第十一話
2.あの世彼女にかみさま


血に塗れていた黒い髪はいつの間にか元に戻り、倒れ伏していた身体は状態だけ持ちあがってぺたんと座りこんでいる。
開いた瞼は虚ろで、まるで人形のようだった。

立ち尽くしそれを見下ろした声を上げて泣きじゃくっていた。


「本当は生きていきたかった。そこそこなんかじゃ嫌だった。」


そこそこでいいと諦めよくしていたら、「やっぱりね」と苦笑いして終われると思った。
なのに、その逆だ。そうやって嘘を吐き続けてきたから、反動なのか、辛くて辛くてたまらない。
ほんとうは健康な体がほしかった!本当は足並みそろえて生きていきたかった!
みんなと一緒がよかった!仕方ないことなんて何もなかった!
後悔しても、「命がほしい」と、今更願ったってもうどうにもならない。
悲しくて虚しい。願いが強いだけ乞った時が辛くなる。


「うん、叶えよう。きみに命をあげよう」
「…ほんとうに?」


すると、叶わないと思っていたことを叶えると、にこにこした人は言った。
私は振り返り、あの人を見つめる。


「でも同じ体じゃない。同じことは二度繰り返さない。今度は失敗しないよう、悔いのないよう、きみは違う道を歩む」


にこにこ。その笑みはいつまでも変わらない。
しかし後ろ手に組んでいた腕は前へと持ってきていて、祈るように手を組んでいた。


「ほんとうに」
「本当にだよ」
「嘘じゃないの」
「嘘をついて何になるの」


祈りながら、その人は笑った。
私はもう一度虚ろに座りこむソレを見下ろして、痛む胸を抑えた。
遣る瀬無くて、辛くて、見ていられないと思うのに目をそらせない。
そらさず誤魔化さず、直視しなければならないものなんだと訴える自分がいる。
奇跡は二度以上は起こらないんだと戒めるような音が鳴り響く。



「きみは新しい身体を手に入れて、新しい名前さえも身にまとって、違う人生を歩んでいく。きみはきみではなく、ほとんど別人になる」
「…」
「前のことなんて、忘れたければ忘れればいい。そうしたらきみは全部が新しいきみに変わる」
「…、」
「全てきみが決めて、きみが叶えること」
「…叶えてくれるのはあなたじゃないの?」


尋ねると、首を振って否定した。
少し笑みの種類が変わって、口元が深く釣りあがる。含みがあると気が付き、放った言葉以上の何かがあるのだろうと気が付いても、私は怖気づくことはない、諦められない。
まだまだ私は終わるはずがない。まだ、もう少し、違ったはず。出来たはずだった。
最早儚い切望というよりも、真っ黒な執念に変わっている気がする。
それでもどこか少し灰色混じりの部分はあって、その部分には命がほしいと呪詛を吐きだす黒い感情はなくて、暖かな何かを見守るような光が見えた。それを見ていると少しだけ救われた気がした。


「命がほしい」


また願いを繰り返した。
今度は一度目の凛々しさとはかけ離れた姿で、泣きながらみっともなく。
涙が頬を伝ってぱたりと黒い地面に落ちる。
そのまま、全てが溶けてなくなった。


2018.10.22