第十五話
2.あの世食い扶持稼ぎ
まず生活必需品である着物を縫った。
前の人生の中で祖母に教わっていて、手順はおぼろげになっていたけれど、無事に1着仕上げることが出来た。
思い出せない所は適当に補完してしまったけどなんとかなったみたいだ。
そもそも既製品の針やら糸やらが用意されてる訳でもないのに、教わった時のような出来栄えのものを作れと言うのは無茶な話だ。
手に馴染む針、糸、布、自分で試行錯誤して用意する所から始まりようやくここまでたどり着いた。
それを眺める鬼灯くんは感心したようで、目に興味と感心現れている。

「こんなことできたんですね」
「そんなに凄いものじゃないけど」
「みんなが出来ることじゃないということです。私もできません」

…そうなのかもしれない?
この辺りの子供たちをみても、こういう技術を持ってる者は多くいない。
私だってたまたま教わる機会があっただけで、同級生の中にも母親世代の人たちにも、洋裁が趣味でもなければ自然と身についている人はいなかった。
既製品に頼り切りな今、針をもつのもボタンの縫い付け一つも怪しいひとも多め。
それが普通で、しかしだからと言って私が飛びぬけて凄い訳でもない。
…というのは現代でのお話だ。
所変われば、時代が変わればその拙い技術の価値も変わってくる。

「…そっか」

この時代多く安くは衣服が出回らない、必要なら自分で作る他ない。身内から技術が伝わって行く。しかし私も鬼灯くんもそれを伝授してくれる身内はいない。
そういう人(鬼)は私達以外にもいた。
座りこんで針をもつために必要な生活の余裕、それぞれの手先の器用・不器用、得手不得手、楽をしたいと思う心理、時は金なり。 …飛びぬけて凄くもないコレに、もしかしたら価値が秘められているかもしれない…?
藁を編んで履物やら笠を作って売るよりはいいかも。
布だって現代でもこの時代でも安くはないし、手に入れるためには元手がいる。
でも、一度安定して上手く回ってしまえばある程度食い扶持を稼げるようになるかもしれない。その辺どうにかならないだろうか。


「ねえ鬼灯くん、着物って需要あるかな」
「そりゃああるでしょう。年がら年中必要になるものですし」
「じゃあ安く多く売ればそれなりに売れるよね」
「…あなた…」
強かな魂胆が伝わったらしい、呆れたような感心したような複雑な視線が突き刺さってきた。
こっちも生きるために必死なんだよ、図太くても許してよ。
お手頃価格な品を量産することに価値があることは…それが出来るか出来ないかは置いといてとりあえず分かった。
じゃあ、今にはない現代風の奇抜なデザインを好む層はいるだろうか?
生活に必ずしも必要ではない芸術や娯楽を楽しむためには生活面、精神面共に余裕がいる。
食うに困らず安定した豊過ぎる生活が遅れている人間なんて一握りの存在だ。
そんな裕福な人の前に出せるほど質の高いものは作れないだろうけど、今にはない「発想」を提供することはできるだろう。
色を染めるのも柄を描くのも多分なんとかできる。さすがに洗えば消えてしまうけど観賞用か一回きりの消耗品ということで。

現代の知識を先取って自分の手柄のことのように披露することに躊躇いはない自分に驚いて、そして納得した。
私は芸術を楽しむ余裕もない、明日もわからない、常に生活に困っている側の人間だと随分前から自覚してる。
そんなに余裕のない人間からは、時代がとか出所は自分じゃないとか気にする真面目さは失われれるらしい。

どうせ芸術も技術も発達してくる現代に至る頃には私は死んでんだろうし、まあいいんじゃないかなあ。
もし後世に残ってしまっても、大昔に作られた現代風の遺物…とか不思議がられるくらいで大きな支障はない、罪悪感はない訳じゃないけど大目にみよう、みてほしい。
どうかこの布が糧になりますように。
南無と着物の前で手を合わせると鬼灯くんは憐れむような色をその目に滲ませていた。
どういう意味か深読みしようとすればいくらでも出来たけど、考えないことにしよう…。

まさか私が、鬼灯くんが現代まで生きるかも…なんて想像するはずもない。
永遠に近いような月日を生きるのは神様くらいで、人間離れした頑丈な鬼だろうとある程度の長い時間が経てば、そのうちいつか死ぬか消える日が来るんだろうなと当然のように思っていた。


「これ試作だから、次は鬼灯くんのを作るね」
「遊ぶよりも物々交換にでも出す方が先でしょう」
「遊びじゃないよー。衣服が必要なのは私達も一緒だよ」
「…まあ、いつまでもこれ一着しかないのは困りますしね。代えがアレしかないなんて不快だ」

アレ、とは生贄にされたときに着せられた白い服で、黄泉に来た時にも持ちこしていた。
今着ているのはこちらに来てからなんとか手に入れたまっとうな服だ。
鬼灯くんのは黒色で、私のは地味めのえんじ色の着物。
毎日着まわすのもそうだし、何かあった時に代えがないのはとても実際困ることだ。
最悪アレがあるけど、私も平気な顔して身に纏えるほどの図太い性格はしていなかったみたいだった。

おそらく鬼灯くんとは不快の種類が違うだろうとは思うけど、二人揃ってアレは嫌だということには違いない。
だったらやっぱり縫おう。試作品を作ってみたとはいえ、人に差し出すならもう少し腕ならしはしたいし。
私は手慣らしとして作った拙いものでも気にしないけど鬼灯くんは…ううん…我慢してもらうしかない。生活のため明日のため未来のため自分のためがんばろう。


「でもここに居ついてからずいぶん余裕ができたよね」
「亡者とか迷惑な方もいますけど、前よりはみんな寛容ですし」
「集団ぐるみになって追い出そうとはしないよね」
「亡者になってもう死なないからこそ好きに暴れまわれてる…というのと一緒で、もう死なないからこそ鬼にも余裕があるんじゃないでしょうか」
「あーそうかもねえ」


村で余所者だからと仲間に入れてもらえず迫害を受けたのは、もう結束してしまった社会の中に得体のしれない物を入れて乱したくなかったというのと、
一定量しか手に入らない食糧をこれ以上消費する者が増えるのは困るからなどなど。
理由は様々あるけど、そこには余裕がないからという大きな理由があった。

私は食べなきゃ餓える、綺麗な衣服がほしい、落ち着ける住処がほしい、出来れば娯楽も、と現代の価値観を前提に置いた高望みをしているけど、
もうたいていのことをしても死なない鬼たちだから、食料の奪い合いをする所か譲り合いをする余裕がある節がある。
少し我慢すればまあなんとかなるという部分が色んな場面であるから、人間たちの輪の中にいるよりも平和にいられた。


「それでも困ることは困るけど」
「まあ一応鬼でも自我を持って生きているのですし」

けれど、喧嘩もするしいじめも起こるし小さな口論から大きな議論も起こるし噂話は飛び交うし恋もする。
人間と価値観はズレていても根にある精神はあまり差はない。
まあまあ平和だからと呑気にしていたら何が起こるかわからないし、ここは餓えも奪い合いも争いもないおとぎ話に出て来る天国でもないから、やっぱり日々努力して働かなきゃ生きてはいけない。


ということで、ちくちくとその日暮らしをしながら縫っていって、ようやく完成。


「どう?きつい所とかない?丈は短くない?」
「平気みたいです。凄いです」

腕を伸ばしたり、くるりとその場を回ってみたり、足を伸ばす素振りをして着心地を確認した鬼灯くんは、うんと頷いてくれた。

「よかった。似合ってるよ」
「でも色はまた黒なんですね。別にそれで構いませんけど」
「うーんと、鬼灯くんは黒が似合うし、あと汚れが目立たなくていいかなって。外で遊ぶことも多いし」
「なるほど」

その説明で納得がいった様子だった。
あれから鬼灯くんは蓬くんと烏頭くんと定期的に顔を合わせては遊んでいるし、私のように屋内にどしりと座りこんで内職するばかりじゃない。
私もちょくちょく一緒に遊んでいるけどみんな程全力にはなれなかった。
洗濯機がある訳でもないこの時代で手洗いするのは結構な重労働で、洗う回数が少ないにこしたことはなかったし。


「あなたもその色がいいですよ」
「そう?…そうかな、えへへ」

今着ているえんじ色の着物を指して言っているらしい。今まで特別好んでいたんでもない色だったけど、そう言われると満更でもなくて、少し愛着がわいてくる。
私のもまた同じ色にしてみようかなあ。汚れは目立たないといえば目立たないしいいかもしれない。

2018.10.31