第十三話
2. あの世踏み入れた夜
木霊さんに案内され、蓬と烏頭という名前らしい二人と友達になり、混乱は残りつつもななんとか一息をつける状態になる。

とりあえず仮の寝床もゲットできた。培ったサバイバル能力、自然界への馴染みの速さにかけては右に出るものは…いるだろうけどそこらの人間には負けないという自負ができていた。
この時代では底辺かもしれないけど、現代人と比べればちょっとだけ強いだろう。


「おやすみ」

言うと、しーんと沈黙が訪れる。
あれ?と鬼灯くんを振り返る。彼は口を結んで黙りこくっていた。
当然のように帰ってくるものだと思っていたけど、そういえばずーっと頑なに無視をされ続けていたんだった。
最期こそ返事をくれたんだけど…私はそれを彼が折れて、少しは心開いてくれたものだと心のどこかで都合よく受け取っていた。しかしあれは最期だからと情けをかけてくれただったのかもしれない。
あれで最後でないなら、これからも日々が続いて行くなら、彼に付き合う義理もないだろう。
思い上がっていたのかなあ、としょんぼりしながらかたい岩の上に転がり彼に背を向けると。


「…おやすみなさい」

彼からあの言葉が返ってきた。
がばりと勢いよく起き上がり、彼の方を振り返る。すると彼も同じように寝る体勢に入っていて、横たわった背中しか見えない。
こちらを突き放すようなツンとした背中だったけど、嬉しくて嬉しくてたまらなくなって、私は冬の日のように彼に飛びついた。
抵抗されたけど容赦なく腕を足を巻きつける。このチャンスを逃してたまるかという気持ちだったのだ。
だってこんなにデレてくれるの珍しいんだもん。


「ちょっと、重い…調子に乗らないでくれませんか」
「だって、嬉しくて」
「何がだってだ」

背の大きい私に抱きつぶされてしまえば窒息するのは必至。
わかっていても止められない。きっと全力で抵抗すれば逃げ出すのは簡単だろうに、それをしないでいてくれることが、彼がとても優しい子なんだということが嬉しくて、凄く幸せだ。寂しかった心が満たされていくのが手に取るようにわかる。
言葉一つでこれなんて簡単なんだなあ私も、と改めて思う。
でもおやすみとかおはようって、私にとっては重要で、大切なものなんだもん。
誰かが傍にいるって当たり前じゃない。私に親はいないしきょうだいもいない。

前の世界ではいたけど、それはそれ、別の話としてもう割り切ってしまっている。
薄情なようだけど、彼らは今の私の親ではないしここにはいない、二度と会えず、私を助けて愛してくれる近しいものではなくなった。それが事実で現実だった。
愛され守られた私という人間は死んで、一人ぼっちの私は今生きて寂しくて。
私はこれからそうやって孤独を抱えて生きていかなればならないのだ。
親はポンと新しく出来るものじゃないし、これから友だちができて同じ挨拶を交わす機会があったとして、それは私が求めてるものとは違う。

──ああそうか、そうなんだ、私は鬼灯くんのことを家族のように近しく感じているんだ。だから彼からの言葉がどうしてもほしい。
なし崩しに仕方なく手を組んでるというよりも、寄り添いあうのが自然なように呼吸が合っている二人の状態は、まるで家族みたいだなと感じている。
友人と支え合っているのとも違う、夫婦と連れ添っているのとも違う、「共に生きている」という状態は掛け替えないものだった。


「えへへ」


相手がどういう風に私の存在を受け止めているのかはわからないけど、少なくとも私は寂しさが埋まって、暖かいなと感じている。

「…はあ」

溜息一つで許して乱暴に振り払わない所をみれば少しだけはわかる。
成すがままになっている事実に調子に乗り、しがみついた乱暴な状態から抱き枕を抱えるように緩やかな状態になり転がってみる。
彼はもう一度、今度は長いため息をした後抵抗を諦め、そのまま瞼を閉じてしまったようだ。

一回目は手を繋いで、二回目は抱き合って。嬉しい、凄くうれしい。
暖かくて一人ではなくて、体温を分け合い相手の呼吸さえ聞える状態の今、私はとても満たされている。
私たちは可哀そうな犠牲者のままで終わることはなく、今もまだ生きているんだと心から実感して安堵できた。


「眠れないの?」
「…少し頭が冴えているようです、色々ありましたから」
「そうだね、いっぱい遊んだりしたし、あと私はちょっと浮かれてたり」
「…」


その沈黙は呆れなんだと受け取れる。でもでもだって、本当に嬉しかったし今も引き続き嬉しいままなんだもん、にこにこしっぱなしだった。


「……あの世というものが、ありました」
「…え、ああ…うん…」
「本当にここが死後の世界なんですね」
「……うん…」

なんだか感慨深げに話し始めたけど、私はふと彼が村人たちに囁いていた言葉を思い出してしまい少し引いた姿勢で、乾き気味に発声するようになっていた。
あってしまったあの世、死後の世界。村人達がいつかここにたどり着いて彼と再会したならそれが運の尽き。
今のうちから心の中で合掌する。彼の敵は私の敵というか、彼の恨みは私の恨みみたいなものだと思うのに、自分よりも濃度が高い不調和を目の前にすると一歩引いた所からみれるようになるみたいだ。


「さすがに、こんなことが起こるなんて期待していなかったんですが」
「…そうだねえ」
「神さまに祈ったことないです」
「私もあのとき、神様仏様って唱えなかったな」
「私にとってもあなたにとっても、これが良い事か悪い事かなんてまだ判断できませんけど、」


そこで一呼吸おいて。


「都合はいい」

ぼそりと言った。
それは幼くして死に、満足に生きれなかった彼がある意味生き永らえ、続きを始められるという都合のよさを指しているのか、
それとももしも…ではなくて本当にあの世があった、有言実行ができる、都合がいいと言っているのか。
どちらにもとれるけど、どちらにもとらないことにした。
触れない方がためだと分かっている所に触れるような強い好奇心は私の中にはない。


「…本当は」
「ん?」
「本当は最初、あなたを見過ごそうとしたんです」
「…なんのこと?」
「…いえ、見捨てようとしました」
「…あ、あー」

最初、見捨てる、なんて言われて思い当たるのは初対面の頃のことしかなかった。


「それがぐずぐずダラダラ長々とこんなことになってしまって」
「ぐずぐずって凄い言い回しするんだね」
「長々といったい何をしているんでしょう」
「そんな風に尋ねられてもなあ…私なんて言ったらいいんだろう…」
「縁は奇なものと言えばいいんでしょうか」
「そうかもねえ」

出会おうと思って出会った訳じゃないし、出会ったことに意味や理由を求めるのも野暮というか粋じゃないというか考えても答えは出なさそうというか…だって本当に示し合せてないんだから何も言えない。運命だった定めだったなんて理由づけられたなら別なんだろうけどうーん。


「これからも長々ズルズルといることになるのかどうか」
「ズルズルってなんだかもう…もしかして嫌なの?」
「べつに」
「別にって感じの語感じゃなかったような気がしたよ…」

不本意だった望んではなかった迷惑だと言いたいんだとしたら私も傷つく。
私は示し合せて出会った訳じゃなくても、この偶然を喜ばしいものだと捉えていて、しかし相手はそうじゃないんだと言われたらフラれた気分で泣き崩れてしまう。


「さすがに、今は仕方なく一緒にいるとは思えません。グダグダ長々と一緒にいましたから」
「グダグダだってー…」
「でも、じゃあ、何故なんでしょうか」
「…なぜ、かあ…」

私はそこで家族みたいなものだから、と言おうとしてすぐに噤んだ。
家族を失った彼に安易に表現していい類のものではないと思ったからだった。
ここでの私は彼と同じように、おそらく悲しい理由で親を失ったひとりぼっちの子供だ。あそこで目を覚ます以前のことを覚えてはないけれど…
でも私は家族の温かみも優しさも家の中にいる時の安心感も知っている。
彼はいつも不安定で、守られることはなくて、一度でも一瞬でも得られたことはなくて、だからこそその存在に憧れてるのか憎んでいるのか、判断がつかないんじゃないのかなと思った。

私は軽々しく彼のことを家族みたいだと感じて呑気に過ごしているのに、彼はこの状態がサッパリ理解できないと言っている。
誰かの傍にいるという現状に引っかかりを覚えている。
それはやっぱり判断材料がないからなんじゃないかなあと深読みしてしまう。
彼がそういう所に区切りがついて納得がいって、色んなことが飲み込めるようになるまでは、私は何も言わない方がいいのかもしれないと思った。
いつか言う日が来るとしても、まだこんなに幼いうちじゃなくてもいいのかもしれない。
いや幼いからこそ言うべきなのか、言わないべきなのかと凄く悩む。告げるべきは私なのかということも、これがお節介なのかという事も色々。


「私もなぜなのかって、言える日がきたらいいなあ」
「あなたもわからないんですか」
「こうならいいなって理想はあるけど、理想は理想だし、本当は違うかもしれないし」
「あなたのその理想というのは?」
「言ったら怒られるかもしれないし、傷つけるかも呆れるかもわからないし…ちょっと、言いたくないな」
「あなたの理想ってきっと馬鹿みたいなことなんでしょうね」
「なんで馬鹿ってことになるの」

酷いー辛辣ーとだらだらと喋ってるうちにお互い睡魔に襲われて口数が少なくなって、寝息に変わっていく。
この子の微妙で辛辣な態度が一種の照れ隠しみたいなものなんだと言うことを理解できていないような、家族とも断言するのも烏滸がましい、まだまだ浅い仲だったとある夜の話だった。
2018.10.25