第十八話
2.あの世神様からの好感度

「へーふうん、珍しい子だね〜うんうん」


ぽそぽそと独り言をもらす青年をみて、鬼灯くんも蓬くんも、友好的に接していた烏頭くんも訝しげに見るようになっていた。
刺々しい視線が集まっていることに気が付くと彼はこちらに手をひらひらと振って、ごめんごめんと朗らかに軽い調子で謝った。


「ごめん僕の早とちりだった…あっイヤやっぱかわいくなかったや〜ってことじゃなくてね!?女の子はみんな可愛いよソレ当然なんだけどね?」


この咄嗟のフォローを見て、さすが「美人に興味ない?」っつう呼びかけに即食いつく男だなと烏頭くんは感心して、蓬くんは引き気味の笑みを作っていた。
鬼灯くんはと言えば、一口に言えば共犯になれる素質を持った"女好き"を探していたのだから、この反応はまあギリギリ許容範囲内としたらしく、あとは若干の警戒を残すのみで穏便に済ませ、不審な行動は水に流すことにしたようだった。


「どこのどなたか存じませんがご親切にどうも」
「いやいや」


神獣とは?神とは?どう見ても好青年にしか見えないよええー?なんていう疑問は彼に運ばれる最中にすぐ解消された。
まさに神獣だ。人の姿は彼が変化した仮初のもので、この白くて毛がふさふさでなんともさわり心地のよさそうな獣姿が彼本来のものだという。
その胴回りに紐を結び付け、籠に入った私たちを気球のようにぶら下げて気前よく運んでくれた。
そのままバイバイと手を振って神獣さんと別れる。

──さくさくと段取り欲禁止されていたはずの現世にやってきてしまった…。
久しぶりにこちらの世をみると、やはり黄泉より少し華やかで鮮やかに感じられる。
こっちの方が人びとのの暮らしぶりが華美だという訳ではないんだけど、やはり何か違う。
お目当ての華やかな美貌を持つ女神様と言えば。


「嫡出を認めろ…」


華やかな装いとは全く反した、禍々しいものを華奢な身体に背負っているようだった。
…え、今なんて言った?耳を疑いたくなる言葉が鈴のような声に乗せられこちらまで届く。


「よ…よくわからないけど空気が重いのは伝わる」
「臨月のようですね」
「おっ別嬪だ」
「きっとサクヤ姫だ」
「嫡出って…何があったんでしょう」

さわさわと皆がざわめいていると、地面に項垂れていた彼女が顔を上げた。
瞬間その透明感にくぎ付けになり、なるほどこれは美人だ美人でしかないなとその華やかな造形にほうと見惚れた。
その双眸から涙ぼろぼろりと零れてやまないけど、それが彼女を損なわせる所かむしろ儚さを割り増しに、美しさを増幅させている。
せっかく来たんだから何があったんだか聞いてみようぜと盛り上がり烏頭くんが先陣を切る形を取りながらサクヤ姫に近づいて行った。


「サクヤ姫〜どうしたのー?」


気さくに名を呼ばれているのに気が付くと彼女はこちらを振り返り、ぱちりと視線が合う。


「あら…かわいい」


サクヤ姫はぽそりと呟いた。
デジャヴってこういうときに使う言葉なんだろうなあ。私達みんなに投げかけられたものではなくて、私に対して一直線に向かっている称賛なのだともう分かっている。理由はわからないけど。
そんなに言うほどか…?という三人分の視線が背中に刺さっているのが振り返らなくてもわかった。


「あ、あら突然ごめんなさい、つい…どなた…?」


ほろりと零れた言葉に自分でも驚いているらしい、サクヤ姫少し慌てて、しかしすぐに切り替えてこちらに問いかけてきた。


「俺たちは黄泉の…」
「今日から雇われている使用人です。ですので貴方様の事情を知らないのです」


烏頭くんを手でぐいと遮って鬼灯くんはうまく繕った。末恐ろしいなという感想をこの子に抱いたのはもう何度目なのかわからない。
これでボロが出てもなんとか誤魔化し言い逃れができるなという安心感と少しの呆れを胸に抱きながら、そうなんですよ〜と同調して頷いた。


「なるほど。せっかく子供ができたのに旦那様が種を疑う訳ですね」
「ふぅん…それって悲しい?」
「悲しいわ。アタシは浮気なんてしてないのに…」


お腹の子供を撫でながらサクヤ姫が話したのを聞いて、三人はふんふんと素直に頷き、私はひええと一人内心で慌てていた。
子供に聞かせる話ではないなと思っていたら、鬼灯くんが冷静に理解を示していてさらひええと叫ぶ。
鬼灯くんどこで培ったのその理解力、なんでわかっちゃうのその幼さで。
この年頃の判断力ってそんなものだったっけなあと自分認識との齟齬に困った。
烏頭くんがどこかぼんやりとした相槌を打ったからあれ?と思ったけど、「ごめんね…なんのことかわからないわよね」とサクヤ姫が困ったように言うから、やっぱりあらゆる意味で子供がすんなり理解できる内容ではなかったんだなと少し安心した。

「なんとなくならわかるよ」
「うちの父ちゃんウワキで母ちゃんにビンタ食らってたなあ」
「今夜あたり生れそうなんだけど、認めてもらえなかったら悲しすぎるわ」

やっぱりどこかピンと来ない、ふわっとした感想を持つのがこの年頃のふつうなんだろうになあと蓬くんと烏頭くんの反応をみて再確認した。
私はと言えば、サクヤ姫お可哀想にと一緒に切なく悲しく泣きそうになりながらも、泥沼だよ修羅場だよおと冷静に分析してもいて、やはりこの中身と身体のちぐはぐさが足枷首絞めになってるなあ…と別の意味でも悲しくなった。
子供の身体は子供らしく喚くし、大人の心は冷静で情緒不安定、振り回されて疲れてしまう。
一方鬼灯くんはといえば。


「…奇跡の一つでも起こしてみては?例えばこのような産屋を立てて…」
「…?」
「おっ出たぞ鬼灯の変な企てが」
「こういうことは突飛なキッカケで収めてしまうのもテです」


私の冷静以上の冷静さで分析、そして解決策を閃かせていた。この一瞬で彼の頭の中に何が巡ったんだろう。
地面をカリカリと枝で引っ掻き、図を書き出してサクヤ姫に説明する。
まるで色々立ち会ってきました私はほどほどに世の酸いも甘いも知っている四、五十代ですとでも言いたげな口調だった。




「ハァ…妊娠が早すぎるよ…」

前の人生での経験を足せばちょいちょいに酸いも甘いも知っています現在幼児体型の私だけど、このテの話を聞くのはキツい。
茶うけにして和気藹々できる話でもないので、修羅場加減につられて気落ちするのと共に、子供にこんなの話すのやめようよーやだーと叫び続けて大変だった。心の中で。
子供が子供を庇い盾して、おまいう状態になる訳にもいかないので長い間ずっと沈黙している。寡黙な子だなあと思われているかもしれない。


「不安そうですねえ」
「わっ何だ?こんな使用人いたかな…」


茂みから唐突に表れた子供に驚いているニニギ様。鬼灯くんは躊躇なく近寄り、ぺこりと頭を下げた。


「奥様のご懐妊おめでとうございます」
「お、おめでとうございます」


私も後ろに一緒についていき、ぺこりと同じように祝辞を述べた。
すると続いて現れたニニギ様は私の方へも視線をやり、


「おっ、かわいいな」


と、その口から何度目かになるデジャヴを発生させてくれた。
日に三度となると幾分か慣れが生じてきていて、私も「えへへ」と満更でもない茶化した反応を取れるようになっていた(棒読みでなら)。
鬼灯くんに調子に乗るんじゃないと戒めるような目を向けたあと、彼を巧みに説得し始めた。


「…で、奥様のことですが」
「あ、うんそれねぇ…」
「自分の子である自信がないのですか?まあ男は自分で産めませんからねえ」
「!!それなんだよ!お前こましゃくれてれてんなぁ」
「お察しします」


お察ししゃだめでしょー、一応女の私いない方がよかったんじゃないのかなあー、と心の中で逃避のためにぶつぶつ呟く。
この四人の輪の中では鬼灯くんに加えて私も頭脳戦力のひとつとして数えられていて、こういった場に度々駆り出される。
鬼灯くんの口から出たいい意味で一発屋!なんていう大変なかけ声も、遠い未来の身体記録情報技術開予知なんてものも聞かなかったことにして、少し離れた遠い所から(心も体も)無言で二人を見守っていた。



サクヤ姫はその夜無事に(鬼灯くんが発案した正面からはパッと見わからない掘立小屋に立てこもりゴオッと疑似的に点火をされながら)出産した。


「どう?この中でも無事に生まれたわよ…」
「わかったわかった!お前の誠意はよくわかった!」

──こんな中でも無事に産まれたんだからアナタの子、神の子に違いないでしょうというアピールだった。
このテの修羅場がこういうテで解決されるなんて、まさに姫の奇跡のショー。
夫婦は丸く収まり子供もそれを喜び元気に大円満、その良い事実だけを切り取り、私的に複雑な思いを抱いた部分は頭からも心からも追い出し、どうにか心から純粋な喜びの拍手を二人を送った。
…人のことを言えないんだけども、子供とはいったいなんなんだろう…。
見た目は子供頭脳は大人ってこのこういうことを言うんだろうけど、まさか鬼灯くんは縮んだりしていないだろうに…。天賦の才って恐ろしい。

2018.11.8