
幼かろうが労働力に数えられるのは村の子供も一緒でしたが、それでもまだ小さいからと免除されてる部分もあります。
しかし私達は下手をすれば大人よりも苦労して、長い時間働いて、自分の命を自分で背負わなければなりません。
集団で生きている訳ではないから役割分担なんて物もない。集落どころか身を寄せ合う家族も帰る家もない。
彼女に教えようと決めたものの、それ以外は協力することもなくそれぞれの空間で各々の時間を使いながら自活していました。
「ああ、そうそう、あのね、これ昨日とれたの」
「高い所にしか為らない果物ですね」
「うん、たくさんとれたからあげる」
「…あのですね」
しかし彼女はこちらの線引きなどおかまいなしに干渉してきたし、世話されながら世話をしようとしてきました。
切迫しているのはこちらよりも彼女の方だというのに。
精神的に強かなのでしょう。貧すれば鈍する、衣食足りて礼節をなんとやら。
彼女にはどこか余裕がありました。
「私の方が年上だし、背も高いよ」
「…喧嘩を売ってるのか買いますよ」
「え、なんでそうなるの?」
きょとんとする彼女はそれが嫌味に値する言葉だという自覚がないようでした。
確かにもしかして年が上だからなのか、この年頃の男女差なのか、彼女はこちらよりも背が高い。
実際の年齢など、彼女も私も確かではありません。
私の腕にたくさんの赤い実を抱えさせました。にこにこしながら。
「じゃあね、今日もありがとう。あ、またとれたらあげるね!」
手を振りながらあっさりと去って行った。
恩着せがましくする風でもないけど、図々しいというかお節介。
心底呆れました。
まさか迷子の子供のようだった、明日もわからないような彼女が、こんなに明るい人間だったとは。
しかし沸点の低い私がうざったいと苛立ちから暴力に発展しないのは、彼女が過干渉まではしてこないから。
距離感はほどよいもので、動物が気まぐれに寄りそっては不意に去っていくような、風のような軽さがありました。
「お肉、食べてないよね」
そんな日々が続いたある日、彼女は独り言のように言いました。
いったい何を言い出すのか。
狩りは大人の男の仕事で、子供が見よう見まねでやろうとして出来る仕事ではない。そんなことはこの短い手足を見れば一目瞭然なはずだ。
しかし彼女は真剣な顔で顎に手を当てて考えていた。
「私達骨と皮みたいな身体してる」
「そりゃあ、贅沢な暮らしはしてませんから」
幸いここ周辺の山の恵みは豊富であり、村の人間達もたかだか小さな子供が…たとえよそ者が拝借しようと咎めないくらいに十分ありました。
村人同士も特に制限を設けることなく自由に摘んでいて、新たな農作物が芽吹かない育たない枯れた土地であろうと、この山があるだけこの一帯は恵まれている方なのかもしれません。
そうやって食いつなぐことはみなしごにも村人にも出来る。
が、村人たちと私達が違うのは狩りが出来るか出来ないかであり、狩りをすることまでは許されない私達が肉にありつけるはずがありません。
「この辺りに山の恵みが少なくて、狩る動物もわずかしかいなかったなら、私達はどうなっていたかわかりません。木の実や山菜が好きに手に入るだけでも破格の条件ですよ」
「そうは言っても、このままじゃすぐ死んじゃうよ。どうにかしないと」
「…」
すぐさまそれを否定をして先を読もうと目を細める彼女は、人のことは言えませんが、とても子供らしくはない。
「草を食べるだけで十分蓄えられるならよかったけど、木の実しか食べないなんて偏りすぎてる、ちょっとしたことで弱ってすぐ死んじゃうよ。
疲労も微熱も命取りだし…特に私もきみも身体ができてない子供なんだし」
「……何か考えでもあるんですか」
「うーん、あるようなないような。川があるのに魚もそんなに捕れないし。とれる所は村の人たちがとっくに占領してるし、それは仕方ないね」
他人事のように緊迫した状況にあるのだと語る彼女は、薬師の物まねをするような物言いをしました。
「小鳥くらいなら捕れるかも?」
「…罠でも作る気ですか」
「そう」
「できたとして、煙が空に上れば村のやつら、飛んできますよ」
そう、小鳥やネズミを捕まえて食べるくらいなら今までだって難しいことではありませんでした。
しかし簡単ではないのが村の大人の目をごまかすこと。
山の幸については寛容だけど、彼らは私達が狩りをすることを許さない。
農作も上手くいかず、動物だって無限にいる訳じゃありません。
毎日必ず獲物がかかるということもないし、村のものたちでさえ食うに困ることがあるのに、取り分を少しでも奪えばどうなることか。
「じゃあ屋内で調理しよう」
「…は?」
「私、きみに教えてもらった道を歩いてたら、洞窟みつけたの。岩肌の。
出口はぽっかり大きく開いてて、それなら火を焚いても煙は充満しないだろうし、くるんで蒸せば炒めるよりマシだろうし。色々見つけて来たから、たぶん調理はできるよ」
「…いためる、とは?」
「…ん?わからない?」
言うと、彼女はしまった、というように口元を押さえました。
しかし次の瞬間にはケロッとしてまあいっか、と立ち上がる。
「内緒だよ。たのしみだね」
悪戯をたくらむ子供のように楽しそうにしている彼女は、私の腕を引く。
抵抗する暇もなく連れられ、流されるようにして山を登っていった。
彼女に一度でも主導権を握られ、たくらみに乗ってしまえば、協力しないだとか線引きがどうだとか、全てが無意味に変わって行きました。
彼女はもとより同情されようが施しを受けようが何も気にしてないし、私自身も彼女相手にそういうことを考えて線引きすることが逆にバカバカしいように思えてきて。
いつの間にか一日一度の邂逅が、朝から晩まで一緒にいるようになり、(二人揃って寝落ちする日が続いてあとは流れで)
いつの間にか同族がどうこうでも協力関係がどうだとか関係なく、ただの腐れ縁へと変わっていました。
1. 生贄─無意味
そこらにいる、誰かの庇護下にある子供と変わらない警戒心のなさ、無邪気な仕草。
故に気づけなくて、はねのけるような態度を取ってしまった。
「言ってなかったかあ…私もみなしご?ってやつだよ。どこの村で生まれたのかもよくわかんない」
再び顔を合わせた際、直に告白されるより前から、その傷だらけの姿をみてすぐに察していましました。
彼女と私は同じ境遇のものなのだろうと。
あどけない顔で笑い、その拍子に口端の傷口が持ち上がり「いたたっ」と涙目になる。
まるで邪気がない仕草を取るくせしてどん底にいるのは一緒でした。
それにしても彼女には本当に悲壮感もなければ怨恨もない。
おかれた境遇のせいか、自分は子供らしくないし可愛い性格をしていないことくらいとっくに自覚しています。
しかし彼女がこうも明るいならば、境遇は関係なくお互いこの性格は天性のものかもしれない。
そういうことに気が付いたのは出会ってすぐのことでした。
この集落にいる人は多くなく持つ土地も広くなく、傍にある林もそう入り込んではいない。
しかし村を囲む山は高く険しく扱いづらいものでした。
どちらかと言えば土地は枯れている方で、遮る障害物のない荒野もあり、彼女の姿はふらついていれば嫌でも目に入る。
ふらりと行く充てもなく彷徨う姿は哀れなものだったけど、徹底して無視をしました。
彼女は自分と同じみなしごだ。同族に手を差し伸べる?同情で?仲間意識で?
そんなの冗談ではない。立場を逆転させ想像してみるとぎゅっと眉間に皺ができそうになる。
哀れみで無償で施された所で、どれだけ餓えているからといって受け取るものか。有難いと思う訳がありません。
その善意は持たざる物である弱者のこちらから見れば、とても傲慢に感じるのです。
その善意が腹立たしく思う以上に、自分がそれを向けられる対象であるという事実が屈辱でした。状況が切迫して明日死のうが構わない。
対等な取引ができるならばともかく、何も持たない自分には差し出せるものなどあるはずがなく、ならば無償の一方通行のやり取りしか交わせないのです。
──同族であるからこそ、彼女にはその傲慢さを決して向けてはならない。
それだけが自分に差し出せる唯一でした。
その、はずだったのですが。
自分の手にはいつのまにやら一枚の葉が握られていて、それを彼女に差し出していました。
「…あげます」
自分には何も関係がない。
それは事実で、誰かと身を寄せ合うなんて望んではいない。
集団の力は強いのだと知っている。一人よりは二人の方が強いのだと知っている。
彼女が傷だらけになり、いつかのたれ死のうと、いつか餓え死のうと、孤独に震えようと──…。
だけどここで「自分には関係ないことだ」と跳ね除け続ければ、みなしごだと言って自分を迫害する者たちと一緒になるのではないでしょうか。ぞっとする。
博愛的に誰かに…村のものたちに助けてほしかったのではない。切り捨てられてそれでもよかった。
しかし、その「自分達とは関係ない」という徹底した線引きが、いつか無関心を越えさせて容易く悪意へ豹変させるというなら、
ここで頑なに彼女に手を差し伸べようとしない自分は、
いつか自分が嫌うものたちと同じ道を辿るのかもしれないと思うと不快でした。辿るつもりは露ほどもありませんでしたが。
「えへへ、ありがとう。…あ、また言っちゃった。でも、ほんとに嬉しいよ。
ここに来てから誰かときちんとお話したの初めてだ、うれしい」
村のものと同じように石をぶつけてみた訳ではないが、無視をされることが一番きついらしい彼女に知らぬ顔をするということは、ソレをしたのと同義になるのかもしれない。
会話にもならない会話で満足できる人間。
私は彼女の弱点を知りました。一番の急所は身体的な所よりも、精神的な所にある。
無視をすることが最大限の攻撃に成り得るらしいのです。
──そこで私は、拒むことを諦めました。
彼女は私ではない、だから施しを受けることが屈辱だとは思わないのでしょう。
彼女を養うとは言いません。しかし、いつか自立できるくらいには地理や、制限や、山の知識や、村人の沸点や認識、理の全てを惜しみなく与えると決めました。
「今日もですか」
岩場に座りながら、長い木の枝を使って地面に何かを書いている幼子がいる。
その背後から声をかけると、こちらを振り返ってぱぁっと表情を明るくした。
「うん、今日も書いてるよ」
「いえ、そちらではなく」
とんとんと自分の首を指先で弾き、同じ所にある彼女の赤黒い傷へ注意を促すと、彼女は意図に気が付いたようだった。
困り笑いをして頷く。
「あーうん、そうなの」
「だから近づくなと言いましたのに」
「でも避けて通れない時もあるよ」
はじめて傷をみた時はその理由を濁されたものの、今では誤魔化すことなく話すようになった。
お互い同じ所に同じような傷を作っていれば彼女も同じような仕打ちを受けているのだと気がつかないはずがない。
私達は歩く的でした。無垢でありながら悪意をむき出しにした子供たちの退屈しのぎであり、大人たちにとっては邪魔者でもありはけ口でもあり、正真正銘彼らにとって快くない存在でした。
「覚えた道を書いたの。あってる?」
「ええ、合ってますよ。ここも付け足してください、まっすぐ登って日が昇り切らないうちにたどり着きます。私達の足なら帰りは夕方」
「うん、体力配分して、暗くならないように気を付けないと」
とても子供らしくない会話を交わすようになりました。
幼かろうが労働力に数えられるのは村の子供も一緒でしたが、それでもまだ小さいからと免除されてる部分もあります。
しかし私達は下手をすれば大人よりも苦労して、長い時間働いて、自分の命を自分で背負わなければなりません。
集団で生きている訳ではないから役割分担なんて物もない。集落どころか身を寄せ合う家族も帰る家もない。
彼女に教えようと決めたものの、それ以外は協力することもなくそれぞれの空間で各々の時間を使いながら自活していました。
「ああ、そうそう、あのね、これ昨日とれたの」
「高い所にしか為らない果物ですね」
「うん、たくさんとれたからあげる」
「…あのですね」
しかし彼女はこちらの線引きなどおかまいなしに干渉してきたし、世話されながら世話をしようとしてきました。
切迫しているのはこちらよりも彼女の方だというのに。
精神的に強かなのでしょう。貧すれば鈍する、衣食足りて礼節をなんとやら。
彼女にはどこか余裕がありました。
「私の方が年上だし、背も高いよ」
「…喧嘩を売ってるのか買いますよ」
「え、なんでそうなるの?」
きょとんとする彼女はそれが嫌味に値する言葉だという自覚がないようでした。
確かにもしかして年が上だからなのか、この年頃の男女差なのか、彼女はこちらよりも背が高い。
実際の年齢など、彼女も私も確かではありません。
私の腕にたくさんの赤い実を抱えさせました。にこにこしながら。
「じゃあね、今日もありがとう。あ、またとれたらあげるね!」
手を振りながらあっさりと去って行った。
恩着せがましくする風でもないけど、図々しいというかお節介。
心底呆れました。
まさか迷子の子供のようだった、明日もわからないような彼女が、こんなに明るい人間だったとは。
しかし沸点の低い私がうざったいと苛立ちから暴力に発展しないのは、彼女が過干渉まではしてこないから。
距離感はほどよいもので、動物が気まぐれに寄りそっては不意に去っていくような、風のような軽さがありました。
「お肉、食べてないよね」
そんな日々が続いたある日、彼女は独り言のように言いました。
いったい何を言い出すのか。
狩りは大人の男の仕事で、子供が見よう見まねでやろうとして出来る仕事ではない。そんなことはこの短い手足を見れば一目瞭然なはずだ。
しかし彼女は真剣な顔で顎に手を当てて考えていた。
「私達骨と皮みたいな身体してる」
「そりゃあ、贅沢な暮らしはしてませんから」
幸いここ周辺の山の恵みは豊富であり、村の人間達もたかだか小さな子供が…たとえよそ者が拝借しようと咎めないくらいに十分ありました。
村人同士も特に制限を設けることなく自由に摘んでいて、新たな農作物が芽吹かない育たない枯れた土地であろうと、この山があるだけこの一帯は恵まれている方なのかもしれません。
そうやって食いつなぐことはみなしごにも村人にも出来る。
が、村人たちと私達が違うのは狩りが出来るか出来ないかであり、狩りをすることまでは許されない私達が肉にありつけるはずがありません。
「この辺りに山の恵みが少なくて、狩る動物もわずかしかいなかったなら、私達はどうなっていたかわかりません。木の実や山菜が好きに手に入るだけでも破格の条件ですよ」
「そうは言っても、このままじゃすぐ死んじゃうよ。どうにかしないと」
「…」
すぐさまそれを否定をして先を読もうと目を細める彼女は、人のことは言えませんが、とても子供らしくはない。
「草を食べるだけで十分蓄えられるならよかったけど、木の実しか食べないなんて偏りすぎてる、ちょっとしたことで弱ってすぐ死んじゃうよ。
疲労も微熱も命取りだし…特に私もきみも身体ができてない子供なんだし」
「……何か考えでもあるんですか」
「うーん、あるようなないような。川があるのに魚もそんなに捕れないし。とれる所は村の人たちがとっくに占領してるし、それは仕方ないね」
他人事のように緊迫した状況にあるのだと語る彼女は、薬師の物まねをするような物言いをしました。
「小鳥くらいなら捕れるかも?」
「…罠でも作る気ですか」
「そう」
「できたとして、煙が空に上れば村のやつら、飛んできますよ」
そう、小鳥やネズミを捕まえて食べるくらいなら今までだって難しいことではありませんでした。
しかし簡単ではないのが村の大人の目をごまかすこと。
山の幸については寛容だけど、彼らは私達が狩りをすることを許さない。
農作も上手くいかず、動物だって無限にいる訳じゃありません。
毎日必ず獲物がかかるということもないし、村のものたちでさえ食うに困ることがあるのに、取り分を少しでも奪えばどうなることか。
「じゃあ屋内で調理しよう」
「…は?」
「私、きみに教えてもらった道を歩いてたら、洞窟みつけたの。岩肌の。
出口はぽっかり大きく開いてて、それなら火を焚いても煙は充満しないだろうし、くるんで蒸せば炒めるよりマシだろうし。色々見つけて来たから、たぶん調理はできるよ」
「…いためる、とは?」
「…ん?わからない?」
言うと、彼女はしまった、というように口元を押さえました。
しかし次の瞬間にはケロッとしてまあいっか、と立ち上がる。
「内緒だよ。たのしみだね」
悪戯をたくらむ子供のように楽しそうにしている彼女は、私の腕を引く。
抵抗する暇もなく連れられ、流されるようにして山を登っていった。
彼女に一度でも主導権を握られ、たくらみに乗ってしまえば、協力しないだとか線引きがどうだとか、全てが無意味に変わって行きました。
彼女はもとより同情されようが施しを受けようが何も気にしてないし、私自身も彼女相手にそういうことを考えて線引きすることが逆にバカバカしいように思えてきて。
いつの間にか一日一度の邂逅が、朝から晩まで一緒にいるようになり、(二人揃って寝落ちする日が続いてあとは流れで)
いつの間にか同族がどうこうでも協力関係がどうだとか関係なく、ただの腐れ縁へと変わっていました。