第十二話
2. あの世二回目の生と三回目の覚醒
さあ、っと風が頬を撫でたのがわかった。
それをきっかけに、ぼやんやりと意識がはっきりしていく。


「…え」
「…」
「なあにこれ。何ここ…」
「…さあ」


まだぼーっとしてるけれど、ほとんど目が覚めた私は、隣に彼がいるのを確認してホッとしてから辺りを見渡した。

そこは暗闇ではなく明るい場所で、鮮やかな緑の葉をつけた木々が生い茂っている。
天国か?と思う程眩く煌びやかな所ではなくって、それでも村人たちの姿はなく…
ここはあの周辺では見たことがない見知らぬ場所だった。

二人して首を傾げて、とりあえずじっとしていても始まらないと立ち上がって辺りを散策をする。
するとかさこそと茂みを掻き分ける音がして、草木をかさこそパキンと踏みしめる音が近づいてきたかと思うと、ひょっこりと小さな子供が私たちの前に姿を現した。


「アレ、鬼がいる。どっから来たの?」
「え?」


あちらも私達と遭遇して驚いたようだったけど、驚くポイントがズレているような気がした。

「黄泉はあっち」


ちいさな子供…彼と同じくらいの背丈の子供はよくわからないことを述べながらちょいちょいと手招きをした。
黄泉?鬼?こっち?あっち?理解がまったく追い付かなくてええー…と頭を抱える。
それとは真逆に、隣の彼は納得したようでどっしりと構えいた。


「なるほど、黄泉の国の一歩前ですか」
「そうだよ?ここは黄泉のすぐ傍」
「…なんでそんな冷静なのきみ…」


何を当たり前のことを、とでも言いたげな花柄の着物をまとった子供と、
腑に落ちたようで頷いている彼。相変わらず混乱して頭を抱えている私。
それでも、ふと視線を上げると、彼の額におとぎ話でみるような鬼の角のような物が生えているのに気が付いて、「ああ言葉通り鬼になったんだ、多分私もあの子も」と理解してしまった。
その事実は理解できる、しかし理屈までは理解できない。
でも、黄泉の国がどうこうという話になると、現実にはありえないどんな不思議が起こった所でおかしくないだろうし、そんな世界の理なんてもちろん人間が知るところではない。
いや元人間…?私達は確かにあの後死んだんだし、鬼の角が生えている時点でもう二度と「私は人間です」なんて自称できなくなってしまった。
さわさわと触ると額ではないけど、私の頭にも小さな角が生えていることがわかった。



「さあ、おいで」


手招きしたその子の後ろをついて行く。まったく状況が理解できなかったので、案内人がいやってきてくれてよかった。
来てくれなかったら、死んでも尚再び山中サバイバル生活を送るところだったと思う。
もうそれは嫌だ。好きで厳しい生活をしていた訳じゃない。でも、ついて行っても衣食住が都合よく保証される訳じゃないだろうし、どうなるのかお先真っ暗。未だ明るい未来が見えない。
黄泉の国ってなんだろう、天国と地獄とはまた違うところなのかな。
前の人生では不思議な世界への憧れも特に抱かなかったので、そんなワードを打ち込んで現代人らしく検索をかけることもなく、そういうところは無知なままだった。


「あの、あなたはどこの誰?」


恐る恐る聞くと、ああまだ名乗ってなかったか、と少し恥ずかしそうにしながら答えてくれた。


「私は木霊です。木の精霊ですよ」
「精霊」
「せいれい…」


二人揃って復唱してしまった。
聞きなれない信じがたい言葉ばかりが耳に入ってくる。
生贄というのもも日常とはかけ離れた言葉と現象だったけど、黄泉と鬼と精霊と…
それだけ聞けば、この先に進めばどんな非現実的な空間が広がっているかは想像に難くない。


「ここを真っ直ぐ行けばもうすぐそこ」
「どうも親切にありがとうございます」
「いえいえ。では私はこれで」


親切な木霊さんは、するりと踵を返しばいばいさよならと手を振り去ってしまった。
急にひらりといなくなった背中にびっくりしていたけど、その足取りが早かったことに気づき、忙しい所を付き合ってくれたのかもしれないと思いその優しさに改めてじーんと来た。


「…いこっか」
「はい。日がくれますし…と言いたいところですけど」
「太陽見えるないよねえ」
「変にくすんでますね。光源はなんでしょう」


歩きながら周囲を観察する。木霊くんと出会ったところは緑が豊かな、空には日が昇る土地だったけど、導かれて進むごとに石ばかりが目立つようになり、ついに鮮やかな青い空が消えていた。
枯れ木ばかりが目につき空は薄暗くなる…天国の桃源郷のような所は死後の世界に期待できないみたいだった。


「ア〜最近亡者が増えたなあ」


歩いていると、幼い男の子の声が聞えてきた。


「アレッ?見かけない鬼が来たぞ」


さきほどぼやいていた明るい髪色の子とは違う、黒髪の男の子がこちらに気が付いて振り返った。


「仲間だー」
「どっから来たの?」
「その髪型ヤボじゃない?流行りのみずらにしたら?」
「いえ、私はこれでいいです」


同世代の子供とはいえ、初対面に質問攻めされて多少緊張している私とは違う、彼はすんなりと馴染み受け答えしていた。
みずら?はて?と疑問は浮かんだけど、男の子二人の髪を見ると、あああれがみずらって言うのかーとすぐに気が付いた。
鬼の中での流行りなのかと思ったけど村人も同じ髪型をしていた。歴史には疎い方なのでぼんやりとしているのだけど、どこかでああいうシルエットを見たようなみなかったような…。


「なあ、お前も一緒に蹴しゃれこうべしようぜ」
「け…?」
「しゃれこうべ…?」
「これ蹴って遊ぶんだよ」


明るい髪色の彼の言葉が、誘いだと言うことはわかっても内容がよくわからず、
顔を見合わせてよくわからない、と言う仕草を見せると、
見かねた黒髪の彼がどこからか白いものを抱えてもってきてくれた。


「ひっ」
「…へえ」


真っ青になって悲鳴を上げる私とは反対に、なぜか興味深そうにしている彼、丁くん。
もしかしなくても人骨、頭部。
それを蹴って遊ぶなんてどんな感性を持ってるんだろうこの子供たちは…
この時代では…黄泉ではそれが一般的なのか…?

平気そうにしている彼とは違い、私はとても蹴ることは出来そうになくて、断りを入れた。それを女だからこんな遊びには興味ないんだろうと解釈したらしい三人は、隅っ子で体育座りをする私に時折声をかけつつ、楽しそうに蹴しゃれこうべに興じ続けた。
子供が蹴り続けるその姿があまりにも異常で、私は別世界に来てしまったんだと再び突きつけられたようだった。


「…もっと他に蹴れるものあっただろうに…」


固くて痛いとぼやいていたけど、よーく考えてみたらもっと選択肢はあったんじゃないのと思ってしまう。なかったからそれを使っているんだろうと分かっていても虚ろな目になる。


「おーい、やっぱ一緒にやらねーかー?」
「こいつチーム戦やりたいんだってさ」
「それはどうなんでしょうね」
「え?運動できないやつ?」
「さあ」
「さあって、あの子連れじゃないの?」
「動いてる所をさしてみたことがないので」
「ええー?なんだよそれ」


明るい髪の子が一度蹴る足を止めてこちらへ大きな声で呼びかけてきた。
黒髪の子がそれを補足する。
丁くんはと言えばフォローにならないフォローをしてくれていた。
運動と呼べるほどの運動なんて確かに彼の前ではしていないし、山中を歩き回ってたんだから体力はある程度あるだろうとくらいの認識なんだろうけど、その物言いに苦笑した。


「女の子だしチーム組むのはキツいんじゃないのか」
「鬼に男も女もそんな関係なくないか?下手したらうちの父ちゃんより母ちゃんの方が強いぞ」
「それは確かにそうかも…」


一言も喋らない私を置いてああだと議論する二人。
「とりあえず参加してみたらどうですか」と促す丁くん。ここまで盛り上がってしまったら断るのも水を差すようで申し訳ないなと立ち上がる。

結果は、なんともいえないものだった。
可もなく不可もなく。男鬼に勝るほどのパワーもなく、だからと言って貧弱というほどでもない。スピードはそこそこだったけど持久力はなく、
一緒に遊べないことはないけど物足りないようなそうでないような。
自分が運動能力が高いとも思っていなかったので、こんなものだろうと納得していたのだけど、他のみんなは落胆したり渋い顔をしていたり労わる笑顔を見せてくれたり三者三様だった。


「俺は蓬」
「俺は烏頭な」
「私は丁です」
「私は…」


ひとしきり遊び通した後、ようやく自己紹介を始める。
友達になるにはそう時間はかからなかった…と含みを持って言いたいところだけど、子供とはコミュニケーション力の塊みたいなもので、一度蹴しゃれこうべ(言葉通りしゃれこうべを蹴る遊び)で遊べばもう親友も同然になれてしまった。

仲良くなる速度が速くて近い距離で付き合える代わりに、喧嘩も頻繁にするけれど。
そんな彼らとまさか、XXXXX年の付き合いを続けるとはいくらなんでも思わなかった。


「じゃあなー」
「また明日なー!」
「はい、さようなら」
「うん、ばいばい」


二人が「やべっ母ちゃんに叱られるっ」と焦りつつ家路についた後、私達はぽつんと二人その場に取り残されていた。


「…仮宿を探そうか、岩場とか…あわよくば洞穴みたいなとこ」
「今からですか?それは高望みすきじゃありません?外敵がいない場所を探すだけで手を打ちましょう」
「…葉っぱの上でも土の上でも寝れるしねえ…」


死んで死後の世界にやってきて、また死ぬなんてことはないだろう。もしかしたら空腹を感じることもないのかもしれない。
そうだったとしたら餓えを心配することもなく負担が減る。
遊んだあと、喉がかわいてきた所を鑑みればそれはないだろうなと分かったけど、
色々考えて問題を潰していかなければ。


「また明日とは言いましたけど」
「うん」
「また明日、どうしましょうね」
「うーん…」


家もなければ二人揃って土地勘もない。知り合いは木霊くんと蓬くんと烏頭くんのみ。
知っているのはここがあの世、黄泉だということと、蹴しゃれこうべという特殊な遊びの詳細のみ。コツも教えてもらって結構詳しくなってしまった。



2018.10.22