第十四話
2.あの世閻魔と命名
その日暮らしで過ごしながら、ここで私達何が出来てどうやって細く長く暮らしていけるんだろうかと手立てを探し回っていた頃、私達に声をかけてきた人物がいた。
私は野菜や小物や着物など、物々交換をしている人たちをじっと眺めて、
丁くんは同じように眺めつつも蓬くん烏頭くんと時々じゃれあい歩いていたときのこと。


「坊や達、何かあの世で困っていることはない?」

ヒゲをはやした男の人が、大きな身体をたたんで目線を合わせながら私達に尋ねた。
恰幅のいい、人のよさそうな男性だった。
お兄さんと言っていいのかおじさんと呼んでいい年齢なのかよくわからない、その巨体のせいで失礼だけども少し老けてみえるのかもしれない。


「亡者がやりたい放題だよ」

蓬くんがうんざりしたように言った。


「やっぱりそれが一番困るよねえ」

眉を下げたのはその大きな彼も一緒だった。
もう死なないからなあと蓬くんがぼやいた通り、亡者の彼らはそれを良い事に日々やりたい放題している。
ここはあの世なので、当然死んだあとの人間がやって来る。
鬼がいたり神様がいたりと種族はごちゃまぜの不思議な空間。
私と鬼灯くんは生贄となり息を引き取ったあと、それぞれの亡骸に鬼火とやらが溶けこんだらしく、気が付けば私達の額や頭には角が生えて、ここでは「亡者(人間)」ではなく「鬼(元人間)」として過ごしていた。


「たしかに困るね」
「絡んできてうぜーし」

私が頷くと、烏頭くんもぶすっとした顔で答えた。
彼らは女性に乱暴をする、盗みを働く、武器を持って暴力を奮う、などなど上げだしたらキリがないほどに身勝手に過ごしていた。

すぐに鬼になったとはいえ、一瞬ただの亡者だった時もあった私はなんとなく他人事には思えないけど。
同族がどうもすみませんお恥ずかしい…という居た堪れない気持ちになるときがある。
未だに鬼という自覚よりも人間という意識の方が強くてときどき混乱していた。


「…黄泉をいくつかの地域に分けて、亡者の行いで住む所をきめては?」

うーん、と頭を悩ませている大きな彼に向かって進言したのは丁くんだった。


「…なるほど…へえ〜…君、名前は?」
「丁です。ヒトと鬼火のミックスです」


しみじみ感心したように相槌を打っていた彼は、彼に名前を尋ねた。


「丁って召使のことじゃないか。改名しなよ」
「えっ!?そうなの?」
「あ、鬼火に丁なんだから鬼灯ってのは?」

びっくりして途中声を大きくしたのは私だった。まさかそんな意味があるなんて疎い私が知るはずもない。
何も知らず丁くんちょうくんと連呼していたけど、それを嫌がる様子もなかったし、まさかそんなと茫然としている私。
そんな私に気づくことなく…丁くん…は、大きな彼のひげを何故かむしり取ろうとしていた。
痛い痛い!と当然痛がる彼、それでも容赦せずやめることない丁くん。なんでそんなことしだしたの丁くん…?その過激さに困惑してるのは当事者ではない私も一緒だった。
ひげが気になったにしたって何故今このタイミングなの。


「100年もすれば黄泉は変わるから手伝ってね…」

と、彼は無体を働かれても尚優しく話してくれた。
それに対してむしりながら「固定の月給プラス出来高払いで」と強かな答えを返す丁くんはしっかり者と言っていいのかな。やんちゃなのかな。
──彼の名前が丁から鬼灯に変わったのはこの日のことだった。
案外彼はその響きを気に入っていたらしい。

くるりと振り返った大きな彼は、蓬くんと呼ばれていた彼にはしっかりとした名前があることを思い出して、残りの二人はどうなんだろうと気になったのか私達に名を訪ねてきた。


「俺は烏頭だよ」
「私は……ええと…うん…な、名前はありません…」


目をそらしながらサラリと嘘をつくと、三人揃って何言ってんだ?と厳しい眼差しを向けてきた。
気に入ってないとは言いつつも、既に名乗ってしまったのだから周囲からの認識は固定されたも同然だ。
でも本当にあの前の人生での名前は使うつもりがなかったから、今でも呼ばれる度になんか違うなあと引っかかってる。

その視線から逃れようとしゃがみこみ、「鬼火に丁だから組み合わせて鬼灯…なるほど」とぼそぼそ呟きながら地面に枝を使ってガリガリ書いて確かめた。
三人とは違いそれを逃避のための手遊びだとは気が付かない彼は「あ、へえ〜」と何かに感心したような声を上げた。
名づけのセンスがありそうな彼に新たな名前をつけてもらいたいなあという下心があって、ちらちらと意味深に見あげてみる。
その心を察してくれたのか、彼はきょろきょろと辺りを見渡してから視線を私に戻すと、ひらめた!と表情を明るくして提案してきた。


「じゃあ、きみはなんてどう?」
「…っえ?」


すると、その口から出てきたのはずいぶんと聞き馴染のある響きだった。
驚いて硬直していると彼はわたわたと慌て出す。

「えっなんか気に入らなかった?」
「…この方と知り合いだったんですか?」
「…え…いや…そんなことは…?」


それを傍観しているだけだった彼も口を挟んでくる。
烏頭くん蓬くんもなんだなんだと興味深げに近寄ってきた。
…そんなはずはないはず…?ええ…?
私が忘れてしまったのかもと思ったけどすぐに首を振ってその可能性を否定する。
現世でもあの世でも知り合いは多くない…というか、親しく会話出来る相手なんてこの三人くらいだよ…?

けど、じゃあ、なんでこの人は私の名前を知っていたんだろう。今ひらめきました!という仕草に嘘はなさそうだったけど、偶然と呼ぶにはちょっと引っかかる。
膨大な数ある人名候補の中から彼が引き出した名前が"たまたま"一致したなんて、本当だったとしたら奇跡なんじゃないかな。
私の前の人生での私の名前は■■■■、苗字までは名乗ってこなかったけど、■■という名前はここでも渋々と…たまたま…あの日初めて名乗った時以来…今世でも使って…

──…使っていた?
これって、本当に前の人生から引き継ぎ使ってきた、あの名前なんだっけ?
口に出すときの響きと頭の中で思い出すときの響きが一致しなくて困惑する。


「と、とても不思議で気に入りました、使います。つかわせていただきます」
「うんうん、よかったー!嫌だったのかと思ったよお」
「……」

なにがしたいんだこいつは?という声が背後から聞えてきそうだった。
無言という名の威圧が三つ分背中に押しかかってる。
彼がばいばーいと大きい手をぶんぶん振りながら去った後、三人がようやくこらえていたツッコミを一斉に入れて来た。


「いたいけな大人をからかってどうするんですか」
「あれちゃん流の冗談かなんかだったの?」
「お前案外いい性格してんだなー」


次々と頭に背中に腹にとグサグサと刺さってくるような鋭い言葉たちは、私の心を瞬く間に重傷に追い込んだ。
なんの言葉も返せない。「今は反省しています…」と言ってその場に三角座りをして膝に顔を埋めた。


「本当に知り合いじゃなかったんですね。偶然ってすごい」
「うーん…そうだね…そうかも…」

彼…鬼灯くんは、どこか引っかかる所があるのか探るような目をしたものの、頷いてしみじみと語った。
頭の中が色んなことでごちゃごちゃしているのは私だけで、彼らの中では私が嘘をついたということと、偶然あの人が本名を言い当てたんだというシンプルな事実だけが存在している。
なの弁解することもできず、私はその日自業自得のぷち憂鬱状態に陥りながら過ごした。
何故こんなおかしな状態になっているのかも分からないままで、もどかしい一日だった。

2018.10.25