第十七話
2.あの世病み上がり遊び
あの世での暮らしは、私にとっては第三の人生を謳歌しているようなものだった。
一度目は現代で人間として生きて死に、二度目は村でみなしごになりやっぱり死んで、三度目はあの世で鬼となった。
死んであの世にいるのだから私はもう生者ではないのだけど、その感覚は抜けきらないのでもうこの認識でいいやと諦めている。
波乱万丈な生きざまを送っていると自負しているし、その自称は絶対に間違いではないはず。
そんなことを威張ったって自慢にもならないことは分かっていたけど、これがまさか足枷になる物だとは思わなくて。
ある日を境に一変二転、七変化するような人生が現在の私の首を絞めてくるようになったのだった。


昼になった、と気が付いた。それと同時に頭が勝手に黄泉に来てから何日目なのかザッと計算していて、自然と目が動き私の体の大きさがどれくらいか目視していた。
触らなくても頭に角が生えているという異物感は感じられ、それらすべての異様さを改めて実感すると気持ち悪くなって、吐き気をこらえるようにしてその場に蹲った。


「…ごめん、気持ち悪い」
ちゃんもうむりだってさー」
「おーついにか」
「ごめん…鬼灯くんにも伝えておいてくれるかな」
「おう。つーかお前こういうの定期的にあるよなあ」
「むしろ不定期じゃないか?」
「申し訳ない…次は挽回するね」
「お前よわっちいんだから休んどけよ」
「お前はその言い方…ちゃん無理しないようにね」
「うん、ありがとう」


久しぶりにギブアップしてしまった。定期的と言えば定期的だし不定期といえばそう。
気が付かなければやっていけるけれど、気が付くと船酔いしたように…時差ボケしたように、地に足がつかなくなるような、ふわふわした気持ちになってしまって立っていられなくなる。
今はいつで私は誰で?と自問して自壊しそうになるのだ。二度目ならば単純な話っちゃ話だったけど、三度目ともなると複雑になってくる。しかもここあの世なんだって。私鬼になったんだって。どういうこと?
理解はしている納得もしている。しかし違和感が拭いきれない。

決して大げさに盛ってるのではなくて、現代のころの常識と人間みなしご時代の季節感と鬼になってからの体感と。
その全てをごちゃ混ぜに合わせもってみたら誰でもときどきは「え?え?」と崩壊に向かってカウントダウンする瞬間がやって来るんじゃないかなあと言い訳する。

珍しくここら一帯で全体収集をかけられ収穫に、建設に励むぞと勇んでいた日だったのに、よりによってまあこんな。
鬼灯くんは私達三人とは任された役割が違って離れていたため、二人に伝言を頼んで家に帰り、敷物の上に転がりながら藁を編む。
せめて手先が器用な方でよかったと心底思う。これがなかったら体力もない知恵もない私は生活の中で何の貢献もできない所だった。
座っていた方がやりやすいけど、休むなら休む、悪いなら悪いなりの態度でいろと誰かさんに怒られるので無駄な抵抗せず転がっておく。本当は立ち仕事も済ませてしまいたい。
本当なら内職もするなとストップをかけるられる所だろうけど、それはさすがに生きるために仕方がないことなので咎められはしない。

日が暮れる前には鬼灯くんも帰ってきて、ご飯を食べて、寝て、朝がきて、その日は収集をかけられ働くこともなく、子供達は今日は存分に遊ぼうぜとわっと盛り上がり。
鬼灯君が相変わらず時代を先駆しているような遊び(黒ヒゲ危機一髪的な手品)を楽しんでいたとき。
それに飽きた烏頭くんが違う遊びの提案をした。


「こっそりさ、現世に遊びに行っちゃおうぜ」
「えーいいの!?」
「この子病み上がりなんですけど」
「逆に息抜きにいーだろ」
「うんうん、私も連れてって。もうよくなったし」
「確かに顔色がよくなっていますね」


顔を覗きこんで顔色を見て、納得した様子で頷く。
具合が悪い時はいつも真っ青だったし、吐き気が猛烈にこみあげてくるので戻さないよう堪えて今にも死にそうな顔をしているのが常だった。
風邪のように引きずるものでもなく一過性のものなので、けろりとしていればまあ大丈夫だろうと判断されるのだ。


「噂だと…ナントカサクヤって女がすげえ可愛いんだってさ。見に行こうぜ」
「お前…それ神様だろ?滅多なこと言うと刺されるぞ…それにちゃん女の子だろ…」


女の子に女の子(しかも神様)をほいほい見に行こうと誘う神経やばいぞと蓬くんが色んな意味で真っ青になりながら窘める。
しかし烏頭くんはさらりと受け流す。これがいつものパターンと化していた。


「しかし黄泉から出ることは禁止ですよ?どうやって…」
「それを考えんのがお前の仕事だよ」
「勝手なこと言いますねえ」


やはり仲間内で鬼灯くんはこういう扱いをされるのだった。
私もこういう面では鬼灯くんに投げしている節がある。
潔く清々しくなるほど美しい烏頭くんの丸投げだ。

「…自由に黄泉と現世を行き来できる神獣の類に取り入るのが一番だと思いますけど」
「よしじゃあソレは俺たちが探してくるわ。鬼灯とはサクヤの居所調べといてよ」
「ちょっと、この子おいてかれても役に立たないんですが」


結局こういった小賢しい案が必ず彼から出てしまうのだから投げたくなるのも仕方がない話。
…そして私のこの扱いも仕方ない話。実際こういう面でなんの役にも立たない。
たまに「妙に偏ったところだけ鼻がききますねえ」と感心される程度のものだった。
しかもそれ現代人のたしなみによって得た知識を活用して出した結果なことが大部分を占めているので、褒められたとしても素直に喜べない。

そして情報収集は鬼灯くんが一人で済ませてしまい、予想通り私はついて回って散歩するだけの結果に終わった。
せめて料理だけは彼を凌駕して役割分担をしたいと思っているんだけど、
彼はその辺もサクサク効率よくやってしまうのでその計画もぺしゃんこになっていた。

そして。


「兄ちゃん名前は?」
「こーいうことはね、匿名にしといた方が後あと困らないよ」
「悪い兄ちゃんだな」


件の神獣さんを引きつれた蓬くんと烏頭くんと合流した。鬼灯くんもテキパキ見つけたものだなと感心したのに、二人とも光の速さで見つけ出してきたので驚いてる。
神獣さんは黒髪黒目で白い肌、片耳で揺れる耳飾りが映える好青年だった。想像していたのとはずっと違う姿をしていた。
だからと言ってどういったのを想像していたのかと聞かれたら困るんだけど、そんなことよりも…
彼が神獣…?獣…どうみても人だよ…?はて神とは…?
色々なことが疑問に思えてきてしまう。
青年の言うことは「ちょっと悪いことをするときは能力より性格で人材を選んだ方がいいですよ」と事前に二人に助言していた鬼灯くんの悪さを彷彿とさせた。


「おー、お前らきたか!神獣みつけたぞ!」
「あ、やっほ〜…ってアレ女の子もいるの?女の子が女の子見に行くの?」

きょとんとした後、まあそういう嗜好もあるかと時代を先取ったような理解力を露呈しながら、その青年は私達の方へ近づいてきた。
よろしくねーとにこやかに挨拶してくれた彼だったけど、ぱちりとこちらと視線が合うとほろりとその口から思いもしない言葉を零れさせた。

「かわいい」
「…はあ?」
「…へ?」

ぽかん、と口をあけながら彼は唐突に呟く。
思わず口から零れてしまった、と言うような心境が見て取れた。
視線は合流した鬼灯くんと私の二人に…ではなく、明らかにわたしの方へと向かっている。
自惚れではないことは鬼灯くんのひいと悲鳴をあげそうなる形相を見ればわかった。


「うわ何これ」

ぬっとそのままこちらへ手を伸ばそうとして、私に触れる寸前でぴたりと思い留まる。
それ以上近づかず、引込められたのを確認して、硬直した身体を緩めて息を吐いた。
何を思ってそうしたのかわからないけど、びっくりしたなあとどくどくする心臓の辺り抑える。
友好的に挨拶していた相手が急に態度を変え、うわっとか言いながら掴みかかろうとしてきたら、驚きもする。
手がもう少しこちらへ伸びていたら、鬼灯くんがこの人を不審者と暫定して拳をかざしていた所だった。
神獣とか神々しいものに対してそれは問題だ。
私達が唖然、茫然としているのも知らず、青年は独りであー、そういうことかー、うんうんと一人で完結して何か納得しているようだった。


2018.11.5