第十話
1.生贄?のかみさま。
黒い髪が地面に散らばっていた。
長い髪だったことはわかるけど、上も下もどこも暗くて目を凝らしてもよく見えない。
その髪の持ち主は横たわっているようで、ぴくりとも動かなかった。

不思議と興味がそこに向かって、一歩、また一歩とそちらへ近づきます。
人です。しかし顔は見えない、細部までが見通せない。

──いったいこれは"何"なんでしょうか?
横たわるものを、じっと見下ろしていました。
見下ろす私が疑問に首を捻っていると、笑う声が聞えた。


「ほしいものはなんですか?」


背後を振り返ると、にこにこと張り付けたような笑みを湛えた男が立っていました。
仮面のようで、作り物めいていて特徴が掴めません。

突然の問いかけと突然の不審者の登場に、私は随分と険しい空気を放っていたと思うのですが、
彼がそれを気にした様子はありませんでした。


「ほしいものは、ありますよね」


断定的に言われて胸がむかついた。
その決めつけはなんなんでしょうか。こちらは返事の一つもしていません。
問わずとも方針は決まっていて、私は彼の拳の中にあり、その不快になる笑みの中に嘲りがあるような。
たった一瞬で足を掴まれたような気になり腹が立ちました。糸で操られているかのような屈辱に私は耐えられません。

耳の奥からどくどく、規則的な音が聞えます。
腹の奥にも連鎖するに音が響きます。警鐘。


「ありますよ」



私は地を這うような、低くて、友好的とは言いがたい厳しい響きを含んだ応酬をしました。
男は何も気にした様子はありません。笑みが深まったようにも感じます。


「ほしいものを、言いなさい」


にこにこ。男はもう一度口を開くと、一言。

何故指図されなければならないのか、応える義理はないと反骨する自分も確かにいましたが、それ以上に答えない方がよほど惨めだと感じて。

もう一度地面を見下ろす。
黒い髪は相変わらず散らばっていて、今度はぼやけることなく、明確に白い肌を目にうつすことが出来ました。
あの男には目をそらしたい、いや逸らしてはならない、邪魔だ、消えろ、と敵意のようなものしか感じないのに、その人物のことはいつまでも見ていたいような、恋しいような繋ぎとめたいような気持ちに駆られ、
私は迷わず、


「ほしいものがほしい」


と。捻くれた答えを出した。


2018.10.21